第20話・朝日の中
今日の帰国予定はキャンセルして、明日の飛行機を予約しなおす事となった。
「春樹どの、勤めは大丈夫なのか?」
「はい。元々五泊するつもりで休みを取っていたので、まだ余裕がありますよ。」
そして、嬉しそうに宿の手配をしておったが、中々予約が取れぬようであった。
「そうだ!いい手を思いついた!」
そう言って、また何処かへ電話を掛け始めた。
とりあえずコテージは昼過ぎにチェックアウトしなければならぬので、私は荷物の片づけをしながら電話が終わるのを待った。
「かぐやさん、いい所がキープできました。」
「そうか。それは楽しみだ。」
「ふふ。期待していて下さいね。」
もう一泊分の着替えを購入し、嬉しそうな春樹どのに連れられて来たのは、ヨットハーバーであった。
「えっと…」
「これが今日の宿です。」
指差した方を見ると、一隻のクルーザーが停まっておった。
「今日はこの中に泊まるのか?」
「はい。これこそが海上ホテルです。」
手を引かれるまま、クルーザーに乗り込んだ。中は思った以上に広く、ベッドルームやシャワー室まであった。
「凄いな。色々と揃っておるぞ。」
「ふふ。気に入って頂けて良かったです。」
「ところで、誰が操縦するのだ?」
「私です。」
「え?春樹どのはクルーザーも乗れるのか?」
にっこり笑って私を運転席の隣に促した。
「それでは出発します!」
「お、おう!」
クルーザーはゆっくりと港を離れ、沖へと走り出した。
「この辺りなら航路からも外れてるし、大丈夫かな。」
静かな海の上で、クルーザーを停泊させた。
「食事はどうするのだ?魚を釣るのか?」
「ふふ。それもいいアイディアですが、レストランの食事を用意してあります。電子レンジで温めて頂きましょう。」
何やら包まれたものを沢山取り出して温めた後、夕日を眺めながら、クルーザーの上でディナーとなった。
「綺麗な夕日だ…」
「かぐやさんはシャンパンの替わりにジンジャーエールを用意してありますよ。」
「ふふ。同じものを飲んでおるように見えるな。」
「では、記憶が戻った事に乾杯!」
「乾杯!」
電子レンジで温めただけの食事であるが、ローストビーフや温野菜サラダ、魚の香草焼き、焼き立てのようなパンなど、どれも美味であった。
食べ終わってゆっくり寛いでおった時、春樹どのに向き直った。
「春樹どの。今回はずっと私を見守ってくれて、ありがとう。」
「何を言っているのですか。当たり前の事です。かぐやさんが私を庇ってくれなければ、私は今頃死んでいたかもしれません。」
「だが、春樹どのを忘れるという失態は、そなたを傷つけてしまったであろう。」
「大丈夫です。もう一度好きになって貰うつもりでしたから。」
「ふふ。そのような事を言っておったな。」
春樹どのは、そっと私の肩を抱き寄せた。
「本当に良かった…もう一度この腕の中でかぐやさんを抱き締める事が出来るなんて…」
「この腕の温もりがきっかけで思い出したようなものであるな。」
「ふふ。でしたら早く抱き締めておけば良かったですね。」
夕日が沈み星空が輝きだした頃、船内に戻りそれぞれシャワーを浴びて、ベッドに並んで座った。
「愛してる…この一言を何度言おうと思ったか…」
そっとベッドへ寝かされると、すぐに深い口付けが落とされた。
「ん…」
「かぐや…もっと…」
貪るような深い口付けの合間から漏れる吐息と、甘い声…
「もっと…私を感じて…」
その言葉に誘導されるよう、鎖骨に艶かしい口付けを落とす春樹どのの頭を掻き抱いた。
思考が甘く溶かされ、互いが夢中になって触れあう素肌の温かさを求め合った。
…
…ん。
窓から漏れ入るまぶしい光で目が覚めた。ふと隣を見ると、春樹どのの姿が無かった。
「あれ?外に出たのか?」
着替えを探そうと思ったが、ベッドの近くには見当たらぬ故、仕方なく薄いシーツを身に纏った。デッキへ出てみると、朝日の中、海を眺める春樹どのの後ろ姿が見えた。
「春樹どの、私の服は…」
振り返った姿に、思わず息を飲んだ。
デニムパンツだけを履き、上半身をそのままに朝日を浴びる春樹どのは、異国の彫刻を思い出させる程、美しかった。
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朝早くに目が覚めた。久しぶりにかぐやさんの温もりを感じて、幸せな気分だった。
昨夜は遅くまで無理させてしまったし、もう少し寝かせておこうかな。そっと腕枕を外して、音を立てないようにデッキへ出た。
気持ちのいい朝日を前に、う~ん!と一つ背伸びをして、海を眺めていた時だった。
「春樹どの、私の服は…」
かぐやさんが目を覚ましたようだ。
「服でしたら畳んで…」
振り向いて、言葉が止まってしまった。
薄いシーツだけを身に纏い、朝日を浴びたかぐやさんは、羽衣を纏った美しい天女のようだった。
そっと歩み寄り、抱き締めながらシーツを剥ぎ取った。
「は、春樹どの!」
「…」
「春樹どの?」
「…まるで天に帰る天女のようです。羽衣を剥がさなければ、また私の元から去って行きそうで…」
そっと目を閉じて、何も纏っていないかぐやさんの肩に顔を埋めた。
「もう、二度と…離れないで下さい…」
かぐやさんは黙って私の背中に手を回してくれた。それが返事だと分かっている。
触れあう素肌でお互いの気持ちを確かめるように、朝日の中、いつまでも抱き締め合った。
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