表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/169

第18話・貧困層の現実

 ゴールデンウィークも終わって梅雨入り間近な頃、天界へ行くと帝からまた所用を頼まれた。今年も害虫が出ており、米の調達が必要なようだ。

そういえば最近、貧困層の子供達も道場へ来なくなったな…


気になって貧困層の居住地へ行ってみることとした。何かあった時の為にと、柳本どのが同行を買って出てくれた。


暫く歩くと、荘園で畑を耕す者を見つけた。傍には道場へ通っておった子供の姿も見えた。


「ちょっとよろしいか?」

「これはこれは、かぐや様!今日はどういったご用件で?」

「うむ。今年も害虫が出ておると聞いてな。子供達も道場へ来なくなったので様子を見に来たのだ。」

「…大変申し訳ございません。ですが、去年も今年も作物に被害があり、この子も大事な働き手となっております。とても遊びに行かせるような余裕は…」


「貴様!かぐや様の道場を遊びと申したか!」


突然、柳本どのが怒りだした。


「大変申し訳ございません!」


貧困層の親は地面に平伏してしまった。顔を上げるように言ったが、土下座したまま動こうとはしなかったので、目線を合わせるようにしゃがんで話しかけた。


「そなた達が苦しんでおる事は、よう分かった。私も対策を考える故、それまで頑張ってくれ。米も下界で調達してくる。」

「…もったいのうございます。」


下界へ帰り、爺やと婆やに事情を話して、今年も爺やに米の調達をお願いした。

しかし、いくら米を調達したとしても、根本的な解決にはならぬであろう…


頭を悩ませておった時、春樹どのが勤めから戻ってきた。


「ただいま帰りました。かぐやさん、何か悩み事ですか?」

「実は…」


掻い摘んで、今年も米の調達を頼まれた事、害虫を駆除しなければ根本的な解決にはならぬ事を伝えた。


「こちらの植物を持って行って、育てる事は出来ないのですか?害虫に強い作物もあると聞きますよ。」

「それは禁止されておる。こちらで言う外来種というのであろうか。生態系が崩れることを防ぐ為なのだ。それ故、食べ物は精製した米と加工した食品のみなのだ。」

「それでしたら農薬を使うとか…」

「薬も禁止されておるのだ。流行り病で多数の死者が出そうな時のみと限られておる。」

「そうでしたか…」


二人で頭を抱えておった時、ふと、春樹どのが思い出したようにスマホをいじり出した。


「確か以前、テレビで無農薬農薬というのを紹介していた事があったように思います。」

「無農薬農薬?」

「はい。食べれるものだけで作る農薬です。元々は食べ物なので、人体にも影響ありませんし、生態系も崩れる事がありませんが、虫は逃げていくようです。」

「ほう、そんなものがあるのか!」

「あった!これです!」


画面を覗き込んで見てみると、茶殻やよもぎ、しょうがなど、天界でも入手できるものばかりであった。


「コーヒー殻も必要なのか。これは持っておるかどうか微妙であるな。こちらで用意した方が良いかもしれぬ。後は霧吹きだな。これならば天界へ持って行っても大丈夫な筈だ。」


早速、材料と作り方をメモし、屋敷にあったコーヒー殻を持って天界へ行った。夜ではあるが、女中達が協力してくれて、無農薬農薬を作る事が出来た。


翌日、早速父上の荘園で試してみると、効果は絶大であった。


「かぐや、素晴らしいな。これで今年の害虫被害は最小限に食い止められそうだ。」

「春樹どのの提案にございます。父上、早速この紙に書いてある事を皆に知らせたいと思います。」

「それでは、使用人に命じて書き写しさせよう。」


父上の号令の元、ほとんどの使用人が協力してくれて沢山の書き写しが出来上がり、それを持って貧困層の居住地へ出掛けた。


「これに書いてあるとおりに作れば、害虫を退治する事が出来るのだ。早速、家に帰って作ってみてくれ。」


書き写しを配ったが皆の反応は微妙で、中には返してくる者もおった。


「どうかしたのか?」

「…恐れながらかぐや様、私達を愚弄しておいでですか?」

「何と?」

「読み書きができぬ私達に、このような紙を配っても無意味であります。」


このような知識を得る為にも、道場へ通って読み書きも覚える事が大事だと必死で訴えたが、皆の反応は厳しいものであった。

そして皆が居なくなり、ぽつんと取り残された。


「…かぐや様。」

「あれ?皆と一緒に帰ったのではないのか?」


そこには、一人のご老人が立っておった。


「皆、かぐや様には感謝をしております。ですが、読み書きの知識を得る時間も無い程、皆は切羽詰まっております。このようなご無礼をお許し下さい。」


ご老人は深々と頭を下げた。


「そうか…」


それならば、実際に薬を作ってそれを配ろう!そうすれば道場へ通う時間も出来る筈だ!

早速下界へ大量のコーヒー殻と霧吹きを調達しに戻ることとした。



「只今戻ったぞ!」

「あ、かぐやさん。昨夜はテンカイにお泊りだったのですか?」

「春樹どの、丁度良いところへ!」


週末とあって休みであった春樹どのに、コーヒー殻の調達を相談した。


「それならば、美咲従姉さんに言って、カフェのコーヒー殻を頂いてきますね。」

「美咲…どの?」

「私のいとこです。今度ご紹介しますね。」


春樹どのは早速美咲どのに連絡をとり、出掛けていった。

霧吹きは爺やに100円で何でも買える店を数件回ってもらい、調達した。


「では、再度行ってくる!」


大量の荷物を持って、再び天界へ行った。


----------


 かぐやさんを見送って、はぁ…と大きなため息をついた。


「春樹どの、かぐや様は天界の為に動いておられる。そなたも思うところがあるやもしれぬが、我慢してくれ。」

「爺やさん、お気遣いありがとうございます。ですが、明日はかぐやさんの誕生日なので出掛けようかと思っていたのです。」

「そうであったな…この様子であると、かぐや様はお誕生日をお忘れであろう。」

「…そんな気がしますね。」


思わず苦笑いをしてしまった。

かぐやさんが居ない週末は退屈だ。たとえ想いが通じていない今の状況であっても、やっぱり傍に居たい気持ちは変わらない。


「そうだ!」


食事の予約をキャンセルし、爺やさんと婆やさんにも協力してもらってホームパーティーをする事にした。これなら明日遅くに帰ってきてもお誕生日を祝える筈だ!


早速、ケーキの予約をする為に街へ出掛けた。


「あと、他に買うものは…」


そうだ!パーティーと言えばクラッカーだと言っていたな!

帰りがけに雑貨屋にも寄った。


ふふ。かぐやさん喜んでくれるかな。って、気付けばかぐやさんの事ばかりを考えているな…

思わず一人で笑ってしまった。



 翌朝になってもかぐやさんは帰って来なかった。

予約していたケーキを取りに行き、婆やさんにはかぐやさんの好きな食べ物を沢山作ってもらって、雑貨屋で買ってきた飾りを爺やさんと一緒に居間に飾り付けた。

二人の協力もあって、昼過ぎには完璧に準備が終わった。


「これで、いつかぐやさんが戻られても大丈夫ですね!爺やさんも婆やさんも、ありがとうございました。」

「礼には及ばぬ。下界のぱーてぃーとやらの準備も楽しかったぞ。」

「ありがとうございます。」


にっこり笑ってお礼を言った。

後はかぐやさんが戻って来るのを待つだけだ!


そうは言っても、いつ戻って来るかも分からない。スマホをいじったり本を読んだりして時間を潰した。



夕方、暇をもてあまして居間のテーブルで伏せていた。


「はぁ…まだかぐやさんは帰らないのかな…」

「春樹どの。かぐや様はご主人様によう似ておる。」

「そうなのですか?」

「ご主人様も、使用人の家族が病気になったと聞き付けると、食べ物を持たせて暇を出されておった。下の者への配慮を忘れぬお方なのだ。」

「そうなのですね…」


何となくかぐやさんの優しさの源が分かった気がした。っていう事は今夜も帰って来ない可能性があるな…

はぁ…再度ため息をついた私を、爺やさんは苦笑いして見ていた。


もう少しで日付も変わりそうな時間になって、只今帰ったぞ!と、かぐやさんの部屋から声が聞こえてきた。


「帰ってきた!」


急いでかぐやさんの部屋へ向かった。


----------


「只今帰ったぞ!」


天界で大量に作った無農薬農薬を貧困層に配り終わり、下界へ戻ってきた。


「かぐやさん、お帰りなさい!」


あれ?

嬉しそうに部屋へ飛び込んできた春樹どのを見て、一瞬目を疑った。

わんこの尻尾が生えて、ふりふりしておるように見える…


ゴシゴシ…思わず目を擦った。


「かぐやさん、どうかしましたか?」

「いや…一瞬春樹どのに尻尾が見えたような…」

「…お疲れですか?」

「いや、大丈夫だ。」


気のせいか…先日ご主人の帰りを待つ忠犬わんこのテレビを見たせいであろう。


その後は、すっかり忘れておった誕生日を祝って貰った。準備はほとんど春樹どのがやってくれたそうだ。

春樹どのの事を忘れておる私の為に…胸がいっぱいになった。


部屋に戻り、何としてでも春樹どのの事を思いだそうと決意を固め、一つのお願いをした。


「春樹どの、私と春樹どのの一番の思い出は何だ?」

「一番の思い出ですか?そうですね…フィジーの旅行でしょうか。」

「ならば、そこへ行ってみたい。」

「え?無理に思い出さなくてもいいですよ。また頭痛が襲ってきますよ。」

「それでも行ってみたいのだ。連れて行ってはくれぬか?」

「…分かりました。夏季休暇になるまで無理ですが、それでも宜しいですか?」

「構わぬ。」

「では、休みの日を確認してから水上コテージを押さえておきますね。」


フィジーとはどんなところであろうか。一番の思い出ということは、よほどか良いところなのであろうな。春樹どのの心配を余所に、指折り数えて楽しみに待っておった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ