第15話・強力な目覚まし
『かぐやさんには、もう一度私を好きになって貰いますので、覚悟して下さいね。』
そう宣言されてから数日後の満月の夜、下界での所用が終わったのか、私の家族が天界へ帰る事となった。
「義兄上、暫く天界の道場へも通えなくなります。大変申し訳ございませんが、帝や道場の皆にもそうお伝え頂けないでしょうか。」
「分かりました。かぐやどのは怪我を直す事だけを考えて下さい。」
「はい、ありがとうございます。」
そして天界の使者が中庭に降り立ち、皆が牛車に乗り込んだ。下界を離れる際、父上が春樹どのを呼んだ。
「かぐやを頼んだぞ。」
「はい。分かりました。」
皆が天界へ帰った後、春樹どのに聞いてみた。
「父上は何と言ったのだ?」
「ふふ。かぐやさんを頼むと言われました。これで傍に居るのは親公認ですね。」
「…っ!」
「大丈夫ですよ。婚約者とは言っても、かぐやさんの嫌がる事はしませんから。」
「そう願いたいものだ…」
退院後、平日は爺やに、土曜日は春樹どのに病院まで連れて行って貰う日が続いた。
そんなある日、松乃どのが屋敷へお見舞いに来てくれた。
「かぐやちゃん元気?」
「かなり具合は良くなったぞ。頭の包帯も取れたしな。」
「そっか♪」
暫く他愛も無い話しをし、その後、松乃どのが出掛けられないかと尋ねてきた。
「短時間であれば大丈夫だと思うが、何かあるのか?」
「もう少しでバレンタインデーじゃん♪」
「そういえば、世話になっておる者にチョコレートをあげる日であったな。」
「そそ!春樹にあげるチョコレートを買いに行こう♪」
「…へ?何故春樹どのなのだ?」
「だって病院に連れて行って貰ってるんでしょ?」
「それならば爺やもだし、婆やにも世話になっておるぞ。」
「だったら三人分買いに行こうよ♪」
何やら強引に決められた気がするが…まぁ、買い物に出掛けるのも久しぶり故、気分転換になるやもしれぬな。
こうして三人分のチョコレートを買いに出掛けた。
頭の傷も完治した頃、バレンタインデーとなった故、居間で夕食を頂いておる時にチョコレートを取り出した。
「皆には世話になっておる。これは感謝の気持ちだ。」
「ありがとうございます、かぐや様。」
「世話だなんて…もったいのうございます。」
爺やと婆やは感激しながら受け取ってくれた。喜んで貰えたようで良かった。
だが春樹どのは、チョコレートの箱をじっと見つめておるようだ。
「もしかしてチョコレートは好きでは無かったのか?」
「い、いえ…つい感動してしまいまして…ありがとうございました。とても嬉しいです。」
「それならば良かった。」
喜んで貰えたようであるが、何やら複雑そうな顔をしておるな。チョコレートは失敗であったか…
しかし、病院への送り迎えをして貰っておるし、何か恩を返せる物は無いか…
他に何かあればと思い、床に着く前、襖に向かって春樹どのに声を掛けた。
「春樹どの。」
…
「春樹どの?」
そっと襖を開けてみたが、風呂にでも行っておるのか不在のようである。
「仕方ない。明日にでも聞いてみるか。」
ふと、春樹どのの机の上に目が留った。私があげたチョコレートの箱の他にも何やら箱が置いてあったのだ。
「別の者からも貰っておったか。私のは不要であったかな…」
そう思いながら机に行ってみると、婚姻届という紙が広げてあった。
「あれ?私の名前が書いてあるな。しかも私の自筆だ…」
そして、もう一つの箱を手に取った。
もしやこの箱は…
開けてみると予想どおりの物が入っておった。シンプルなデザインの結婚指輪だ。大きめの物には小さな金剛石が埋め込まれ、小さめの物には紅玉が埋め込まれておった。しかも指輪の裏側に刻まれておる日付は、事故に遭った日である。
「痛っ!」
突然、頭に激しい痛みを覚え、その場でしゃがみ込んでしまった。
「あれ?かぐやさん、どうかしましたか?」
「…うっ…」
丁度、部屋へ戻ってきた春樹どのが駆け寄ってきた。だが、返事をしようにも頭痛が激しくて声が出ぬ…
「かぐやさん、大丈夫ですか?傷跡が痛みますか?」
「…い、いや…」
暫くすると痛みは自然と収まってきた。
「…急に頭痛がしてしまってな。」
「大丈夫ですか?今から夜間診察に行きますか?」
「いや、もう収まってきた故、大丈夫だ。勝手に部屋に入ってすまなかった。」
「気にしないで下さい。それよりもすぐ横になって下さいね。」
そう言うや否や、春樹どのは私の肩を抱いてきた!
「な、何をする!」
思わず、サッ!と春樹どのから離れた。
「あっ、すみません…もう自分で歩けますか?」
「大丈夫だ。」
私を気遣っただけか…勘違いも良いところだ。
気不味さを紛らわせるように、おやすみと言って襖を閉めた。
その夜、夢を見た。
夢の中は暗闇で、私は何かを探していた。
何処だ?何処にあるのだ?
手さぐりで必死に探して走り回ったが、大事な何かが見つからぬ。
泣いても泣いても誰も助けてくれぬのだ。
うっ…うっ…
暗闇の中で泣きながら走り回った。
…かぐやさん。
その時、暗闇の中から私を包み込むような、優しい声が聞こえた。
私は必死になって手を伸ばした。
ふわっと手に温もりを感じた。
大事な何かを見つけたようで、キュッ!と温もりを握りしめた。
…
チュン、チュン…
…ん。朝か…
やけに手が温かいな…って、え~?!
春樹どのが私の隣で横になり、互いの手を握り合っておるではないか!
「こ、これは!」
「…かぐやさん、おはようございます。よく眠れましたか?」
「あぁ…っていうか、いつの間にこちらへ!」
「すみません、夢でうなされていたようなので少しお邪魔しました。では自分の部屋へ戻りますね。」
春樹どのは、にこっと笑って手を引っ込め、襖の向こうへ戻って行った。
「びっくりした…」
一瞬で目が覚めた。強力な目覚ましであるな…