第15話・かぐやの夢
秋も深まったある日、廊下を歩いていたら何やら声が聞こえてきた。
「かぐや様に媚売って、自分もセレブの仲間に戻ったとか思ってるんじゃあないのか?」
「あんたみたいな落ちぶれた人間がこの学園にうろついていたら、目ざわりなんだけど!」
「庶民は庶民らしくしていればいいんだよ!」
ん?あの囲まれておるのは、小梅どのではないか!多勢に無勢とは卑怯な!あんな小者など成敗くれるわ!
皆の前へ出ていこうとしたら冬馬どのが後ろから走ってきて、小梅どのを背中に庇った。
「庶民がどうかしたか?話なら俺が聞くぞ!」
「やばい!冬馬様だ!」
「何でもないです!じゃあね。有栖川さん!」
蜘蛛の子を散らすように囲んでいた小者達は去っていった。
「ありがとう、冬馬くん…」
「いや、また何か言われたら俺に言えよ。」
冬馬どのが小梅どのの頭にポン!と手をのせた。
おや?小梅どのの顔が赤いぞ?
「小梅どの、具合が悪いのか?顔が赤いぞ。」
「か、かぐやちゃん、気のせいだよ!」
「そうか?」
「しかし何なんだ?あいつらは。二度と口が聞けぬように制裁を加えてやるか!」
「待って!かぐやちゃん!私はいいから。」
「だが小梅どの…」
「私の家は元々エステ会社を経営していたんだけど、不況で潰れちゃって…だから落ちぶれたっていうのも間違ってないんだ。」
「それは家の問題であって、小梅どのには何の関係もないであろう。」
「まぁ、そうなんだけどね。」
小梅どのは苦笑いしておった。
それにしても、冬馬どのは皆に面倒見がいい奴だな。
風に冷たさを感じるようになった週末、冬馬どのの空手の試合があり、見学に来た。
見ておくのもいい勉強になるぞ!と誘われたのだ。
型試合もあったが、出場申し込みをする頃は足を痛めておった故、叶わなかった。
冬馬どのは私とは違い、防具を取り付けて行う実戦型だった。急所に正確に打ち込むかが加点の重要点らしい。
出場者は皆、黒帯を締めておるが、冬馬どのは群を抜いて上手かった。
午前中の対戦を終え、昼からは上位4名での戦いのようだ。
冬馬どのと一緒にお昼御飯を頂く約束をしていた私は、選手出口で待ち、出てきた冬馬どのに声を掛けた。
「冬馬どの、なかなか良かったぞ!」
「そ、そうか…」
ん?冬馬どのも顔が赤いな。
「何やら顔が赤いが大丈夫か?」
「ずっと防具をつけていたからかな。暑かったんだ。」
「そうか。何やら顔が赤くなる流行り病かと思ったぞ。」
お昼御飯を頂きながら、冬馬どのが試合について尋ねてきた。
「かぐや、初めて試合を見た感想は?」
「すばらしい戦いであった!早く私もあの場所に立ちたいものだ!」
「守られるという選択肢は無いのか?」
「誰が守るのだ?自分の身は自分で守らなければ生きていけぬであろう。」
「お嬢様なのに、サバイバルのような考え方をするんだな。」
サバイバル…?後でスマホで調べよう。
「かぐやの夢は相変わらず、俺を倒すことなのか?」
「いいや、最近変わった。師範になりたい。」
「師範に?」
「そうだ。天界の貧困層の子供達は、貧困層というだけで貴族にいじめられておる。どんなに不細工な貴族であっても関係ないのだ。」
冬馬どのは黙って私の話を聞いておった。
「なので、私は貧困層の子供達でも自分自身で対抗できるよう、道場を開き、空手を教えたいのだ。この前小梅どのが囲まれておるのを見て、天界にいた頃を思い出した。」
「そっか。」
「変か?」
「いや、素晴らしい夢だと思うよ!その夢、俺が叶えてやるよ!」
「どうするのだ?」
「まずは黒帯になるのが先決だな!週明けからびっちりしごいてやるよ!」
「おう。頼むぞ!」
がっちりと握手を交わした。冬馬どのとも妙な連帯感が生まれた。
昼からの試合時間となった。冬馬どのは難なく勝ち、決勝戦を迎えた。
さすがは決勝戦。相手も隙を見せず攻防戦を繰り広げておる。冬馬どのは積極的に蹴りを繰り出しておるが、まったく当たらぬようだ。
「冬馬どの!頑張れ!」
冬馬どのが相手の懐に入った瞬間、相手の蹴りが冬馬どのの頭に打ち込まれた!
バン!
時が止まったかのように、冬馬どのの身体がゆっくりと崩れ落ちていった。
「おお!」
会場がどよめいた。倒れた冬馬どのは寸分も動かぬ。
冬馬どのは大丈夫か?
心配して見ておったら、ゆっくりだけど立ち上がれたようだ。一安心だ。
試合が終わり、結局冬馬どのは準優勝であった。試合会場から出てきた冬馬どのは恥ずかしそうにしておった。
「カッコ悪いとこ見せちゃったな。」
「いや、そんなことは無いぞ。自信を持て。」
「脳震盪を起こしたのは初めてだったよ。」
「もう大丈夫なのか?」
「24時間は様子を見た方がいいけどな。」
「では、私が監視しておこうか?」
「はぁ?いいよ!っていうか何言ってんだよ!」
そんなに焦ることか?
「だが監視が必要なのであろう。」
「いや、そんなの俺の親に頼むから大丈夫だ!」
「ではよろしく伝えてくれ。」
「あぁ。」
「っていうか、いきなり俺の部屋に泊まる気かよ…」
「ん?何か言ったか?」
「何も。かぐや、今は酒を飲んでないよな。」
「何を言っておる?飲む筈ないであろう。」
「だよな。天然か…」
また冬馬どのの顔が赤くなっておる。やはり流行り病ではないのか?
その晩、久しぶりにやよい姉様と話す事ができた。
「やよい姉様。」
『かぐや、久しぶりですね。』
「はい。やよい姉様もお元気そうで。」
『何やら声がはずんでおるようですが、良いことでもありましたか?』
「良いことというか、夢が出来ました。」
私は今日、冬馬どのに語った夢をやよい姉様にも伝えた。
『そなたは元々、身分の垣根を越えて人を案ずる心を持っておりました。私はかぐやの夢を応援しますよ。』
「ありがとうございます。やよい姉様に味方になって頂けると心強いです。」
『時に、かぐやよ。』
「はい。」
『周りにおる殿方とはその後いかがですか?』
「不細工三人衆のことですか?」
やよい姉様はクスッと笑った。
『かぐやはそのように呼んでおるのですか?』
「はい。不細工ではありますが元々は私と同じような容姿ゆえ、最近は見慣れてきました。また、それぞれ良いところがある事も分かってきました。」
『そうですか。それに気付いただけでも、下界に行って良かったですね。』
やよい姉様と話しながら、思った。不細工三人衆と話すことに抵抗が無くなってきていることが、自分で一番の驚きであるな…