第13話・リアル平安絵巻
会議が終わり、お父様とお母様から夕食のお誘いがあった。皆でホテルの中のレストランへ行き、用意されておった個室に入った。
「乾杯。二人ともおめでとう。」
「ありがとうございます。」
「父さんと母さんにもご心配をお掛けしました。」
「親が子供の心配をするのは当たり前の事だ。しかし、思った以上に順調に認められたな。」
「あれで、ですか?」
「ああ。私がまだ大学へ通っていた頃は、レジャー部門もあったんだ。だけど嫁の家に乗っ取られた形になってな。その後、株を売却してグループから外れてすぐに潰れたそうだよ。」
「そんな事が…」
「それから後継者と結婚する場合は、親族会の承認が必要になったんだ。会社が潰れて一番困るのは、一万人を越える社員達だ。しっかりと彼等の生活も守っていかないとな。」
お父様は私に向き直った。
「かぐやさんも、また怖い思いをさせてしまったな。」
「いえ、大丈夫です。誘拐されるのも慣れてしまいました。」
「はは!それは逞しいことだ。」
食事も終わった頃、春樹どのが口を開いた。
「父さん、母さん、親族会議の承認を貰えたので、先に結婚式を挙げたいのですが宜しいでしょうか。」
「春樹、結婚を焦る気持ちも分かるけど、まだ結納もしていないわよ。かぐやさんのご両親とも顔合わせをしていませんしね。」
「そういえば、そうでした…」
お母様はにこやかに私に話し掛けた。
「かぐやさんのご両親のご都合はいかがかしら。」
「明日にでも家族と話しをしてみます。」
「お願いね。私達も年明けまでなら日本にいますから。」
「分かりました。」
翌日、いつもどおり米を担いで天界へ帰り、父上と母上に顔合わせの話をした。
やっと婚姻かと呆れながらも喜んでくれ、一家揃って一カ月程下界へ滞在する事となった。
そして、十二月に入ってすぐの満月の夜、私と春樹どのは私の家族を迎える為、中庭へ出ておった。
「何だか緊張しますね…」
「そうか?」
「かぐやさんのご両親とお会いするのは初めてですよ。」
「誰も春樹どのの事は反対してはおらぬ故、気にすることも無いであろう。」
「それでも気にするものです。特にお父様は…」
「何故父上限定なのだ?」
「ちゃぶ台をひっくり返されるとか…」
「…?何を言っておるのだ?」
そんな話をしている間に天界の牛車が到着し、両親とやよい姉様一家が降り立った。
「は、はじめまして!浦和春樹と申します!」
「そなたが春樹どのか。」
「はい!ご挨拶が遅くなり、すみません。」
父上と母上に向かって、春樹どのが、ガバッ!と頭を下げた。
「はは。春樹どの、天界と下界におる者同士で、挨拶など難しいであろう。」
義兄上が笑ってその場を和ませてくれた。雪美は義兄上の後ろに隠れてこそっと覗いており、昨年産まれた史弥は、やよい姉様の腕ですやすやと眠っておった。
皆は爺やと婆やに案内され、今日のところは部屋にて休む事となった。
「やっぱりかぐやさんのご家族は、凄い着物を着ていらっしゃるのですね。」
「そうか?今日は皆、普段着であったぞ。」
「そ、そうですか…」
週末になり結納の日を迎え、春樹どののご両親が屋敷に来られた。だが私の家族を前に、ご両親は固まっておるようだ。
『えっと…平安絵巻の実写版かしら。』
『やけにリアルだな…』
「お父様、お母様、どうかされましたか?」
「い、いや。何でもないよ。ちょっと緊張してしまってな。」
「ふふ。お父様でも緊張される事があるのですね。」
「まぁ初めての事だからな。」
流石は春樹どののご両親だ。その後はすぐに馴染んでおった。にこやかに挨拶を交わして下界特有である結納の儀は滞りなく終了し、食事会の席で婚姻の儀は、春樹どのの希望どおりクリスマスイブと決まった。プロポーズと同じ日が良かったそうだ。
すぐにインフィニティフォレストホテルのチャペルを予約した。
平日であるが、冬馬どのと秋人どのも仕事を休んで来てくれるらしい。もちろん松乃どのと小梅どのも参加してくれるそうだ。いつの間に話しを付けておったのであろう…
式はチャペルで行うこととなった。下界の神前式では三三九度という酒を飲む儀式があるらしく、すぐに寝てしまう故、止めた方が良いということになった。
春樹どのが会社に行っておる間、私は家族を下界へ案内した。
最初は下界に驚いておった雪美もそのうち慣れてきて、遊園地では楽しそうにはしゃいでおった。
雪美は春樹どのにもすぐに懐き、夜は膝の上で絵本を読んで貰っておる。その様子をやよい姉様と一緒に微笑ましく思いながら見ておった。
「春樹どのは子煩悩になりそうですね。」
「私もそう思いました。」
「婚姻の儀が終われば、すぐに子作りですか?」
「え?そ、それは…」
「ふふ。照れて可愛らしいですね。」
「や!やよい姉様!からかわないで下さい!」
そ、そうだ…
春樹どのと婚姻を認めて貰うのが精一杯で、すっかり忘れておった…
「かぐやさん、顔が赤いですがどうしました?」
「は、春樹どの!」
いつの間にか、絵本を読み終わった春樹どのがすぐ傍におった。
「そ、その…」
「婚姻の儀の後はすぐに子作りかと聞いたところ、真っ赤になってしまってな。」
やよい姉様が私の代わりに答えた。
「ふふ。こればかりは、こうのとりさんのご機嫌次第ですからね。」
「それはそうであるな。キャベツ畑で拾うというのも聞いた事があるぞ。」
「でしたら、庭にキャベツ畑でも作らないといけませんね。」
やよい姉様と春樹どのが意味深な会話をしておる。非常に反応に困るな…
婚姻の儀の前日、風呂から上がった後、父上と母上に挨拶をしようと部屋の前に行った。
あれ?
声を掛けようかと思ったが、部屋の中から春樹どのの声が聞こえてきた。
「この度は、ご両親に挨拶も出来ず勝手に結婚まで決めてしまい、大変申し訳ありませんでした。」
「私達もかぐやを下界に送り出した時から、こんな日が来るのではと覚悟はしておった。」
「必ずかぐやさんを幸せにします。私の一生をかけて、かぐやさんを大事にします。どうか今後ともよろしくお願いいたします。」
春樹どのの覚悟と真摯な言葉に込み上げてくるものを抑えきれず、思わず涙がこぼれ落ちた。
「かぐや…聞いておるか…」
障子の向こうから父上の声が聞こえた。すーっと障子を開けると、手を付いて頭を下げる春樹どのの姿が見えた。
「え?かぐやさん?」
「グスッ、すまぬ…聞こえてきてしまってな…」
部屋に入り、春樹どのの隣に座った。
「父上、母上、今日までありがとうございました。」
「かぐやよ。良い殿方と出会いましたな。」
「はい、母上。私を大事に想ってくれる殿方にございます。」
父上と母上も少し涙ぐんでおられるようであった。
春樹どのと一緒に自分の部屋へ戻り、明日着る予定のウエディングドレスを眺めた。
「いよいよ明日であるな…」
「はい。新居も完成したと連絡が入りました。年明けの連休にでも引っ越しをしましょうね。」
「ふふ。どのようになったのか楽しみであるな。」
「引っ越しの前に、ご家族もお連れして見に行きましょう。初詣の後でどうでしょうか。」
「大丈夫だ。そのように伝えておく。」
春樹どのに軽く抱き締められ、触れるだけの口付けが落とされた。
「かぐやさん…世界一、幸せになりましょうね。」
もう一度、優しい口付けを交わした。