第12話・決戦の結末
親族から立て直しプロジェクトの高評価を貰った事で、流れは私に傾いてきた。だが、またしても昭三さんからかぐやさんを批判する声が上がった。
「だが、肝心のかぐやさんが逃げ出したのでは、話しにならないな。やはりジェニーが最適だろう。」
「そうね。大事な会議の場に遅刻されるような方はちょっとご遠慮して頂きたいわ。」
「ちょっと待って下さい!かぐやさんは事情があって来られないのです!」
「どんな事情かしら。」
チラッと父さんの顔を見ると、軽く頷いていた。さっきは立て直しの話をする前に、混乱させる事を言うなと止めたのだろう。みんなから高評価を受けた今なら、本当の事を言っても大丈夫そうだ。
「かぐやさんは、昨夜、空手道場の更衣室で拉致された可能性があります。今、家の者と友人が探しています。」
「拉致?穏やかな話しでは無いわね。」
「それは確かなの?」
「どうせ、自作自演だろう。そのうちひょっこり戻って来るのではないか?」
あなたが仕組んだことだろ!思わず声を荒げそうになった時、会議室に入ってきたスタッフが父さんに何か耳打ちし、父さんは微笑みながら私に向き直った。
「春樹、かぐやさんは無事に見つかったそうだよ。」
「本当ですか!」
「え?本当に拉致されていたの?」
その時、急に外が賑やかになってきた。
バーン!とドアが開いたかと思うと、そこにいたのは黒帯を締めた胴着姿のかぐやさんだった。
----------
冬馬どのに送って貰い、ホテルのエレベーターに走って乗り込んだ。会議室のある階に着いて、すぐに会場を探しまわった。
「何処だ!」
片っぱしからドアを開けながら廊下を進むと、角を曲がった部屋の前に人が立っておるのが見えた。
「ここが親族会議の部屋か!」
「もしかしてかぐや様ですか?」
「そうだ!失礼する!」
バーン!と思い切りドアを開けた。
「遅れてすまぬ!誘拐されておった故、遅刻してしまった!」
「…」
親族達が皆、あっけに取られた顔をして私を見ておる。
「あれ?何か間違ってしまったか?」
きょとんとしておったら、春樹どのが立ち上がって笑いながら近づいてきた。
「はは!やっぱりかぐやさんは最高です!誘拐されてたから遅刻って、まるで電車が遅れたかのように!ははっ!」
「え?え?何か変な事を言ってしまったか?」
顔は笑っておる春樹どのであったが、堪え切れぬ一粒の涙を流して、ギュッ!と私を抱き締めてきた。
「本当に心配しました…」
「春樹どの…」
私が春樹どのの背中に手を回した時、ゴホン!とお父様の咳払いが聞こえた。
「あ…とりあえず会議中だ。」
「す、すみません…」
「失礼しました。」
急いで春樹どのから身体を離し、決められた席へ座った。席は前回と同じく美咲どのの隣である。
「かぐやさん、無事で良かったわ。」
「ありがとうございます。美咲どの。」
「それにしても、かぐやさんは空手をされていたのね。もしかしてニューヨークで春樹が撃たれた時に、素手で大男を倒したっていう女性は…」
「そ、それは恐らく私の事かと…」
「ふふ。そうだったのね。文武両道なんて素晴らしいわ。」
「い、いや…」
幼少の頃から喧嘩に明け暮れておったとは言い難いな…
「では、会議を再開します。」
司会の者が言うや否や、昭三どのが胴着姿の私を嘲笑うように見ておる。
「女の癖に空手とは…良家のお嬢様にはとても見えないな。これで暴力で春樹を脅しているのがわかったな。」
むむ!
一瞬反論しようかと思ったが、春樹どのが私の代わりに反論してくれた。
「私は頑張ってきたかぐやさんをずっと見て来ました。誇りに思っています。」
「私も文武両道のかぐやさんを尊敬します。」
美咲どのもフォローしてくれた。それが面白くなかったのか、昭三どのは、チッ!っと舌打ちした。
「まぁ、今回の立て直しで春樹の後継者としての質は証明された。だがかぐやさんの功績では無い。やはり今後の事業も考えたらジェニーの方がいいだろう。」
「今回はかぐやさんに現地視察までして頂いて、アイディアも出して頂きました。充分でしょう。」
「誰も春樹の仕事ぶりを否定はしていない。社会人になって半年程でこの成果を出せるんだ。それだけの器量があるのなら、更なる飛躍を考えて当たり前だろう。悪い事は言わない。ジェニーにしなさい。」
しかし、他の親族は違う意見のようだ。
「ですが先程も二人共、想い合っているのが見て取れましたし…」
「そうですね。かぐやさんがお金目当てで無い事は前回で納得していますしね。」
「“何を言っているの?そんなの演技に決まってるじゃない!”」
ここでジェニーが反論してきた。
「“私の方がハルを愛しているわ!十四歳からの付き合いよ!突然現れた泥棒猫なんかに譲れないわ!”」
「“お金目当ての君とは、すぐに別れたが。”」
「“あんなに愛し合ったじゃない!ずっとあなたの事だけしか考えていないわ!今でも愛しているのよ!”」
この言葉を聞き、春樹どのはスタッフに合図を出した。すると部屋のスピーカーから、秋人どのが聞き出してくれた音声が流れた。
『“愛していないわね。…結婚しても避妊してもらうわ。…私にセレブ生活をしろっていう神のお告げだってね!…”』
これを聞いたジェニーはサーっと青ざめてきた。
「“な、何よ!嵌めたのね!”」
「“しっ!静かに。”」
他の親族に窘められ、ジェニーは俯いた。
『“昭三は恩を着せておくと、後々都合がいいって言ってたわ。…”』
「これはどういう事だ?」
『“君の部屋で朝を迎えていいのなら、僕のお酒をオーダーしてくれる?…シャンパンをこちらに…”』
音声を聞いた昭三どのが声を荒げた。
「こんなのデタラメだ!私もジェニーに嵌められただけだ!」
「“昭三!裏切るのね!”」
「裏切るも何も、お前みたいな尻軽小娘に何の価値も無いわ!」
「“何ですって?”」
あれ?通訳を挟んで二人が仲間割れをしたようだ。
親族達は皆あっけに取られておったが、春樹どののお父様が二人を制した。
「二人とも、みっともないと思わないのか。」
「黙れ!お前ごときに命令される覚えなど無い!」
「昭三さん、先程かぐやさんを拉致した男達から計画を聞き出しました。その男達を警察に突き出す事も出来ますが、それでも宜しいですか?」
「どういう意味だ!」
「あなたが一番よく理解されているかと思いまして。穏便に済ますのであれば、そのまま解放しますが、事を荒げるのであれば首謀者を明かしますよ。」
「…言っている意味が分からない。」
この一言を最後に昭三どのが押し黙った。どうやら解決しそうな雰囲気だ。
しかし、違う意味で親族会議は終了してはおらなかった。レストラン部門を統括しておる美咲どのの父上が、何やら発言された。
「今回の事は、親族会会則第十五条第二項に当てはまると思われるが、他の者はいかがお考えですかな。」
「私も当てはまると思います。」
「そうですね。」
「私も賛成です。」
「くっ…」
他の親族が賛成する中、昭三どのが顔を歪めた。意味が分からぬ私は、こそっと隣の美咲どのに聞いてみた。
「美咲どの、その親族会会則とは何ですか?」
「確かその条項は、『一人一家族が独占するべからず。それを企む者は排除とする。』だったと思うけど。私もよく覚えていないわ。」
「なるほど。」
結局、昭三どのは親族会と経営から排除される事となり、昭三どのの娘婿に経営権が渡る事となった。株主総会というものもあるらしいが、親族会がほとんど株を保有しておるので、問題無いそうだ。
株…とは何だ?後で調べてみるか…
そして、司会者が声を高らかに宣言した。
「ではホテル部門後継者、春樹様の婚約者はかぐや様と決めさせて頂きます。」
満場一致で拍手を貰った。
春樹どのと私は立ちあがり、皆に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございました。」
これで親族の皆から認められたのだ!晴れやかな気持ちで春樹どのと微笑み合った。
披露宴の詳細はまた案内を送るということで会議が終わり、皆が立ちあがった。春樹どのは私に駆け寄って、興奮したように抱きあげた。
「かぐやさん!やりましたね!」
「おっと、春樹どの!危ないではないか!」
「これが喜ばずにいられますか!」
「失礼。ちょっと宜しいですか?」
一人の殿方が話し掛けてきた。確か、昭三どのの娘婿であったよな。
「かぐやさん、この度は義父が大変ご迷惑をお掛けいたしました。」
「いえ、無事に婚姻も認められましたし、大した事ではありません。」
「そう言って頂けると助かります。」
そして、春樹どのに向き直った。
「春樹さん、デパート部門も色々と変革を迫られています。共に立て直しを図っていきましょう。」
「はい。何かありましたらご協力をよろしくお願いいたします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
二人は固く握手を交わした。
こうして無事に親族会議が終わった。