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第9話・二人の絆

 梅雨も明けた週末、久しぶりに春樹どのの邸宅を訪れた。婚姻後に住む別邸の着工が始まったとのことである。


春樹どのから設計図を見せて貰いながら、部屋の説明を受けた。


「一階が玄関とシューズクローゼット、リビングになります。飲み物を用意する程度の簡単なキッチンもありますが、食事は本邸に行くか運んでもらうようになりますので、本邸との渡り廊下も付けました。」


なるほどな。


「二階が子供部屋になります。」

「こ、子供部屋?!」

「必要ですよね?」

「ま、まぁそうだな…」

「成長してきた時を考えて、必要に応じて部屋を仕切れるようにしています。」


な、何だか急に現実味を帯びてきたな…


「三階は、私達の寝室です。ウォークインクローゼットもありますので、そちらで着替えは可能ですよ。」

「分かった。」

「お着物も大丈夫なように、桐の和箪笥も設置して貰う予定ですが、何枚くらいお持ちでしょうか。」

「四~五十枚くらいであろうか。そんなに多くは持ってきておらぬ。」

「分かりました。それくらいを収納できるようにしておきますね。」


「そして四階と言いますか、屋上になりますが、和室と屋上日本庭園にする予定です。ここは純和風ですね。」

「ほう。中々良さそうであるな。」


「後は、家の中にエレベーターを付けます。二階と三階にバスルーム、各階にトイレ…ざっとこんな感じですが、他にもご要望はありますか?」

「風呂は二つも必要なのか?」

「もちろんです。私とかぐやさんの愛の巣ですし、ベッドルームに直行できなくては意味がありませんから。」


当然のように、にっこりされた。

ど、どんな意味が…


その後本邸にて、お父様とお母様も一緒にお昼御飯を頂いておった時、お父様が少し心配そうに春樹どのへ尋ねた。


「春樹、紅葉坂ホテルの件はどうなった?」

「かぐやさんも現地視察に行って頂き、いいアイディアを出して頂きました。今は美咲姉さんに詰めて貰っているところです。予算の都合上、部屋の稼働率までは難しいですが、来客数は増やせそうです。」

「あそこは私の父が建てた景色の良いホテルだ。ここで成功すれば後継者としての実力も認めて貰えるだろう。」

「はい。頑張ります。」


私だけでなく、春樹どのも試されておるという訳か…中々厳しい世界なのだな…


「それと…」


お父様は私をチラッと見て、言い難そうに咳払いを一つした。


「ジェニーの事なんだが…」

「そちらも問題ありません。次に来日した際に、解決させるつもりです。」

「かぐやさんは…その…」

「全部話していますので、大丈夫ですよ。」

「そうか。不出来な息子ですまないな。」


こういう時、どんな返答をすれば良いのであろうか…

否定も肯定も出来ず、ただ苦笑いを浮かべるのが精一杯であった。



 夏に入り暑さが続く頃、春樹どのがリーダーを務めるプロジェクト会議とやらに、私と美咲どのも出席を要請された。美咲どのの隣には、何となくふんわりした愛嬌のある姫君が座っておった。


「…という訳で、低予算で来客数を伸ばすアイディアを竹野塚さんから出して貰いました。カフェの詳しくは、浦和美咲さんより説明して頂きます。」


「オープンカフェですが、このホテルの近所は一軒家が多い高級住宅街となっておりますので、美容と健康に気を遣うセレブ奥様をターゲットにしました。飲み物は少し単価が高めですが、高ポリフェノールのぶどうジュースやグリーンスムージーなどを考えています。」


再び春樹どのが話しだした。


「この案で宜しければ進めて行きたいと思いますが、いかがでしょうか。」

「いいと思います。」

「従来の割引サービスとは違って、地元の固定客を見込めますね。」


プロジェクトのメンバーからの反応も上々のようだ。少し安心した。


「では、改装の詳細について、説明をお願いします。」

「いつもレストラン部門でお世話になっています建築デザイン会社の広末さんに来て頂きました。」


美咲どのが紹介すると、隣に座っておった姫君が立ち上がった。


「足立デザインの広末つぐみと申します。よろしくお願いいたします。それでは早速ですが…」


流石は美咲どのが連れて来た姫君である。つぐみどのはふんわりした雰囲気とは違い、簡潔に分かりやすく、改装にかかる費用の見積もりや期間、改装のポイントなどを説明しておった。何だか私だけが場違いのようだ…


「広報の方法ですが低予算という事もあって、タウン情報誌に載せる事と新聞に広告を入れる程度になってしまうかと思います。何かキャッチになるものや付加価値を付けれるものはありますか?」


「やっぱり美容と健康は一押しですよね。」

「散歩で消費できるカロリーを載せたらどうでしょう。」

「オープン時には歩いて来た人に、無料ドリンク券を配ってみては。それ目当てで散歩に来られる方もいらっしゃるかもしれません。」


「あ、あの…」


メンバーがはきはきと意見を言う中、恐る恐る手を挙げてみた。


「竹野塚さん、どうぞ。」

「実際に散歩してみて思ったのだが、犬を連れておるご婦人が多かったように思ったのだ。散歩といえば、犬であろう。そのカフェは犬も入れるようにしたらいかがかな。」


「かぐやさん、それいいかもしれません。オープンテラスだけでもわんちゃんを可能にしたら、愛犬家も取り込めそうですね。」


美咲どのが賛同してくれた事で、更に会議の内容は具体化してきた。カフェにはペット用のおやつを置く事も検討するそうだ。つぐみどのも犬を飼っておるそうで、早速必要な設備について話をしておった。


その日から、休日も返上で春樹どのは仕事となった。本当に外の勤めというのは大変なのだな。それが初めて実感出来た気がした。


米の買い付けが終わった柳本どのは天界へ帰り、私は一日一回ずつ、米を運ぶ日が続いておった。これも人の命を繋ぐ大事な任務であるし、頑張るか。



 春樹どのはお盆の頃に、やっと休みが取れそうだと言っておった。


「せっかくのお休みですから、何処かへ行きませんか?」

「しかし、連日の勤めで疲れておるであろう。何もせずにゆっくりしないか?」

「ふふ。お気遣い頂いて嬉しいですが、久しぶりにデートがしたいなと思いまして。」


そういえば最近、何処も出掛けてはおらぬな…だが春樹どのまで過労で倒れては困るであろう。


「では、久しぶりに高台の公園へ行きたい。」

「え?もっと遠くまで行けますよ。」

「そこでも充分だ。」

「…日帰りですか。分かりました。」


短い時間だが久しぶりのデートが決まった事に浮足立っておった故、春樹どのが言葉に詰まった事などまったく気付かなかった。


休日の夜になり、高台の公園へドライブに出掛けた。


「やはりここの夜景は綺麗だな。」

「そうですね…」

「ん?どうした?何かあったのか?」

「いえ…自分で蒔いた種なので仕方無いかと思うのですが…」

「何の話しだ?」

「かぐやさんを傷つけてしまって、すみませんでした。」


まだ気にしておったのか…そっと春樹どのの手を握った。


「私が身を委ねることが出来るのは、春樹どのだけであるぞ。」

「かぐやさん…」


春樹どのはもう一つの手を、恐る恐る私の頬に近づけた。


「触れてもいいですか?」


黙って頷くと、頬に手を添えられた。


「キスしてもいいですか?」


ゆっくり目を閉じると、触れるだけの口付けが落とされた。


「抱き締めてもいいですか?」


春樹どのの背中に手を回して、そっと抱き締めた。私の背中にも手が回り、肩に顔を埋めてきた。


「怖かったです。触れるとかぐやさんを傷つけてしまいそうで、私から離れてしまいそうで…」


掠れるような声であった。子供をあやすように黙って背中を擦り、暫くそのままじっとしておった。


「かぐやさん…この腕の中で愛することを許して頂けますか?」

「…え?」

「もっとあなたに触れたい…あなたを感じたい…」


この意味が分からぬ程、初心うぶでは無い。

そっと身体を離して春樹どのの顔を見ると、不安に満ちておるかのようであった。その不安を掻き消すよう、微笑んで答えた。


「もう気にしないでくれ。どんなに触れても、私が離れることは無いぞ。」


春樹どのは安心したような笑顔を浮かべて、ギュッ!と抱き締めてきた。


「かぐやさん、ありがとうございます。」


そして車に乗り込み、空いていたスイートルームを予約した。

部屋に入ってそれぞれがシャワーを浴び、バスローブを着てベッドに並んで座った。肩に手が添えられたかと思うと、ゆっくり横たえられた。


「まるで、初めてかぐやさんを抱いた時のように、ドキドキします。」

「この顔だ…」


春樹どのの頬に手を添えて、顔を見上げた。


「皆にはからかわれたが、この幸せそうな顔が好きだ。」

「幸せ過ぎて、胸がいっぱいです。かぐやさんは私のすべてです。あなただけが…私の…」


春樹どのは目尻を下げて愛おしそうに私を見た。そっと目を閉じると、深く愛しむような口付けが落とされた。


「かぐや…かぐや…」


春樹どのは愛を囁くかのように私の名前を呼び続け、全身に甘い口付けを落としていった。


決して離れぬ誓いのように、再度、二人の絆を深めた夜であった。



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