第7話・優しい温もり
夜、お手洗いへ行くと、丁度、勤めから帰ってきた春樹どのが駆け寄ってきた。
「かぐやさん!無理しては駄目ですよ!」
「ふふ。熱があってもお手洗いへは行くぞ。」
「そ、そうですよね…」
春樹どのは恐る恐る私の額に手を当てた。
「…まだ熱がありますね。」
「だが、昨日よりはかなり気分が良い。心配かけたな。」
「心配くらいさせて下さい。部屋に戻りましょうか。」
そう促されて部屋へ戻った。布団に横になると、そっと掛け布団を掛けてくれた。
「そういえば、ホテルの件はどうなっておるのだ?」
「そちらは私が頑張ります。」
「春樹どの。何でも一人で抱え込まないでくれと言ったのを覚えてはおらぬか?そもそも私に課せられたものであるぞ。」
「…二人にですね。具合が良くなったら一緒に視察へ行ってみましょうか。」
「そうしよう。」
「…かぐやさん。」
「何だ?」
「今日は布団をくっつけて寝てもいいですか?」
「春樹どのが具合悪くなってしまうぞ。」
「ふふ、大丈夫です。過労はうつりませんから。」
「そうであったな。」
春樹どのは食事と風呂を済ませ、私の部屋に布団を並べて敷いた。寝る前に、額の手ぬぐいを濡らしなおしてくれた。
「早く良くなって下さいね。」
「ありがとう。」
春樹どのが微笑むだけで、安心してしまうな。そっと目を閉じて眠りに入った。
だが、寒気で身体が震え、夜中に目が覚めてしまった。寒いな…また熱が上がったのであろうか。
え?
ごそっと音がしたと思ったら、春樹どのが私の布団に入って、私を抱き締めてきた!
ちょ、ちょっと!
心の中で一人で勝手に動揺しておったが、春樹どのは毛布ごとすっぽり私を抱き締め、その上から身体を温めるように微かに擦っておるようだ。
この感覚、昨夜もあったような…
「春樹どの…」
「すみません。起こしてしまいましたか。少しでも温かい方がいいかと思ったのですが…」
離れようとした春樹どのの胸に、思わず顔を埋めた。
「このままで…温かくて安心する…」
「ふふ。おやすみなさい。」
もしかして、寝ずに私の様子を見ておってくれたのであろうか…
優しく抱き締められるうちに悪寒も落ち着き、再び夢の中へ入った。
…ん。
翌日、目が覚めたら、春樹どのの腕の中であった。
「おはようございます。かぐやさん。」
「お、おはよう…ずっとこのままであったか。」
「よく眠れましたか?」
「お陰様で、昨日よりも気分が良い。」
春樹どのはそっと私の額に触れてきた。
「昨日よりは熱くないようですね。一安心しましたが、まだ安静にしていて下さいね。」
「分かった…」
やはり、私のすべてを包み込んでくれるこの優しい温もりは心地良い。過去がどうであっても、どうでも良い。春樹どのには、全身全霊を委ねる事が出来る…
そう思いながら、再び眠りについた。
熱も下がった週末、松乃どのと美咲どのも一緒にホテルの視察へ出掛けた。最寄駅まで爺やに送ってもらい、そこから実際に歩いてみたかったのだ。
「紅葉坂っていうくらいだからキツいのかと思ってたけど、意外とゆるやかな坂道なんだね。適度なダイエットに良さそう♪」
「松乃どの、ダイエットとはそんなにも重要なのか?」
「まぁ、痩せる為っていうのもあるけど、健康を維持する為にも軽い運動は必要だからね♪」
「成程な。」
駅から歩いて二十分程で、ホテルへ着いた。確かに散歩には丁度良い距離のようだ。
「だが、ここまで登ってくると、流石に喉が渇くな。」
「ロビーラウンジで何か飲みましょうか。その後、庭へ行ってみましょう。ここは景色がとてもいいんですよ。」
そう言われて、喉を潤した後、建物の外側を回って庭へ出てみた。
「ほう!中々の街並みであるな。遠くには海まで見えるぞ!」
「ここは、景色が気に入った祖父が建てたところです。紅葉の季節はとても綺麗でホテルも満室になるのですが、それ以外の季節は駅から遠いこともあって、客足が遠のくようですね。」
「しかし、わざわざ庭に出なくてはこの景色が見れぬとは勿体無い気もするな。オープンカフェであれば、茶を飲みながら楽しめるのに…」
「かぐやさん!それです!」
急に春樹どのが声を上げた。
「びっくりしたぞ!」
「ふふ、すみません。ロビーラウンジの改装だけなら予算内に出来るかもしれません。ですが、景色のいいオープンカフェだけでは、決め手としては少し弱い気もしますね。」
と、ここで、松乃どのが何か閃いたようだ。
「それなら、散歩コースとして地元の人に推奨したらどう?さっきも上がって来ただけで適度な運動になったし、喉が渇くからカフェの利用客も増えるんじゃぁない?」
「そうですね。散歩コースとしてタウン情報誌に載せてもいいかもしれませんね。あまり予算も掛けずに済みそうです。」
何やら良い方向に進みそうである。
「ここからは私達レストラン部門の出番ですね。」
「改装アイディアは美咲姉さんにお願いしても宜しいですか?」
「もちろん、その為に今日はご一緒しましたからね。健康と美容にいいドリンクを提供したらいいかもしれないわ。考えてみるわね。」
「よろしくお願いします。」
帰りは私の体調も考えて、爺やがホテルまで迎えに来てくれた。
「みなさん、今日はありがとうございました。やっぱり従来の割引サービス以外で拘った甲斐がありました。」
「だが、宿泊は増えぬな。」
「ひとまず来客者を増やせば、更に予算も付けて貰えるかもしれませんので、宿泊はその時に考えましょう。」
「分かった。」
「松乃どの、そういえば今日、秋人どのは仕事なのか?」
「秋人はねぇ~、秘密のミッション中かな♪」
「ミッション?」
「そそ♪」
何やら色々とありそうだが、楽しそうである。後日詳細が分かると言われた故、それ以上は聞かぬこととした。
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春樹のオープンカーを借りた。春樹の話から推測するとジェニーはやっぱりお金目当てだろう。その推測どおり、今日は高級車を乗りこなした完全成金セレブに変身して、ミッションに挑んだ。
まず、ロイヤルインフィニティホテル前にカッコ良く車を乗り付けて、お迎えだ。
「“ハイ!秋人!”」
「“ハイ!ジェニー!今日も一段と綺麗だね♪君の前ではこの薔薇も霞んでしまいそうだ。”」
「“ワオ!凄い花束ね!”」
「“君の美しさに負けないようにしたんだが、関係無かったね。花が可哀想だよ。”」
わざとらしくオーバーに助手席のドアを開けて、ドライブへ出発だ。
香水が異常に臭い…ここは我慢だ。