第84話・グアム最後の夜
翌日、秋人どのと松乃どのの二人からランチに誘われ、指定されたカフェに行った。
「はい!これが昨日のデータとプリントした写真ね♪」
「もう出来たのか?早いな。」
「先に中身見ちゃった♪春樹ってかぐやちゃんの前だと、こんな顔するんだね!」
そう言われて、封筒の中身を確認してみた。いつもどおりの春樹どのであるな。
チラッと春樹どのを見たら、顔をほんのり赤くしておった。
「客観的に見るのは初めてだ…こんな顔をしているんだな。」
「そうか?いつもどおりの春樹どのであるぞ。」
「そ、そうなのですか?」
春樹どのは益々顔を赤くした。きょとんとしておったら、秋人どのが笑いながら説明してくれた。
「かぐやちゃんは見慣れてるかもしれないけど、こんな幸せそうな顔をした春樹なんて、僕達は見たことないよ!この顔を見れるのは、かぐやちゃんだけの特権だよ♪」
「し、幸せそうって…」
「ぷぷ!今度はかぐやちゃんが赤くなってきた♪」
他人から見たら、そのように見えるのだな。
嬉しいような、恥ずかしいような…お互いの顔を見合わせて、更に照れてしまった。
秋人どのと松乃どのは明後日に帰国するそうだ。撮影が終わったので、今夜は思いっきりジャンクフードを食べると言っておった。私達は明日、昼の便で帰国予定である。
食事を頂いた後、また日本でね~♪と、手を振って別れた。
「今日はこの後予定がありませんが、いかがいたしましょうか。」
「観光もしたし、土産も購入したし、海も満喫したな。」
「では、部屋でゆっくりと荷物でもまとめておきましょうか。」
「そうするか。」
部屋に戻り、帰国の準備をすることとなった。
「はぁ、明日は帰国か…」
ベッドの上で服を畳みながら盛大なため息をつくと、後ろから春樹どのがふわっと抱き締めてきた。
「かぐやさん、一つ提案があるのですが、帰国したら同棲しませんか?」
「ど、同棲?!」
同棲とは、確か婚姻前の男女が一緒に暮らすことであるよな…
「駄目ですか?私の邸宅でもいいし、かぐやさんのお屋敷に私が行ってもいいし、何処かマンションを借りてもいいですよ。」
「き、急に言われても…」
「ふふ、困らせてしまいましたね。でも考えておいて下さい。私はいつでも大丈夫です。」
「わ、分かった。検討してみよう。」
帰国したら、爺やと婆やにも相談してみるか。あの二人もそろそろ天界へ帰りたいであろう。
「かぐやさん…」
「ん?」
後ろを振り向くと、そのまま頭を抑えられ、目も眩むような濃厚な口付けを落とされた。
ゆっくりと唇が離され目を開けると、ふんわりと優しく微笑む顔が近くにあった。
そっと、春樹どのの頬に手を添えた。
「写真に写っておる、いつもの顔であるぞ。私はこの顔が好きだ。」
春樹どのは、私の手の上に自分の手を添えてきた。
「かぐやさんの温もりを感じると、この顔になってしまうようです。とても幸せを感じますから。」
ゆっくりとベッドに横たえられ、腕の中に閉じ込められた。
「は、春樹どの!」
「…このままで。暫くこのままにさせて下さい。」
春樹どのは、じっと動かずに私を抱き締めておる。まるで、腕の中に私の存在を記憶させておるかのようであった。
「暫く会えなくなるなんて、寂し過ぎます。」
「そうだな…」
「どうも、私は“かぐや中毒”になってしまったようですね。」
「ふふ。そんな病気、聞いたことないぞ。」
「私だけがかかる病気ですから、気にしないで下さい。そして、治療はかぐやさんにしか出来ませんから。」
少し身体を離され、チュッ!と額に口付けられた。
「それならば、差し詰め私は主治医というところであるな。」
「ふふ。先生、よろしくお願いします。」
頬に、唇に、鼻先に、啄むような口付けを繰り返された。
「ふふ、くすぐったいぞ。」
「我慢して下さい。治療中です。」
春樹どのは微笑みながら、じゃれるような口付けを繰り返しておったが、次第に熱を帯びたものとなっていった。
「かぐやさん、すみません…火が付いてしまいました。」
火って…な、何の灯でしょうか…
「ん…」
考える間もなく、ゆっくりと誘うような深い口付けをされ、甘い予感に胸が疼き出した。そっと唇を離され目を開けると、春樹どのは目尻を下げて愛しそうに私を見つめ、囁くように尋ねた。
「かぐやを感じれば感じるほど、かぐやが欲しくなる…欲深い私は嫌いですか?」
「…」
「あなたがもっと欲しい…」
無言で頷くと、春樹どのは幸せそうに微笑み、口付けながら身に纏うものを一枚ずつ剥がしていった。
暫く会えぬ寂しさを埋めるように、触れ合う素肌で温もりを求め、力強い腕の中で身体を重ね合った。
翌日、昼過ぎに飛行機へ乗り込んでグアムを後にし、春樹どのが運転する車にて屋敷まで送って貰った。
「四月一日が入社式になります。配属先により休日が異なるようなので、詳しく分かりましたら連絡しますね。」
「では、なるべく春樹どのに合わせて天界へ帰るようにしよう。」
「ありがとうございます。同棲の件も考えておいて下さいね。」
「分かった。」
屋敷の前に着き、荷物を降ろしたが何となく離れ難く、手を繋いだまま向かい合った。
「かぐやさん…」
ふと顔を上げると目が合った。それが合図だったように顔が近付き、名残を惜しむように深い口付けを交わした。
ゆっくりと唇が離され微笑み合った後、春樹どのは帰って行った。
こうして、学生生活が終わった。