第80話・結婚への遠い道
正式にプロポーズされてからは忙しい日々であった。
まずは天界へ行き、婚約指輪という物を貰ったという報告をした。指輪を見せると、天界でもこのような大粒の物は珍しいと言われた。
そっちよりもプロポーズの方を喜んで欲しかったのだが、婚約の儀がとっくの間に済んでおるのに、逆に遅いと言われてしまった。
天界では婚約の儀が終わるとすぐに婚姻であるし、その意見も仕方無いのであるが…
正月はいつもどおり春樹どのと神社へ初詣に行った。だが、毎年と違う事は、春樹どのの邸宅で緊急帰国されたお父様とお母様が待っておられるということだ。
「は、春樹どの…この着物で大丈夫であろうか…」
「大丈夫ですよ。いつも以上にお綺麗ですよ。」
春樹どのはにっこり笑ってくれておったが、それでもいざ出陣!という気分で緊張感が拭えなかった。
邸宅に着くと、お父様とお母様はダイニングで待っておられた。
「た、竹野塚かぐやと申します!この度は…」
「まぁまぁかぐやさん、今更そんな堅苦しい挨拶はいいわよ。」
「どうぞ座って下さい。」
「は、はい!」
駄目だ…緊張してしまう。
ふう、と大きく一息すると、テーブルの下で春樹どのが手を握ってくれた。にっこりと笑って、大丈夫ですよ、と言ってくれておるようだ。少しだけ緊張の糸が解れてきた。
そして、春樹どのが切り出した。
「父さん、母さん、先日かぐやさんに正式にプロポーズをして、受けて頂きました。卒業したら結婚したいのですが、宜しいでしょうか。」
「私達は歓迎しますよ。ただ、親族会議で承認して貰う必要があるわね。」
「親族会議ですか?」
お父様とお母様が目を見合わせて一つ頷き、お父様が説明を始めた。
「後継ぎとなると親族会議で承認して貰わなければ、結婚が出来ない事になっているんだ。私と母さんも最初は身分違いだと反対されたが、三年越しでやっと認めて貰えたんだよ。」
「承認まで三年ですか?」
「私達の場合はそうだった。だが今回は私達が賛成しているから、そんなに揉める事は無いだろう。」
「それで次の親族会議はいつですか?」
「決算後だから、例年はゴールデンウィーク後くらいになるかな。」
「それまで待たないといけないのですね…」
春樹どのは、あからさまにがっかりしておった。そんな春樹どのを見て、お父様が苦笑いしておった。
「春樹、そこまでがっかりしなくても。」
「それはするでしょう。そこで承認を貰えたとしても、早くて結婚は夏くらいになるでしょうから。」
「承認がすぐに貰えても、披露宴までにはもっと時間がかかるぞ。何せ仕事関係の招待客がかなりの人数になるだろうからな。少なく見積もっても300人くらいだろう。」
「そんなにですか?」
「後継ぎとなると、披露宴もビジネスの場になるからな。」
「ごく一部の親しい間柄だけ呼ぶ事は出来ないのですか?」
「無理だろうな。」
はぁ…春樹どのが大きくため息をついたところで、お母様が私に申し訳なさそうに話し掛けてきた。
「かぐやさん、こちらの事情に巻き込んでしまってごめんなさいね。」
「いいえ、仕方ない事と思います。」
「そう言って頂けると助かるわ。」
それから食事が運ばれてきて皆で頂く事となったが、春樹どのは落ち込んだままであった。
そんな春樹どのを見て、お父様がからかい始めた。
「春樹、もしかして高校生の時に誘拐されたっていう友人は、かぐやさんかい?」
「そうです。よく覚えてましたね。」
「初めてお前が私に頭を下げて頼みごとをしてきたからな。あの時の必死さは、今でも思い出されるよ。」
「そ、そういう事は今言わなくても…」
「はは。かぐやさんにも聞いておいて貰った方がいいのでは?」
「今更です…」
「私も覚えていますよ。後でお嬢様だと聞いて、もしやって思いましたからね。」
「か、母さんまで…」
ふふ。お二人にかかれば、春樹どのもたじたじであるな。
食事が終わったらお父様とお母様はすぐにニューヨークへ帰られるとのことであった。帰りは玄関まで見送ってくれた。
「かぐやさん、春樹をよろしくね。」
「お母様、こちらこそよろしくお願いします。」
「私達はあまり傍に居てやれなかったから、意外と寂しがり屋なところもあるんだ。」
「と、父さん!」
「はは。かぐやさんの前では違うかな。」
屋敷へ送ってもらう帰り道で、春樹どのがぼそっと呟いた。
「はぁ…からかわれ過ぎて疲れました。」
「私にとっては楽しい話しであったぞ。誘拐された時、そんなにも必死に助けようとしてくれておったのだな。」
「責任を感じていたのは間違いありませんが、そこまで必死になっている自覚はありませんでした。」
「ふふ。そうなのだな。」
「あの頃は、かぐやさんと一緒にいると楽しいので、ずっと傍にいたいと思っていましたが、今思えば、もうかなり本気になっていたのかもしれませんね。」
春樹どのは、盛大なため息をついた。
「はぁ…早くかぐやさんと一緒になりたいのに…」
「そう言うでない。お父様とお母様は前向きに式の話までしておってくれたではないか。」
「そうですが…」
ふふ。こんなにも気を落とす程、早く一緒になりたいのだな。
嬉しくなって飛び上がるように、チュッ!と春樹どのに口付けをした。
「か、かぐやさん!」
「ふふ、いつもの逆であるな。」
春樹どのは、やっと笑ってくれ、私を軽く抱き締めた。
「すみませんでした。頑張って親族会議を乗り越えましょう。」
「それでこそ、いつもの春樹どのだ。」
「はい。」
顔を見合わせて微笑みあった。
冬休みが終わり、大学で皆にも婚約の報告をした。
「正式にプロポーズして、受けて貰えたよ。」
「おめでと~♪で、結婚式はいつになるの?」
「それが、親族会議で承認された後になるそうだ。」
「そんなのがあるの?さすが浦和グループというか…」
秋人どのと松乃どのは妙に納得しておる。
冬馬どのと小梅どのは、心配そうに私に話し掛けてきた。
「かぐやちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だ。そこで承認を貰えれば、何の問題も無い。」
「何か困るような事があったら、すぐに言えよ。」
「ふふ。冬馬どのは変わらないな。ありがとう。」
そこで、急に何かを思い出したように、冬馬どのが言いだした。
「そうそう!俺達も報告があるんだ!春休みを利用して、新婚旅行に行こうと思ってな!」
「ほう!何処へ行くのだ?」
「今のところ、グアムが精一杯かな。バイト代が上がったから、何とか二人分溜まりそうだよ。」
「そういえば、イケメン講師とかで話題になっておったな。」
「かぐや、その呼び方は止めてくれ…」
就職予定の会社で、動画で配信される問題の解説にアルバイトとして出たところ、分かりやすい解説とイケメンという両方で、たちまち話題になったのだ。そして、特別手当が貰えたとのことであった。
と、ここで秋人どのが身を乗り出した。
「いつ頃行くの?僕と松乃ちゃんもグアムに行く予定があるんだ♪僕の引退フォトを撮るとかで、一緒に行く事にしてるんだ♪」
「まだ正式に決めてないけど、卒業式後だから20日以降かな。」
「だったら一緒かも♪春樹たちも一緒に行かない?」
「いいな。みんなで卒業旅行も兼ねて行くか。」
「賑やかになりそうだね♪」
あっという間に、卒業旅行が決まった。
小梅どのが実習で遅れた分だけ卒論が残っておるそうが、冬馬どのが全力でサポートすると言っておるし、大丈夫であろう。
初めてのグアムというところも楽しみであるな。