第13話・体育祭、裏の戦い
体育祭当日、保護者席を見た生徒達が騒いでおった。
『おい!あれは誰の保護者だ?』
『着物、すげえな。』
『あそこだけ、タイムスリップしたみたいな雰囲気が漂ってるぞ!』
『まるで百人一首の挿絵だな。』
「かぐやちゃんもしかしてあれって…」
小梅どのが指差す方向を見ると、爺やと婆やが座っておった。
「うむ。爺やと婆やだが何か?」
「いや、べ、別に何も。見に来てくれて良かったね!」
爺やも婆やも糸目に下膨れの美男美女だ。凛とした佇まいは、私のように蔑まれる現状とは異なった注目なのであろう。誇らしく思った。
午前中は、徒競走とフォークダンスだ。
徒競走は一番だったが結局スキップが習得できず、フォークダンスは一人だけ浮いてしまった。
「おほほ♪竹野塚さんのダンスはご立派でしたこと♪」
声の主は桜小路どのか。褒めておるようだが、不思議なことにそうは聞こえぬ。桜小路どのの言う事は相変わらず分かり難いな…
「桜小路さん、白組がわざわざ来られる用件は何ですか?話があるなら私がお聞きしましょう。」
殿方の席から春樹どのが来たようだ。
「あら、春樹さま♪リレーでもご一緒しますものですから、ご挨拶をと思いまして♪」
「そうでしたか。もう挨拶は宜しいですか?午後に向けて二人三脚の練習をしたいので、かぐやさんを連れて行きますね。」
春樹どのは私の手を掴み、振り向く事無くそのまま歩き出した。
半径三メートルなら人の気配を察知することが出来るが、何故か今は多数の殺気が後頭部に突き刺さるようだ。気のせいであろうか…
「いつもすみません。」
「何がだ?」
「桜小路さんの事です。」
「ああ、前も言ったが春樹どのは何も悪くないと思うぞ。」
校庭の隅に行き、春樹どのは紐で足を結びながら話し始めた。
「桜小路さんのご両親と私の両親は仲が良く、小さい頃は結婚させたいと思っていたようです。」
「では婚約者なのか?」
「いえ、私にその気が無いと両親にハッキリと断ってから、その話は無くなりました。それから私の回りの女性に嫌がらせをするようになったのです。」
「わざわざ元婚約者の為に謝ることはなかろう。私の元婚約者が何をしても私は謝らぬぞ。」
「え?かぐやさん、婚約者がいらっしゃったのですか?」
「ああ、接吻はしてはおらなかったので、破談に出来たがな。」
「えっと、差し支え無ければ、理由を聞いてもいいですか?」
「別に構わぬ。私の家の地位欲しさで求婚し、更に浮気していたのが分かったのでボコボコにしたのだ。」
「かぐやさん程の方にも、そんなご苦労があったとは…」
春樹どのはいきなり私の手をガシッ!と両手で掴んできた。
「かぐやさん、家柄に関係なく共に強く生きましょう!」
「ああ、勿論だ!」
この時から、春樹どのと私の間に妙な連帯感が生まれた。
お昼ご飯は、爺やと婆や二人と一緒に頂いた。
「この黒い粒は何だ?」
「こちらはキャビアという下界の食べ物にございます。試食致しましたところ、大変美味でございましたので、かぐや様のお口汚しにと持参いたしました。」
「これは懐かしい。天界の海老に良く似ておる。」
「下界では、伊勢海老と呼ばれているそうです。」
「そうか。味も似ておるな。」
「婆や、お茶はあるか。」
「今すぐ点てる事も出来ますがいかがいたしましょうか。直ぐにお召し上がり頂くのであれば、玉露という種類のお茶も用意致しております。」
「午後一番のリレーに出場する身、遅れては皆に申し訳がたたぬ。早い方で頼む。」
「流石はかぐや様、直ぐにご用意致します。」
小梅どのと松乃どのがこちらを見て手を振っておる。私も早めに休憩を切り上げるとするか。
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「何だかかぐやちゃん、お弁当食べるだけで目立ってるのは、気のせいじゃあ無いよね?」
「あはは。やっぱそうだよね~♪」
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体育祭午後の部が始まった。最初の種目は赤白対抗リレーだ。
一年生から姫君、殿方の順に走るので、私は三番目だ。一緒に走る白組は桜小路どのであった。
一年生の始めから、赤組が遅れてきた。桜小路どのが先にバトンという棒を受け取り走り出し、少し遅れて私もバトンを受け取った。
追いかけようと前を見てびっくりだ!
遅い!何故桜小路どのは選手に選ばれたのだ?
ふと疑問に思ったが、まぁ関係無い。早々に抜かしてしまおう。
一気に抜かそうと桜小路どのの横に並んだ時、ガツン!と足に何かが当たり、思いっきり転んでしまった!
今のは何だ?
振り返ったが地面には何も無い。それよりリレーだ!直ぐに起き上がり、ほぼ同時にバトンを渡すことが出来た。桜小路どのの足が遅くて助かったな。
席に戻ったら皆が傍へ寄ってきて、小梅どのが気遣いながら話し掛けてきた。
「かぐやちゃん大丈夫?何処も怪我してない?」
「大丈夫だ。」
しかし、他の皆は何故か怒っているようだ。
「しかし、桜小路さんは一体何なの?」
「ああ、あれはわざとだな。」
「え?わざと遅く走っていたのか?」
「…」
「あはは!そうきたか♪」
何故か皆が大爆笑し始めた。
「うん、うん♪かぐやちゃんはそのままでいてね♪」
松乃どのに肩をポンポンとされた。
皆の笑いのツボは理解出来ぬことがある。私はまた可笑しな事を言ってしまったのであろうか。
次の二人三脚を待つ間に、以前捻挫した足首が段々と痛み出した。リレーで転んだ時に捻ってしまったようだ。
出場する競技は残り1つだし、あれほど練習したのだ。少しぐらい痛みがあっても大丈夫であろう。
競技が始まり、前走者が到着し、私と春樹どのの番となった。足に紐を結び走り出したが、練習の時より遅れをとってしまった。
「かぐやさん、私にしっかり捕まっていて下さい!」
突然、春樹どのがそう言うや否や、私を小脇に抱えて走り出した!
「な、何をする!私は荷物ではないぞ!」
「足が痛いんですよね。地面に当たらないよう浮かして下さいね。」
春樹どのはそのまま到着したが、失格となってしまった。
「いい作戦だと思ったのですが、認めて貰えませんでしたね。」
春樹どのは足の紐を解くと私を横抱きにし、すぐに救護所へ運び込んだ。
「何故足が痛むことが分かったのだ?」
「すぐに分かりましたよ。どれだけ一緒に練習したと思っているのですか。それより私の前では我慢しないで下さいね。」
春樹どのの気遣いに感謝しつつ、その日はそのまま爺やと婆やに付き添われて帰宅となった。
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体育祭終わり、桜小路さんを待った。
「桜小路さん、ちょっといいですか?」
「春樹さま♪嬉しいです。お話でしたら、我が家へ久しぶりにいらっしゃいませんか?」
「いや、すぐに終わります。」
「…?」
「これ以上かぐやさんに絡むのは止めて下さい。」
「何のお話かわかりかねますわ。」
「リレーで足を引っかけましたよね?」
「あの女が言っているのね!酷い濡れ衣だわ。直ぐにお祖父様に言って退学にしましょう!」
「君は何か誤解していませんか?」
「だってあの女が勝手に転んだだけですわ。」
「そっちではありません。この学園に多大な寄付をしているのは誰かご存知ですよね。」
「それは…」
「その気になれば理事長交代なんて簡単な事です。」
「…」
「ご理解頂けて良かったです。私を本気で怒らせないで下さいね。」
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その夜、K.NET男三人のグループチャット
あきぴ~♪:「春樹!かぐやちゃんどうだった?」
TOMA:「足、痛めてただろ?」
ハル:「腫れも酷くないし、すぐに治るだろう。念の為に帰宅したけどな。」
あきぴ~♪:「そっか!大したこと無さそうで安心したよ♪」
TOMA:「それより、桜小路だな。」
あきぴ~♪:「そうそう!どうする?」
ハル:「そっちも問題ない。」
TOMA:「え?何故だ?」
ハル:「ちょっと控えるよう忠告しておいた。」
TOMA:「え?何て言ったんだ?」
あきぴ~♪:「冬馬、それを聞くな。この中で一番怒らせてはいけないのは春樹だぞ!ちょっとで済む訳無いじゃん!」
ハル:「秋人、人聞きの悪い事を言うな。誰に学園で一番権限があるかについて、丁重に話し合いをしただけだ。」
TOMA:「笑顔の春樹が一番恐いってところか…」
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体育祭代休の後、いつもどおり登校したが、桜小路どのはいつものように絡んでこなかった。
春樹どのが一緒にいる時のみの限定だが、色々な顔についての現象を研究できて興味深かったのにな…