第77話・対決
八月末の週末、鎌倉へ出掛けることとなった。今回は爺やと婆やも一緒である。たまには二人にもゆっくりしてもらおうと、春樹どのが提案してくれたのだ。
「春樹どの、私達まで世話になってすまないな。」
「いつもお世話になっていますので、このくらいはお礼させて下さい。」
心なしか爺やと婆やも嬉しそうだ。春樹どのの心遣いに感謝だな。
昼前に鎌倉へ着き、まずはランチを頂いた。
「え?ここは本当に寺の境内なのか?」
「はい。デートスポットでも有名なレストランです。お寺ではありますが、美しいイングリッシュガーデンを眺めながら食事が出来ます。」
「そうなのだな!このような異国の雰囲気が漂う寺など、初めてであるぞ!」
「ふふ。かぐやさんにも気に入って頂けて光栄です。」
実際にパンを焼くところなども見る事ができ、中々楽しい食事となった。その後は大仏や鶴岡八幡宮を観光、賑やかな商店街で土産等を購入し、海岸近くのインフィニティホテルへ着いた。
フロントで鍵を貰い、一人一部屋ずつという部屋割だと聞かされ、思わず、春樹どのに問いかけた。
「私達も一部屋ずつなのか?」
「いいえ。私とかぐやさんは、最上階のスイートになります。その方が色々と気にしなくて済むでしょうから。」
い、色々って、何を気にするのだ!
「春樹どの、そんな遠慮せずとも、誰も気にせぬぞ。」
「ありがとうございます、義兄さん。ですが可愛い声は誰にも聞かせたくありませんので。」
にっこりと笑い合う二人であった…
夕食だけは皆で頂こうということで、宴会場という部屋に集まって頂いた。皆は酒を飲んでおる。私だけはすぐに寝てしまう故、ジュースで乾杯だ。
暫く皆で談笑しながら過ごしておったが、酒が進むにつれ、柳本どのが春樹どのに絡み始めた。
「その者、かぐや様もお護りできぬようなら、自ら手を引け!」
「まったく手を引く気はありません。」
「お主は空手も習っておらぬであろう!何の能力も持たぬ癖に、かぐや様に何かあったらどうするのだ!」
やれやれ…柳本どのは相変わらず考え方が過保護であるな。ここは春樹どのを援護しておくか。
「柳本どの、春樹どのは別の武術を身につけておるのだ。そなたが言う程、軟ではないぞ。」
「ほう。それならば私と手合わせ願おうではないか。」
「構いませんよ。」
マズい!火に油を注いでしまったようだ!二人を止めようとしたが、義兄上に制された。
「軽くなら良いであろう。雅、能力は使うなよ。」
「はい、勿論です。下界人相手に必要ありません。」
心配になり、義兄上の顔を見た。
「義兄上…」
「すまぬが、春樹どのが習得しておるという武術も見てみたいのです。宜しいですか?」
「まぁ、たぶん大丈夫だと思うのですが…」
春樹どのを見ると、心配無いと言うように頷いておった。
そして二人が立ち上がり、宴会場の空間が広くなったところへ、向かい合わせで立った。
空手を始めてまだ一カ月程しか経っておらぬ柳本どのであれば、春樹どのの方が有利であろう。だが、義兄上が率いる精鋭部隊の一人だ。冷や冷やしながら二人を見守った。
「お主が倒れたら、かぐや様から手を引け。」
柳本どのが構え、重心を低くした。
「はっ!」
春樹どのに目がけて、拳を打ち出した時であった。
さっと軽く春樹どのがかわしたかと思ったら、柳本どのの手首を軽く握り、あっという間に後手に捻り上げた。
「かぐやさんは絶対に譲りません。」
ん?春樹どのが何か言ったか?と思った瞬間、バーン!と春樹どのが吹っ飛び、障子に叩きつけられた!すぐさま駆け寄った!
「春樹どの!大丈夫か!」
「かぐやさん…今、何が…」
柳本どのの方を見ると、義兄上が胸倉を掴んでおった。
「雅!能力は使うなと言っておっただろ!」
「も、申し訳ありません…」
これが、柳本どのの能力か。
「春樹どの、何処か痛む所は無いか?」
「腕をぶつけたみたいですが、恐らく骨には異常無いでしょう。後で医務室へ行ってきます。」
春樹どのの左腕を見ると、ぶつかった時に破損した障子で怪我したと思われる傷から血がポタポタと落ちておった。
「病院へ行くぞ!」
「え?このくらい大丈夫ですよ。」
「念の為だ!もしも何かあったらどうするのだ!」
爺やがすぐさまタクシーを手配し、最寄りの救急病院へ行くこととなった。
すぐにレントゲンとやらを撮ったが骨に異常は無いようである。傷は四針縫う事となったが、そのままホテルへ戻れるとのことだ。
春樹どのは大丈夫だと言っておるが、それでも包帯が痛々しく思えた。
再びタクシーに乗り込みホテルへ戻ると、玄関のロビーで義兄上と柳本どのが待っておった。
「春樹どの、すまなかったな。」
「骨に異常は無いですし、大したことありませんでした。」
「ほら、雅も謝れ。」
義兄上に促され、柳本どのが頭を下げた。
「すまなかった…」
「もう大丈夫です。ご心配をお掛けいたしました。」
「心配などしてはおらぬが…」
柳本どのの頭を義兄上が思いっきり引っ叩いた。
「そんな言い方をするな!能力を使った時点でお前の負けだ!」
「はい…」
「義兄上、その辺にしておいて下さい。柳本どのはまだ空手を始めて一カ月程しか経っておりません。元々、武術の実力に差がありました。」
「かぐやどのにもすまないことをしました。だが今日の事で、益々、能力に頼らず武術を身につける大切さを思い知らされました。」
そして春樹どのに向き直った。
「今宵は残念だが、無理をせずゆっくりと養生してくれ。」
「大丈夫です。左腕だけですから。」
「はは。その元気があるのなら大丈夫そうだな。」
義兄上は笑いながら、柳本どのを連れて立ち去った。
何だか最近、義兄上と春樹どのが意味深な会話を繰り広げる事が多いような…
部屋へ戻り、風呂へ入ることとなったが、春樹どのは流石に手が不自由そうであった。心配になり、思わず声を掛けた。
「春樹どの、身体を洗おうか?」
「え?かぐやさん、一緒に入って下さるのですか?」
え?!
ここで、自分が大胆な発言をした事に気付いた!
「ち、違う!違わないけど、その、洗うのが不自由かと思って…」
段々と言葉が尻すぼみになってしまった。
「ふふ。利き腕は右なので、大丈夫ですよ。色々と我慢できなくなりそうなので、別々にしておきますね。」
な、何の我慢だ…
結局、別々で風呂に入り、寝支度を整えて部屋の電気を消した。
「あれ?」
ベッドに潜り込むと、気付けば春樹どのに組敷かれておった。
「う、腕の怪我に触るであろう!悪化してしまうぞ!」
「怪我は大したことありませんよ。」
薄明かりの中、にこっと微笑んでおったが、私に口付けを落とそうとした時、痛っ!と、声がした。
「ほら、今日は大人しく寝るぞ。」
「…分かりました。せめて抱き締めて眠りたいのですが、宜しいですか?」
怪我は左腕であるので、春樹どのの右側へ移動して横になった。
「かぐやさん、おやすみなさい…」
痛み止めの薬が効いておるのか、春樹どのはすぐに眠りについた。
「春樹どの、今日は格好良かったぞ。おやすみ…」
起こさぬようそっと口付けてから、春樹どのの胸へ顔を埋め、夢の中へ入っていった。