第70話・馬術部のシンボルマーク
春休みも終わり、皆も無事に4年生となった。小梅どのも、少し膨らんだお腹を抱えて冬馬どのと一緒に通学しておった。
キング3の一人が結婚ということで、小梅どのが仕組んだとかなりの騒ぎになったようであるが、小梅どのの身体を気遣いながら歩く冬馬どのとの仲睦まじい姿に、その噂も払しょくされてきた。
小梅どのの就職は一旦白紙になったようだが、産後、特に支障が無ければ引き続き働いて欲しいと頼まれたそうだ。
そんな中、春樹どのの誕生日にレストランで食事をしていた時の事であった。
「かぐやさん、すみません。馬術部の依頼を受けてしまいました。」
「ん?サークルやクラブには入らぬのでは無かったか?」
「そのつもりでしたが、一人怪我をされたようで、次の大会の団体戦出場が微妙だそうです。なので、あくまで保険的な感じで引き受けました。」
「それなら仕方あるまい。頑張ってくれ。」
「ですが、あまりかぐやさんと会える時間が取れなくなりそうです。」
「少々寂しい気もするが、メールも電話もある故、大丈夫だ。しかし、馬とは懐かしいな。」
「かぐやさんも経験がおありですか?」
「経験という程では無い。野原を駆け回る程度だ。」
ではゴールデンウィークになったら一緒に行きましょう、ということで春樹どのの乗馬練習に付き合い、山の中の牧場へ行くこととなった。
春樹どのと一緒に車から降りた私を見ると、馬術部の皆は恐縮しておった。
「すみません。かぐや様まで来られるとは思ってもみなくて…」
「何のおもてなしも用意していないのですが…」
「いや、勝手に押し掛けてすまぬ。皆はそれぞれ練習をしてくれ。」
そこまで恐縮されると、邪魔であったかな…次回からは誘われても遠慮しておこう。
馬術部の皆に案内され、一緒に馬舎へやってきた。
「この子が、浦和さんに乗って頂く馬になります。白樺という名前の女の子です。」
「へぇ、これはずいぶんな美人ですね。白樺、よろしくね。」
ふふ。春樹どのは白樺の首を撫で、白樺は鼻をすり寄せておる。まるで話しておるような春樹どのが可愛らしくて、笑ってしまった。白樺は大人しくて扱いやすい子だということだ。
ふと、端におる黒い馬に目がいった。歩み寄ろうとすると、馬術部の皆に止められた。
「かぐや様!いけません!その馬は気性が荒く、乗りこなせる者がいないのです!」
「そうか。この馬の名前は何と言うのだ?」
「黒蜜といいます。」
何だか訴えかけるような目をしておるが、その場を離れて皆と練習場へ行った。
春樹どのは軽々と高い壁や池を飛び越え、白樺と一体になっておるようだった。
「おお!凄いな!下界ではこのような競技があるのか!」
「日本に帰ってからは乗っていませんでしたので、感覚を取り戻すのに必死ですよ。」
「いや、見事なものだ!天界では流鏑馬くらいしか無いぞ!しかも殿方のみの競技ときておる。」
「そうでしたか。かぐやさんも後で乗ってみますか?」
「いいや、私は黒蜜と話してくる。」
「え?気を付けて下さいね。」
何だか黒蜜が気になってしまい、馬舎へ戻ることとした。
「ヒヒーン!」
黒蜜は私の顔を見るなり威嚇をしておるようだ。神経を集中し、黒蜜が何を言いたいのか察してみた。
「そうか。お前は思いっきり走り回りたいのだな。」
にこっと笑いながら黒蜜の首に触ると、びっくりする程大人しくなった。
ブルン!
返事をするような仕草をしておる。
「よし!私と一緒に草原で走るか!」
またしても返事をするような仕草をしておった。
ふふ。こやつも可愛らしいものだ。
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大丈夫かな…
馬舎に行ったかぐやさんを気にしながらも練習をしている時、ふと視界に黒蜜の姿が見えた。
え?
馬上にはかぐやさんが手綱を持って乗っている。思わず柵のギリギリまで駆け寄って声を掛けた。
「かぐやさん!大丈夫ですか?」
「大丈夫だ!黒蜜とは友達になった故、一廻りしてくる!」
黒蜜はいきなり、ヒヒーン!と鳴きながら前足を上げた!
かぐやさんが振り落とされる!
と思ったが、長い黒髪をなびかせ手綱を操るかぐやさんは、まるでナポレオン皇帝を彷彿させる姿だった。
「黒蜜!行くぞ!」
馬術部のみんなとあっけに取られ、走り去るかぐやさんと黒蜜を見送った。
「す、凄い!黒蜜を乗りこなしている!初めて見た!」
「かぐや様は馬にも乗れるのですね!驚きました!」
「ふふ。ただのお嬢様ではありませんよ。」
私のことではないのに、何となく誇らしい気分になった。
後日、ナポレオンさながらの雄姿が馬術部の新しいシンボルマークになったらしい。
今日の練習が終わる頃、かぐやさんと黒蜜が帰ってきた。
「かぐやさん、いかがでしたか?」
「とても良い子であったぞ。競技の練習前にひとっ走りすれば、言う事を聞いてくれる筈だ。」
「さすが、かぐや様!御見それいたしました!」
「では次回から、そのようにさせて頂きます!」
恐縮しっぱなしの馬術部のみんなと別れ、少し離れた湖へドライブに行った。
「少し歩いたら、綺麗な滝も見れますよ。」
「それは是非見たいものだ。」
「まだ時間もありますので、行ってみましょう。」
だが、暫く歩くと、雲行きが怪しくなってきた。
「かぐやさん、今日はやっぱり戻りましょう!」
そう言ったものの、黒い雲が頭上に広がり、あっという間に土砂降りになってきた。
「うわっ!」
かぐやさんに上着を掛けて走ったけど、車へ着いた時には二人ともびしょ濡れになってしまった。
車に乗り込み暖房を入れて走らせたが、かぐやさんは、くしゅん!とくしゃみをしている。
このままではかぐやさんが風邪をひいてしまうな…
ふと、山間の道端に、一軒の建物が見えてきた。
ファッションホテルか…風邪をひくよりはマシかな。
「かぐやさん、ちょっとあそこで身体を温めましょう。」
ハンドルを切って、駐車場へ入った。
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