第65話・もしも赤ちゃんが出来たら
「春樹どの!」
「あ、秋人…」
険しい顔をした二人を前に、動揺してしまった。
「ちょっとこっちへ来て。」
それぞれが腕を引っ張られ、ビルの合間に連れて行かれた。
「どういう事か説明して頂きましょうか。」
「い、いや、何の事だ?」
「大丈夫です。何を買ったのかも分かっていますよ。」
春樹どのに、にっこりされた。
マズい!この笑顔は何か言うまで逃れられぬ笑顔だ…
ふいに、秋人どのが松乃どのの腕を掴んだ。
「松乃ちゃん!僕はそんなに頼りない?どうして言ってくれないの?」
「い、いや…あのね…」
「僕だって、ゴムが100%安全じゃぁない事くらい知ってるよ!覚悟は出来てるから!」
「だから、私じゃぁないってば!」
「え?そうなの?」
それを聞いた春樹どのが、微笑んで私の両手を握った。
「では、かぐやさんですね。予定よりも少し早いですが嬉しいです。二人の絆を大切に育てて行きましょう。」
「い、いや、私であれば日が合わぬであろう!」
「そういえば、そうでしたね。」
「え?何々?春樹って、かぐやちゃんの女子日まで把握してるの?」
「…秋人どの、黙ってくれるか。」
「じゃぁ、もしかして…」
白状するしかなかった。すまぬ、小梅どの…
小梅どのが待つカフェへ4人で戻ることとなってしまった。
「え?秋人くんと春樹くん!」
「すまぬ、小梅どの。私達だと勘違いされてしまった故、仕方なく…」
「ううん。こんな事頼んでごめんね。」
小梅どのと同じテーブルに座り、春樹どのが声を潜めて小梅どのに尋ねた。
「小梅さん、冬馬には言っていますか?」
「まだ…はっきりとした後の方がいいかと思って。」
松乃どのから簡易検査薬を受け取った小梅どのはお手洗いへ行った。出て来た小梅どのに、松乃どのが恐る恐る尋ねた。
「どうだった?」
「…出来てるみたい。」
「まだはっきりとした訳じゃぁないし、病院へ行って調べた方がいいんじゃぁない?」
「でも…」
「やっぱ怖いよね。」
小梅どのは黙って頷いた。
「小梅ちゃん、覚えはあるの?その…子供が出来る覚えっていうか。」
「たぶんだけど、冬馬くんが酔ってた時だと思う。」
「あの時か…」
皆、納得である。
「今から冬馬を呼びましょう。」
スマホを取り出した春樹どのを、小梅どのが止めた。
「ま、待って!はっきりするまで冬馬くんには黙ってて!負担になりたくないの。」
「負担って、小梅さん一人で背負える問題ではないでしょう。」
「お願い…」
「…分かりました。」
「小梅ちゃん、今から病院へ行こう!女の子ばっかりだと目立つから、僕が付き添ってあげるよ!」
「そ、そこまで秋人くんに迷惑は掛けられないよ!」
「でも一日でも早く分かった方がいいよ!今は昼過ぎだから夕方になったら一緒に行こう。」
「小梅ちゃん、私もそうした方がいいと思うよ。」
「松乃ちゃん…ごめんね。秋人くんを借りるね。」
「いいって♪でも、秋人、変装した方がいいよ!」
「伊達眼鏡は持って来てるし、後でマスクでも買ってくるよ。」
話も落ち着いたところで、小梅どのに聞いてみた。
「もし赤子が出来ておったら、小梅どのはどうしたいのだ?」
「…産みたい。でも冬馬くんの負担になりたくない。」
「冬馬なら負担なんて思わないですよ。」
「でも、私の就職が駄目になったら、奨学金をどうやって返すの?冬馬くんだって返さないといけないし、その上、私と赤ちゃんの扶養なんて出来ないよ。それに大学だって…」
「大学は確か、結婚は禁止していないと思います。」
「それでも…」
「不安ですよね。」
小梅どのは俯いてしまった。
「どんな事があっても、私達は二人の味方ですから。それだけは忘れないで下さいね。」
「ありがとう、春樹くん。」
ここでお金を出すというのは簡単だ。だがそれは違うと思った。二人が助けを求めてきた時、本当の力になりたいと思った。
夕方になり、秋人どのと小梅どのが病院へ行き、春樹どのと並んで歩いて屋敷へ帰った。
「どんなことになろうとも、二人の答えを見守りましょう。」
「そうだな。」
「冬馬たちが助けを求めてくれば、すぐにでも手を差し伸べる準備はしておきますが、今、それを自分達から言うのは違う気がしますし、もどかしいところですね。」
「私も同じ事を思っておった。」
「そうですか。」
春樹どのはにっこり笑って、繋いだ手に少し力を入れた。そのまま黙って、屋敷まで帰った。
夜になり、秋人どのから連絡が入った。妊娠3カ月で、予定日は8月らしい。
そして、まだ冬馬どのに言う勇気が出ないそうだ。明日、春樹どのと秋人どので、冬馬どのに妊娠の事を言うらしい。
男同士の話しは男同士に任せて、松乃どのと私は、小梅どのに出来るだけ付き添うこととなった。
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