第63話・すべてを包み込む優しさ
その後パーティーはダンスタイムとなり、さりげなく中庭へ出てベンチに座った。
「ふう。何だか挨拶ばかりで疲れたな。」
「すみません。疲れさせてしまって。無理をされてはいませんか?」
「大丈夫だ。今後もこのような機会があろう。これからもパートナーとして出るぞ。」
「ありがとうございます。かぐやさんが傍に居て貰えると、とても心強いです。」
「春樹どのの力になれるのは、このくらいしかあるまい。」
「いいえ、かぐやさんからはいつも力を頂いておりますよ。」
「そうなのか?」
「穏やかになる気持ち、ドキドキする気持ち、かぐやさんを想う気持ちのすべてが私の原動力です。」
「ふふ。それは良かった。」
二人で顔を見合わせて微笑み合い、穏やかなひと時を過ごした。
「ところで、ダンスはまだ苦手ですか?」
「まだまだ鍛錬が必要だとは思うのだが、中々重い腰が上がらなくてな。」
「ですが、初めて一緒に踊った時は、とても良かったと思いますよ。」
「クロードどのがいた時であるな。あの日、春樹どのと一緒に踊った時は楽しかったのだが…」
それを聞いた春樹どのが私の前に立ち、手を差しだしてきた。
「お嬢様、宜しければ一曲お願いします。」
「ふふ。ここは中庭であるぞ。」
「誰も見ていませんので、二人だけの舞踏会です。」
春樹どのの手を取り、会場から聞こえてくる音楽に合わせ、二人で踊り出した。
「かぐやさんとても上手ですよ。」
「春樹どのと一緒であると上手になった気がするな。とても楽しいぞ。」
「私もかぐやさんと踊るのは、とても楽しいですよ。きっと二人の相性が良いのでしょう。」
微笑み合いながら二人きりのダンスを楽しんだ。
『見て!中庭で踊っている二人、素敵だわ♪』
『あら、本当ね。とても楽しそうだわ。』
中庭から戻ると、何故か皆がちらちらと私達を見ておった。
パーティーは無事に終わり、そのままホテルのスイートルームへ行く事になっておった。だが、今夜は断ろうと考えておったのだ。
「かぐやさん、そろそろ部屋へ行きましょうか。」
「その事なのだが…」
「ん?」
「今日は帰ろうかと思っておる。」
「何か用事でもありますか?」
用事など何も無いのだが、実は女子日なのだ。
「そ、その…」
言い難い!非常に言い難い!
「何かあるのでしたら、遠慮なく言って下さい。」
春樹どのは微笑みながら視線を私に合わせて少し屈み、優しく促した。
「じ、実は…月に一度の…」
「…あぁ、生理ですね。」
「そ、そうはっきりと!」
「もしかして、私がかぐやさんを抱けないから残念がると思ったのですか?」
「ま、まぁ…」
俯いておったら、頭上から盛大なため息が聞こえた。
「ふう…とても残念です。」
やはり、そうであるよな…
「私の愛情がその程度だと思われているのでしたら、とても残念です。」
「…へ?」
急にふんわりと抱き締められた。
「抱けないのなら帰ろう、とでも言うと思いましたか?私はかぐやさんを抱きたいから、お泊りデートをしている訳ではありませんよ。」
抱き締めながら、額にチュッ!と口付られた。
「かぐやさんと一緒に過ごす夜よりも、一緒に目覚める朝の方が好きなのです。とても幸せを感じますから。」
今度は頬にチュッ!と音を立てて口付けてきた。
「正直、男として残念に思う部分は否めませんが、たとえ抱けない日であっても、かぐやさんを抱き締めて眠りたいのです。」
最後に鼻先へチュッ!と口付けが落とされた。
「駄目ですか?」
「いや…駄目ではない…」
「ふふ、良かったです。では部屋へ行きましょうか。」
私は何を遠慮しておったのであろうか。私のすべてを包み込むこの優しい腕の中は、何故こんなにも居心地が良いのであろう…
何とも言えぬ幸せが、胸を温めてくれた。
「春樹どの…」
春樹どのの顔を見上げた時、ふと、視界に人だかりが見えた。パーティーの出席者達がこちらをじっと見ておるではないか!
って、ここはフロントだった!急いで離れようとすると、抱き締める腕の力が逆に強くなった。
「は、春樹どの!皆が見ておるぞ!」
「見せつけておきましょう。二度と花嫁候補なんて言われないように。」
余裕の笑みを人だかりに向けながら私の肩を抱き、カードキーを受け取ると、そのままスイートルーム専用エレベーターへ乗り込んだ。
部屋に入り、交代でシャワーを浴び、春樹どのはシャンパンを飲み始めた。
「先程も飲んでおったが、大丈夫か?」
「ふふ。今日のかぐやさんは一段とお美しいですね。」
へ?もしかして酔っておるのか?
「もうその辺で…」
言いかけたところ、ガバッ!とベッドに押し倒された。
「は、春樹どの!」
「大丈夫です。決して手は出しませんから。そのくらいの理性は残してありますよ。」
「そ、そうか…」
そう言いながらも、微笑みながら啄むような口付けを繰り返してきた。
「ふふ。くすぐったいぞ。」
身をよじるものの、しっかりと腰を抱き込まれ、動けぬ状態だ。
「かぐやさん、大好きです…」
チュッ!と音を立てて、甘えるように口付けを繰り返す春樹どのが可愛らしく思え、そのまま受け入れた。
結局、春樹どのが寝落ちするまで、甘美な口付けは繰り返された。
春樹どのは酔うと、いつも以上にキス魔というものになるようだ。
ふふ。新しい発見であるな。