第61話・冬馬くん就職決定
秋も深まってきた頃、学食へ冬馬どのが興奮気味に走ってやってきた。
「みんな聞いてくれ!就職、決まった~!」
「おめでと~♪」
「ありがとう!これでやっとみんなと肩を並べれたよ!」
「おめでとう。それでどんなところなのだ?」
「IT企業なんだけど、今度タブレットを使った教育事業に新規参入するらしいんだ!それで、教育学部にも就職の募集があったんだよ!」
これで皆の就職が決まったという事で、お祝いをすることとなった。
たまには学生っぽいところで、という提案で、居酒屋という所へ初めて行った。
「乾杯~♪」
「みんなで飲むのも久しぶりだね♪」
「みんな成人したしね!」
皆、成人したが、私だけジュースなのだ。すぐに寝てしまう故、仕方あるまい…
「かぐやさん、そんな悲しそうな顔をしないで下さい。」
「いや、そんな顔をした覚えはないぞ。」
春樹どのがふっと顔を近づけ、耳元で囁いてきた。
「お泊りデートであれば、いくらでも飲んでいいですけどね。」
「は、春樹っ!」
耳に触れる息のくすぐったさに思わず叫んでしまい、皆の注目を浴びてしまった。
「はい、そこいちゃつかない!みんなのお祝いだよ♪」
「っていうか、今、かぐやちゃん、春樹って呼び捨てにしなかった?」
「そういえば…」
「ふふ。時々そう呼んで貰っています。」
時々…
って、思い出してしまった!
赤くなった顔を誤魔化すように、ジュースに口を付けた。
居酒屋とは、変わった飲み物や色々な食事がある店であった。
「ここは何屋なのだ?色々な国の料理があるようだが…」
「何でも色々と食べれるのが、居酒屋の良いところだよ~♪私も好きで結構来るよ!」
「そそ!意外と美味しいんだよね♪」
ふむふむ。秋人どのと松乃どのは頻繁に来るのか。
「私も冬馬くんと時々来るかな。おつまみなんて、どうやって作るんだろうって、ついつい見ちゃうよ!」
「流石は小梅どのであるな。台所仕事も出来るとは尊敬するぞ。私なんぞ婆やが天界へ戻ったら、こちらでも使用人を雇わなければならぬのだ。」
それを聞いた春樹どのがにっこりと微笑み掛けてきた。
「大丈夫ですよ。我が家にもメイドさん達がいらっしゃいますから。」
「え?」
「あれ?別邸が良かったですか?では二人の新居を建てましょうか?」
その言葉にいち早く秋人どのが反応した。
「え~?春樹、新居建てるの?」
「かぐやさんをお迎えするのなら、そのくらいは必要だろう。」
「さっすがだね~♪」
って、婚姻後の話を聞くのは初めてなのだが…
何だか照れくさいくすぐったさを感じた。
皆でわいわいと話しながら食事を頂いた。若干味が全般的に濃い気がしたが、お酒と一緒ならこんなものらしい。
そして、時間が経つにつれ、冬馬どのがかなり酔ってきた。
「おい、冬馬。ちょっと飲み過ぎだろ。その辺で止めておけ。」
「今日くらいはいいだろう!やっと就職が決まったんだぞ!」
皆、仕方ないという顔をして、それ以上は止めなかった。だがこれが、後々大事件となるとは思わなかった。
千鳥足の冬馬どのは、小梅どのに支えられながら帰宅していった。
「やれやれ。あんなに酔う冬馬どのは初めて見たぞ。」
「本当に嬉しかったみたいですね。みんなの将来が決まる中、冬馬だけが普通に就職活動をしていましたから。」
「まだ大学は1年以上残っておるけどな。」
「ふふ。そうですね。」
「次の初詣は、皆が無事に卒業できるよう祈っておこう。」
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「冬馬くん、大丈夫?」
みんなと飲んだ帰り道、冬馬くんを必死に支えながらタクシーを捕まえようとしたけど、中々停まってくれなかった。
「ちょっと座ってて。私一人で捕まえてくるから。」
冬馬くんを何処かへ座らせようとしたけど、逆に腕の中に閉じ込められた。
「ちょっと!冬馬くん!ここ外だよ!」
「…」
「冬馬くん!」
「…だったらホテルに行こう。」
「え?」
「小梅を抱きたい。」
珍しくストレートに言われて、胸がキュンとなった。
黙って頷くと、そのまま手を繋いで、賑やかなネオン街の裏通りへ入っていった。
部屋に入り、すぐに冬馬くんはベッドになだれ込んだ。
「冬馬くん、せめてシャワーを浴びさせて!」
「駄目だ…」
冬馬くんは私を腕の中に閉じ込めて、じっとしたまま離そうとしなかった。
「小梅…」
「何?」
「大学卒業したら、一緒に暮らそう。」
「…え?」
「二人とも働いて奨学金を返す目処が立ったら、結婚しよう。」
これから先の将来を考えていてくれた事を聞くのは初めてだった。涙が出そうなくらい嬉しかった。
「うん。ありがとう。」
「本当は俺が全部見てやるって言いたいところなんだけど、ごめんな。」
「いいよ。働くのは楽しいし、冬馬くんと一緒にいれる事が何より嬉しいよ。」
「小梅…」
少し身体を離して、冬馬くんは私を熱い目で見た。ガバッと急に景色が変わったと思ったら、組敷かれていた。
酔っているのか、荒々しいキスで唇を塞がれ、いつもより性急に私の服の裾に手が入ってきた。
「小梅…愛している。」
「…私も。」
普段はあまり言ってくれない甘い言葉に、酔いしれていった。
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