第60話・お互いの温もり
今、病院のロビーに一人で座っておる。
あの後、黒い服を着た殿方達に助けられ、春樹どのは救急車で運ばれたのだ。
ぐったりと動かぬ春樹どのは、救急車の中で心臓の動きを取り戻した。だが、銃で撃たれておるのだ。無事では済まされぬであろう…
黒い服の殿方達は、何故か春樹どののお父様にも連絡をし、今はお父様とお母様が医師の話を聞いておるところだ。
「春樹どの…」
手が震えた。どんな形でもいい。春樹どのを失いたくない…
春樹どのを失うかもしれぬ恐怖に、押しつぶされそうであった。
「かぐやさん…」
ふと、名前を呼ばれて、ゆっくり立ち上がった。声のした方を見ると、春樹どののお父様とお母様が立っておった。
「お父様、お母様…」
「春樹は…」
ゴクッと息をのみ込み、次の言葉を待った。
「三日で退院らしいわ。」
「…へ?」
「だから、肋骨にひびが入っただけだから、全治三週間ですって。安静にしておけば大丈夫みたいよ。」
「よ、良かったぁ~!」
その場にへなへなと座り込んで、今度は安堵の涙が止まらなくなった。
「グスッ…目の前で撃たれて…動かなくなって…怖かった…」
そんな私を、お母様はずっと頭を撫でてくれた。お父様が、経緯の説明をしてくれた。
「丁度、胸ポケットに入れていたカードケースに当たったようなんだ。衝撃で一時的に心臓が止まってしまったようだが、肋骨以外に異常は見当たらなかったよ。」
「そうですか…グスッ…」
「こちらこそ、怖い思いをさせてすまなかったね。森脇は逮捕されたから、もう安心しなさい。」
「…はい。」
今日は麻酔で眠っておる故、明日改めて出なおすこととなった。冷静になって考えれば、血は一滴も出てはおらなかったな…
これがパニック状態というものかと、自己分析しながら眠りについた。
翌日、花束を持って病室へ行った。何故か昨日の黒い服の殿方達が入口に立っており、軽く挨拶をして病室へ入った。
「おお!中は意外と広いな!」
「ふふ、かぐやさん。一言目がそれですか。」
「春樹どの、起きておったか。心配したぞ!」
「ちょっと心配するのが遅いですよ。」
春樹どのは、笑いながら椅子を勧めてくれた。
「すまぬ。昨日、無事である事を聞いておった故、安心しておったのだ。」
「そうでしたか。それより新聞をご覧になりましたか?」
「いいや、今朝はまだ見ておらぬ。」
「では、こちらの記事をご覧ください。」
差し出されて見た新聞には、春樹どのが撃たれた話が載っておった。
「って、これは何だ?!」
春樹どのが撃たれたことよりも、私が二人を倒した事の方が大きく載っておる!しかも、絶賛の嵐だ!
「ど、ど、どういう事だ?」
「ふふ。私は浦和グループの息子という事で記事になったようですが、肋骨のひびだけで済んでいますし、かぐやさんの活躍の方が目新しかったのでしょう。」
「い、いや…しかしこれは…」
コンコン…
ドアをノックする音が聞こえ、振り向くと、春樹どののお父様とお母様が病室へ入って来られた。
「かぐやさん、来られてたのね。活躍は記事で読んだわ。」
「お、お母様、これは、その…」
「いやいや、そんな謙遜することは無い。逆に誇らしく思うよ。」
「お父様…」
「ふふ。かぐやさんはただのお嬢様ではありませんから。そこが魅力的なところですね。」
「は、春樹どの、もうその辺にしておいてくれ…」
「大男二人も素手で倒すのに、昨日は春樹のために震えて泣いているんですもの。愛されているわね。」
「お、お母様…」
駄目だ…この二人の趣味は一致しておったのだ…
赤くなった顔を隠すよう、俯きながら皆の話を聞いて過ごした。
結局、インターンは辞めることとなり、退院した後、プライベートジェットで帰国した。
後にニューヨークではちょっとした空手ブームが巻き起こったらしい。私のせいでは無いよな…
夏休み明け、春樹どのはまだ療養が必要らしく、常に黒い服を着た人間が傍へ付いておった。春樹どのの鞄を持ち、学食でも定食を運び、傍へ控えておる状態だ。
「ところで春樹どの、あの黒い服の殿方は何者なのだ?」
「父のプライベートボディガードです。すみませんが、九月いっぱいは父の命令で、私の護衛も兼ねて付き添うこととなりました。」
それでか…撃たれた時にすぐに駆け付けて来た事や、春樹どののお父様の連絡先を知っておった事など、色々と納得である。
前期の試験も無事に終わり、春樹どのの護衛も解けた故、久しぶりに大学の帰りに春樹どのが運転する車で、高台の公園へ来た。
春樹どのがベンチに座り、横に腰かけようとすると手招きされた。
「そっちではありませんよ。」
「うわっ!」
手を引っ張られ、春樹どのの足の間に座らされた!しかも、後ろからぎゅっと抱き締められておる!
「やっと触れることが出来ました。もっとかぐやさんを感じさせて下さい。」
「わ、分かった…」
ぽつっと、春樹どのが話しだした。
「かぐやさんが銃を向けられているのが見えた時、心臓が止まる思いでした。」
抱き締める腕に少しだけ力が入った。
「本当に、無事で良かったです。」
「お互いの温もりを感じられるというのは、こんなにも幸せなことなのだな…」
春樹どのの温もりを背中に感じながら、黙って街並みを見つめた。少しだけ春樹どのに寄りかかって、傍に居れる幸せに満たされた。