第59話・危険な夜
パーティーの翌週から、春樹どのの帰宅が定時どおりとなった。
朝食を頂いた後、春樹どのを見送る為に玄関へ一緒に行った時、靴を履きながら春樹どのは私を振り返った。
「インターンが終わったら、ブロードウェイのミュージカルを見に行きましょうね。」
「ふふ。楽しみにしておるぞ。」
ふんわり笑って、いってらっしゃいの口付けを交わした。
そんな甘い時間を過ごしておったある日、久しぶりに帰宅が遅くなるという連絡を貰った。
そういえば以前帰宅が遅くなった時、簡単に食べるものが欲しいと言っておったな…
夕方、私はスマホを片手に、四苦八苦しておった。夜遅くなる春樹どのの為に、生まれて初めておにぎりを作ろうと思い立ったのだ。
「えっと、米を炊く…どうやって炊くのだ?」
「炊飯器…これか。で、米を洗う?洗剤を使うのか?」
「水だけで良いようだな…」
一つ一つ調べながら何とか米が炊けた。
「それから…塩か。塩ってどれだ?」
とりあえず白い粉を舐めてみた。って甘っ!これは砂糖であったか…
何とか塩を探し出し、次は三角形に握る作業だ。これがかなりの至難の業であった。
「え?え?手をふんわり握って三角形?どうやっても丸くなるのだが、どうなっておるのだ?」
出来上がったおにぎりは、以前春樹どのが作ってくれたものよりも悲惨な丸型であった。
「まぁ…仕方無いであろう。」
味見しながら握ったので、味だけは何とかまともになったようだ。いそいそとお皿に並べ、ラップというものを掛けた。
「これで、よし!完璧だ!」
明らかに自画自賛であるが、良しとしよう。
寝た後に帰って来るやもしれぬことを考え、添え書きをしようとした時であった。
<ピンポーン>
こんな時間に来客とは珍しいな…不思議に思いながらもモニターを覗いてみた。って、美穂どのではないか!
『…美穂です。』
「どうしたのだ?」
『話があるの。部屋に上げてくれない?』
嫌な予感がして、咄嗟に断った。
「外でも良いか?」
『分かったわ。ではマンションの入り口で待ってるわね。』
「支度してすぐに行く。」
躊躇したが、はっきりと身を引くつもりが無いと言っておいた方が良いであろうと思いなおし、会うことにした。
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「ただいま。」
仕事を終わらせ急いで帰宅したが、かぐやさんは不在だった。テーブルには丸型のおにぎりが置いてある。
「こんな時間に外出なんて…」
嫌な予感がしてすぐにマンションを飛び出し、入口のガードマンに聞いてみた。
「“私の妻を見ませんでしたか?”」
「“ああ、友達が来て外出したよ。”」
「“東洋人ですか?”」
「“東洋人の女性1人と、白人男性二人、あと黒人男性が一人だったかな。男性三人はすぐに居なくなったけどね。”」
「“ありがとう。”」
恐らく美穂さんが連れだしたんだ!
どうしても今日だけは外せない仕事が入り、早目の帰宅が出来なかった。かぐやさんにも美穂さんに気を付けるよう忠告しておくべきだった!
「くそっ!」
走りながら父さんへ電話を掛けてプライベートボディガードをすぐに寄こすようお願いし、建物の間をチェックしながら走っていた時だった。
『“このアマ!死にたいのか!”』
そっちか!
急いで声のする方へ走った。
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マンションの入り口で美穂どのは待っておった。
「待たせてしまったな。」
「いいえ、ちょっとドライブに行かない?」
「いや、すぐに戻らねばならぬ故、遠慮しておく。」
「…分かったわ。少し、歩きましょうか。」
美穂どのは歩きながら、何処かへ電話を掛け始めた。
「“作戦変更よ。裏路地から拉致するわ。”」
ん?やはり早口であると聞き取れぬな…まだまだ精進せねば。
美穂どのに連れられてビルとビルの合間に入った時、いきなりごつい輩三人に囲まれた。
振り向くと、美穂どのは笑っておった。
「ふふ。どうしても身を引かないようなので、少し身体に教えてあげるわ。」
「“へへ!中々の上玉じゃねぇか!本当にヤッちゃっていいのか?”」
「“構わないわ。見た目に分かる怪我は避けてね。”」
「“了解!”」
いやらしい笑い方をする輩だ。何と話しておるのか早すぎて分からぬが、友好的で無いことは理解できた。
だが、ここは動きにくいな…咄嗟にすき間をすり抜けて、金網に囲まれた公園へ入った。
「“自らこんなところへ入りこむとは、中々のビッチだぜ!”」
一人が襲いかかってきた!さっと体勢を低くして、内臓へ蹴り入れた!
ドカッ!
ヤツは声も出さずに崩れ落ちた。
「ふう、まずは一人だ。次はどっちだ?」
「“このアマ!死にたいのか!”」
こいつらパワーだけだな。蝿が止まるほど遅いパンチに見えるわ。
さっと避けて、こめかみに鉄拳を入れた!
バキッ!
よろよろと脳震盪を起こして倒れた。
「残りは一人であるな。」
「“お、おい!話が違うぞ!俺は手を引くからな!”」
「“待って!”」
残りの一人は、尻尾をまいて逃げていったようだ。
「あ、あなた、ただのお嬢様じゃぁないの?」
「残りは美穂どのだけであるな。何故このような事をするのだ!」
「決まっているじゃない!私の方が完璧で、浦和家の嫁に相応しいのよ。あなたさえいなければ、春樹さんは私のものなのよ!」
「一体何を言っておるのだ?春樹どのは物では無いぞ。」
「どうせ言ってもあなたには理解できないでしょ?こんな又と無いチャンスを逃してたまるものですか!あなたには消えて貰うわ!」
カチャ…
美穂どのの手には、黒く光る銃が握られておった。
マズい!流石に銃には対抗できぬ!天界へ移動しようにも、春樹どの以外の人目は避けるよう帝からも注意されておる。ジリジリと後ずさりしながらフェンスまで追いつめられた。
「さようなら…お嬢様。」
バーン!
銃声が響いた!
え?
その瞬間、私の視界は春樹どのの背中で遮られた。そして、春樹どのはスローモーションのように崩れ落ちていった。
「は、春樹ーーー!!」