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第58話・相応しいということ

 「春樹たちも踊るかい?」


ダンスタイムとなり、お父様に声を掛けられてしまった。


「いいえ、今日は遠慮しておきます。」

「しかし後継者としての顔見せもした方がいいだろう。」

「ですが…」


春樹どのが言葉に詰まった時であった。


「かぐやさんはまだ練習中のようですので、代わりに私がお相手させて頂きましょうか?」


後ろから声が聞こえて振り向くと、美穂どのが立っておった。


「君は確か、副支社長の秘書だったかな。」

「はい、森脇美穂と申します。」

「それでは、春樹の相手をお願い出来ますか?」

「もちろんです。」


お父様に決められては、春樹どのも断れぬようだ。


「かぐやさん、すみませんが、ちょっとだけ行ってきます。」

「分かった。ここで待っておる。」


お父様とお母様、春樹どのと美穂どのが、それぞれ手を取り合って踊りに行ってしまった。

春樹どのと美穂どのは、優雅に、完璧に、時折言葉を交わしながらにこやかに踊っておった。


…相応しくない…

…恥をかくのは春樹どのの方…


思わずその光景から目を背け、いたたまれなくなって中庭へ走り出た。落ち着こうと深呼吸をしたが、気が付けば手が震えておった。


落ち着け…落ち着け…

自分で自分の手を抑えつけ、ギュッと目を瞑った。


その時ふわっと後ろから温かいものが掛けられ、春樹どののコロンの香りがした。


「かぐやさん、夜は風が涼しくなってきてきます。身体を冷やしてしまいますよ。」


振り向くと、自分のジャケットを脱ぎ、微笑んだ春樹どのが立っておった。


「春樹どの…」


春樹どのは私の顔を見ると、はっとした顔をした。


「少しここでお待ち下さい。」


そう言いながら春樹どのはまた会場の中へ入り、すぐに中庭へ戻ってきた。


「かぐやさん、帰りましょう。両親には伝えてきました。」

「だが、まだパーティーが残っておるであろう。」

「無理をさせてまで、居たくはありません。そんな顔をさせてしまってすみませんでした。」


私はどんな顔をしておったのであろう…だが、相応しくないという言葉だけが、頭の中を占領しておった。



 マンションへ戻り玄関の扉を入ってすぐ、春樹どのが再度謝ってきた。


「今日は無理をさせてしまってすみませんでした。」

「…」

「かぐやさん?」

「私は、春樹どのに相応しいのであろうか…」

「え?やはり何かあったのですか?」

「い、いや…ちょっと気になってな。」


春樹どのはふんわりと優しく抱き締めてくれた。


「相応しいかどうかなんて言い方はあまり好きではありませんね。」

「え?」

「勿論お互いの事を考えて、多少は相手に合わせることも必要だとは思いますが、それはどちらかが我慢することでも、犠牲になることでもありません。無理して私に合わせる事は考えないで下さい。」


そうだ。相応しくあるようにと無理強いされた覚えはない。私が勝手に美穂どのの言葉に惑わされ過ぎて、不安になっただけなのだ。


「私の方こそかぐやさんに相応しいでしょうか。」

「そんなこと考えた事もないぞ。」

「これでも必死なんです。愛想を尽かされないように…」

「ふふ。そんな心配はいらぬぞ。私が春樹どのの傍にいたいだけなのだ。」


少し身体を離して、春樹どのが微笑みながら私の顔を見た。


「私も同じです。いつまでもかぐやさんの傍にいさせて下さい。」


温かい手が私の頬に添えられた。


「私の望みはかぐやさんと一緒に幸せになりたい…ただそれだけです。」


自然と顔が傾き、唇が重なった。


「愛しています。誰よりも…」


その夜、春樹どのは、いつも以上に私を甘やかしてくれた。

愛おしむ口付けは何処までも優しく、触れる指先が何処までも甘く、囁く言葉が私の心を満たしていった。抱き締める腕が、私の居場所はここだと教えてくれた。


不安が一つずつ丁寧に消し去られ、愛しさで溢れた。


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 最近、かぐやさんに疲れがみえるようだ。最初はホームシックかと思っていたが、テンカイへ自由に行き来できる事を考えると違うだろう。


やっぱり無理をさせているのか…


だが、その考えはまったく当てはまらなかった。

レッスン日を減らそうと先生達に連絡したところ、英会話の先生から、訪ねて来た日本人女性に気を付けるよう忠告された。思い返せば、最近かぐやさんの様子がおかしくなる時は、必ず美穂さんが関わった後だ。


スマホに残っている出張の時の履歴を確認すると、かぐやさんからメールを貰った直後に覚えのない発信があった。パーティーの時もパウダールームから美穂さんが先に出てきていた。きっと何か傷つく事を言われたに違いない。


今後、美穂さんとは、仕事上だけ最低限の関わりしか持たないようにした方がいいだろう。

かぐやさんには嫌な思いをさせてしまったな…お詫びとは言えないが、インターンが終わるまで定時に帰らせてもらえるよう、常務にお願いをした。


出来るだけかぐやさんの傍にいよう…

そう思っていたが、甘かった。


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