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第54話・花嫁修業開始

 春樹どのの初出勤の日となった。


「今日から1週間はベッドメイキングと客室清掃です。割と早く帰れますが、来週からはレストランの給仕となりますので、少し遅くなりそうです。」

「分かった。頑張ってくれ。」

「はい。かぐやさんもレッスンを頑張って下さいね。」


手を振ったが、中々出て行こうとせぬようだ。


「どうしたのだ?」

「…忘れ物です。」


チュッ!と軽い口付けを落とされた。


「え…えっと…」

「ふふ。行って来ます。」

「行ってらっしゃい。」


春樹どのは笑顔で手を振りながら、玄関を後にした。

何だか婚姻したみたいであるな…ちょっぴり朝から幸せな気分になった。


さて!今日からレッスンだ!頑張るぞ~!

気合いも新たに入れなおした。



 月曜日と火曜日は英会話のレッスンであった。先生はリンダという名前だそうだ。日本に留学経験があり、日本語も堪能らしい。

下界に来るまで英語というものを一切聞いたことが無かった私に合わせ、ゆっくりと話してくれた。


「アイム リンダ。」


お?この位ゆっくりであれば、何とか分かるぞ!


「アイム カグヤ。」


リンダはにっこり笑ってくれた。この程度ではあるが、意味が通じた事が嬉しくて、英会話に夢中になっていった。読み書きは問題無かったので、スムーズに事が進んだ。


鬼門であったのは、水曜日から始まったダンスである。ダンスの先生はニューヨーク在住の日本人で、ため息の連発されてしまった。


「かぐやさん、今のは足が逆ですよ。さぁ、もう一度!」

「はい、すみません…」


背筋を伸ばして左手と肘を肩まで上げて、右手を相手の手を握るようにイメージしながらポーズを取り、先生の手拍子に合わせて動いた。


パン、パン、パン… パン、パン、パン…


「はい!もう一度やり直しです!一番簡単なワルツの基本ステップですよ。せめてこれだけは覚えて下さい!」

「…はい。」


物言いは丁寧だが、かなり厳しい先生であった。

しかも、相手無しで一人だけで動くというのは、イメージが掴みにくく、難関をきわめた。

更に履き慣れぬピンヒールという高い靴が、余計に疲れを感じさせ、春樹どのが帰宅する頃にはぐったりとしてしまった。


「かぐやさん、今日は初めてのダンスでしたよね。いかがでしたか?」

「大丈夫、と言いたいところであるが、もう一歩も動きたくない気分だ…」

「ふふ。そうだと思いました。」


ケータリングで食事を取った後、春樹どのは湯船に湯を溜めてくれた。


「かぐやさん、どうぞ先に入って下さい。」

「いや、春樹どのも外の勤めで疲れておるであろう。」

「今日はかぐやさんがお好きそうな入浴剤を買って来ましたので、是非楽しんで下さい。」


そう促されてバスルームに行ってみると、ほんのり柑橘系の香りがした。


「私が花の香りよりも、果物の香りが好きだとよく分かったな。」

「かぐやさんは香水を付けないですから、きっと花の香りよりも、こちらがお好みだと思いました。」

「ふふ、ありがとう。では早速堪能させて貰うとしよう。」


春樹どのの言葉に甘え、先に入ることとした。

ゆっくりと浸かれるぬるめの湯に全身を入れ、ほんのり柑橘系の香りを思いっきり吸い込んだ。


バスルームから出ると、春樹どのは何やら小瓶を持っておった。


「かぐやさん、ソファーに座って頂けますか?」

「ん?何かあるのか?」

「今日、ホテルのエステティシャンの方に、マッサージを教えて貰いました。リンパの流れを良くすると、疲れの老廃物が早く出て行くそうですよ。」

「して、その小瓶は?」

「アロマオイルです。一つ譲って頂きました。」


ソファーに座らされ、足を出すように言われた。

おずおずと太ももまでバスローブを巻き上げ、足を露わにした。


「では行きますね。」


春樹どのはオイルを付けた足を丁寧に下から上へと指で撫で上げて行った。


「ここ、ちょっと痛いかもしれません。」

「んっ!」

「すみません、痛かったですか?」

「大丈夫だ。痛いが気持良い気がする。」

「ここはしっかりと揉みほぐしておきますね。」


疲れの元となる老廃物が溜まっておる場所と言われ、丹念にその箇所を押し上げられた。


「んっ!んん…」


一生懸命マッサージをしてくれておるのに、痛いなどと言えぬ…一生懸命声を押し殺しておった。


あれ?

ピタッと春樹どのの手が止まった。


「どうかしたのか?」

「かぐやさん、さっきからその声はわざとですか?」

「…へ?」

「私を誘う声にしか聞こえないのですが…」


え?えぇ~?!


「い、いや、ただの勘違いだ!」

「そうですか。今日はお疲れでしょうから、ゆっくり休んで頂きたいのですが、別の癒しがお望みなら、いつでも言って下さいね。」


何かを期待するように、にっこりされてしまった。

これはマズい!クッションを顔に押し当て、必死に声を我慢した。



 木曜日もダンス、金曜日は自主勉強となっておった。

ポータブルプレーヤーにて、テキストを見ながら英会話を聞いておったら、昼間だというのに春樹どのが帰ってきた。


「春樹どの、どうしたのだ?」

「実は…また素性がバレてしまいまして…」

「また特別待遇を受けたのか?」

「いいえ、今回はリネン室に連れ込まれ、押し倒されるところでした…」

「えぇ~?」


支配人と話をして、今日のところは帰宅することとなったらしい。

春樹どのの疲れた顔を見ておったら、やっとの思いで抜け出してきたのであろうと安易に想像できた。


「大丈夫であったか?大変な目にあったのだな。」

「ふふ。かぐやさん、心配してくれるのですね。私を信用して頂けて嬉しいです。」


ぷっ!思わず笑ってしまった。


「春樹どのの喜ぶツボは未だ掴めぬな。心配して当たり前であろう。」


ソファーに深く腰掛けた春樹どのの頭を胸に抱き寄せ、子供をあやすように撫でてみた。


「お疲れであったな。」

「やっぱりかぐやさんの傍は癒されます…」


暫く春樹どのは、されるがままになっておった。



 その後、お父様と電話で話をされ、来週からはエグゼクティブディレクターの秘書として幹部の勉強をしろと言われたそうだ。

確か日本で言えば、常務という役職であったか…何をする人だ?


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