第53話・ニューヨークの長い夜
一つ咳払いをして、春樹どのに向き直った。
「で、では私が先にシャワーを浴びる故、しばし待つように。」
「え?本当に入る…」
何か言いかけておったが、ピューン!と風の如く、シャワールームへ掛け込んだ。
シャワーを浴びる間に湯船に湯を張り、チョコレート入浴剤を入れて準備は万端だ!かなり遅れたが、バレンタインデーのプレゼントとして貰おう。
シャワーを浴び終わり湯船に浸かったところで、春樹どのがシャワーブースに入る音が聞こえた。
う~!緊張する!
「あれ?甘い香りがしますね。」
シャワーを浴び終わった春樹どのがバスルームへ入ってきた。
「え?まさかチョコレートですか?」
「そ、そうだ…」
「かぐやさんが準備して下さったのですか?」
「バレンタインデーに用意しておったのだが、使う機会が無くてな…」
「ふふ。凄く嬉しいです。」
ささっと、丸く広いバスタブの端に避け、春樹どのが浸かるスペースを空けた。
「失礼します。」
み、見れぬ…俯いたままバスルームに響く春樹どのが湯船に浸かる音だけを聞いていた。
「かぐやさん。」
「な、何だ?」
「どうしてそんな端にいるのですか?」
「い、いや、二人で入っておるし、スペースが必要であろう。」
「せっかく二人で入っているのですから、もう少しこっちに寄りませんか?」
「…遠慮しておく。」
俯いたまま会話をしておったら、チャポン!と春樹どのが近付く音がした。
「え?何故こちらへ?」
「もちろん、かぐやさんの傍へ行きたいからですよ。」
「ちょ、ちょっとそれは!」
言っている間に、私の後ろへ座り、抱きかかえられるような体勢となってしまった。
ま、マズい…頭がぼ~っとしてきた…
「キスしてもいいですか?」
そっと後ろへ向いた。
あれ?春樹どのの顔が歪み始めたぞ…
「かぐやさん?かぐやさん!大丈夫ですか!」
…
そして今、ソファーの上でバスローブを着て冷たい水を飲んでおる状態だ。
のぼせてしまったのだ。
「ご気分はいかがですか?」
「ん…さっきよりはマシになってきた…」
「急に気を失いかけるから、びっくりしましたよ。」
「すまぬ…迷惑ばかりかけておるな。」
「迷惑なんて思っていませんよ。」
チュッ!と軽く額に口付けが下りてきた。
「大失敗だ…」
ぼそっと呟いたつもりだったが、聞こえてしまったようだ。
「かぐやさんが、頑張ってくれようとしたそのお気持ちが嬉しいです。でも、無理しないで下さいね。」
しかも、バレておったか…
「いつも私を喜ばせてくれておるので、何か春樹どのの希望を叶えたかったのだ…」
春樹どのは私を軽く抱き締めて、満面の笑みを浮かべた。
「そんなに私を喜ばせると、止まりませんよ。」
「ん?何がだ?」
「口に出して言った方がいいですか?」
「い、いや…大丈夫だ。」
聞かぬ方が身のためである気がするな…
かなり具合も良くなってきたところで、春樹どのがドライヤーを持ってきて、私の髪の毛を乾かし始めた。
「そのくらい自分でするぞ。」
「一回やってみたかったのです。このまま私にさせて下さい。」
そう言って髪の毛を指で掻き上げながら、横へ滑らせていった。
その度にゾクゾクとしてしまう…
「かぐやさんの髪の毛は綺麗ですね。」
乾かし終わった髪をひと束すくい上げ、チュッ!と口付けた。
「かぐやさんと一緒に生活出来ることが、自分で思う以上に浮かれているみたいです。」
「ふふ。浮かれておったのは私も同じであるな。」
「チョコレート風呂、初体験でしたよ。」
春樹どのは私を後ろから抱き締めながら、肩に顔を埋めた。
「かぐやさんから甘い香りがします。食べてしまいたいくらいに…」
そっと首筋に口付けられた。
どうして春樹どのは、ここまで色気を出すことが出来るのであろうか…
「では、今日はもう寝ましょうか。」
「そうだな。」
はっ!
その時に気付いた!倒れる寸前で湯船から這い出たので、バスローブの下は何も着けておらぬではないか!
ベッドルームへ促そうとする春樹どのを咄嗟に止めた。
「ちょ、ちょっと待て!もう一度洗面所へ行ってくる!」
「ふふ。下着を着ける為ですか?」
え?何故分かったのだ?
「そのままの方が丁度いいですよ。」
春樹どのは意味深に微笑み、私を横抱きにしてベッドルームへ足を運んだ。
「ま、待ってくれ!」
「待ちません。こんなに魅力的なかぐやさんを手放すと思いますか?」
そのままベッドに下ろされ、ラッピングを解くように、バスローブの紐を解かれた。
「み、見るでない!」
手を押し出して抵抗すると、両手を掴まれ、シーツに縫いとめられた。
「私を煽った責任は取って下さいね。」
「あ、煽ったって…」
ゆっくりと身体のラインをなぞられ、抵抗しようとする言葉は甘い疼きによって、春樹どのを求める声に変わった。
「ん…」
「かぐや…綺麗だよ…」
体中の隅々にまで甘い口付けを落とされ、初めてのニューヨークの夜は長いものとなった。