第49話・祖父との決着
翌朝、見事に目が腫れてしまった。手ぬぐいで冷やし、爺やに伊達眼鏡というものを買ってきて貰い、何とか誤魔化して大学へ行った。
学食で、私の顔を見るなり皆が一瞬驚いておったが、何も言わずにおってくれた。原因は大体の想像が付くのであろう。いざとなったら触れてくる事はせぬ皆の心遣いが有り難かった。
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早めにお昼を切り上げて、冬馬と一緒に春樹を探した。
忙しいのは分かるけど、あまりにもかぐやちゃんをほったらかしにし過ぎだ!
そう文句を言ってやろうかと思って探したら、春樹は校舎裏でぽつんと一人、紙を見ながらため息をついていた。
「春樹。」
「秋人と冬馬か…」
僕達に気付くと、春樹はすぐに見ていた紙をしまい込んだ。
「何でお前が落ち込んでるんだよ。」
「気のせいだろう。」
そう言いながらも、はぁ…とため息をついている。
「春樹、何かあったの?」
「いいや、何も。最近かぐやさんと会えてないからかな。」
力無く笑った春樹のすぐ傍に座り、肩をたたいた。
「何があったか分からないけど、そう落ち込むなよ。」
「ありがとう、秋人。じゃぁ、そろそろ行くよ。」
春樹は立ち上がって、歩き去った。後ろ姿が見えなくなると、冬馬が怒りをあらわにした。
「秋人、いいのか?かぐや今日泣き腫らした眼をしてたぞ!」
「何のために、僕が春樹の隣に座ったと思う?」
ピラッ!と一枚の紙を取り出した。
「あっ!それさっき春樹が見てた紙じゃないか!いつの間に!」
「これにヒントがあると思ってさ♪」
冬馬と二人で広げてみた。
【かぐや様と別れろ。さもなくばお命頂戴致す。】
「あ、秋人!これって、脅迫状じゃぁないか!かぐや様って事はかぐやのストーカーか?」
「テンカイでもそう呼ばれているみたいだよ。しかも、どっちの命を狙うか微妙だね。たぶん春樹の方だろうけど。」
「かぐやにも伝えた方がいいだろう。」
「そうだね。万が一って事もあるだろうしね。」
春樹の講義が終わるのを待って、冬馬と二人で問い詰めた。
脅迫状は、旅行から帰ってきた次の日の夜から届くようになったらしい。しかも最初は家だけだったのに、最近は大学にまで届くそうだ。
「それで、大学でもかぐやちゃんを避けてたんだね。」
「たぶん狙われているのは私だろうけど、万が一かぐやさんの命が狙われることがあるのなら、離れた方が守れるかと思ってな。」
そして、かぐやちゃんとのやりとりは、僕達が中継して、近況報告をすることになった。
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次の日、秋人どのから脅迫状を見せられた。
「こ~ゆ~事で、会えなかったみたいだよ!だから春樹を許してあげてね♪」
この紙、この筆、もしや天界のものではなかろうか…
「すまぬが、この脅迫状を預かっても良いか?」
「いいけど、心当たりがあるの?」
「ちょっとな。」
「分かった。何か分かったらすぐに報告してね♪」
屋敷に戻り、すぐに天界へ行った。
義兄上のところへ…
光の粒を纏い義兄上のところへ着くと、神々しいまでの後光を放つ佇まいで御簾の中に座られておる帝の御前であった。
「み、帝の御前とは知らず、申し訳ありません!」
「かぐやか。噂には聞いておったが、見事な能力であるな。」
「すぐに失礼します故、ご容赦下さいませ!」
深々と頭を下げた後、傍におった義兄上がすぐに別室へ連れていってくれた。
「あぁ、びっくりした!」
「私の方が驚きましたよ。いきなり帝の御前でしたから。して、私に用ですか?」
脅迫状を取り出して、義兄上に見せた。
「このようなものが何通も春樹どのに届いておるそうです。紙や筆が天界のものかと思いまして。」
義兄上は暫く考え込み、次の満月に部隊を引きつれて下界へ降りると言ってくださった。義兄上さえいれば心強い。そして、次の満月に犯人をおびき寄せる作戦を立てた。
三月のある日、満月の夜は週末であった。犯人に別れるつもりが無いことを見せつける為、朝から春樹どのとデートをしておった。
「ふふ。久しぶりにかぐやさんとデートですね。」
「しかし、人混みの中をずっと歩くというのは疲れるな。」
万が一でも相手が手を出しにくいよう、今日は人混みを選んでショッピングデートである。
「この春物のワンピース、かぐやさんに合いそうですね。」
「こんな可愛らしい色は合わぬであろう。」
「まぁ、かぐやさんは、何も着ていない方が可愛らしいですけどね。」
「な、何を言い出すのだ!公衆の面前であるぞ!」
「ふふ、すみません。久しぶりのデートで浮かれてしまいました。」
久しぶりに私の顔を見て楽しんでおるな…
そして日が暮れるまで暇を潰し、屋敷まで送って貰った。
「ここからが勝負であるな。気を付けて。」
「大丈夫です。秋人が隠れて付いてきてくれていますから。かぐやさんも気を付けて。」
「冬馬どのもおるし、大丈夫であろう。」
「ふふ。二人とも黒帯ですからね。」
「では…」
名残惜しく手を離し、春樹どのは歩いて公園へ行った。
「…かぐや。」
暗闇から聞き慣れた声がした。
「冬馬どのか。」
「こっちは今のところ怪しい人影は無いぞ。」
「やはり、狙われておったのは春樹どのか。」
「追いかけるぞ!」
冬馬どのと二人で春樹どのの後を目立たぬよう追いかけた。
春樹どのが公園のベンチに座った時だ。草むらが動いたと思ったら、一瞬のうちに春樹どのの目の前に着物を着た殿方が立ちはだかった。その者の手には光るものが握られておった。
「はる…」
「春樹なら大丈夫だ!相手の目的を聞き出すまで、待て!」
「分かった。」
飛び出しそうになったが、冬馬どのに制された。あの着物、やはり睨んだとおり天界の手のものであるようだ。しかし、顔がよく見えぬな…
その者は、春樹どのに話し掛けた。
「かぐや様と別れろ。」
「嫌だと言ったらどうしますか。」
「おぬしを殺めなければならぬ。今日中に形をつけねば、帰れなくなるのだ。」
「テンカイへですか?」
「そうだ。だが、出来ればかぐや様の想い人を殺めたくはない。頼むから別れてくれ。」
「そこまでだ!」
植え込みから飛び出し、冬馬どの、秋人どの、私の三人で囲った。
「か、かぐや様!」
「お前は、祖父どのに奉公しておる者ではないか!」
その者はガバッ!と頭を下げ、私に向かって土下座をした。
「お許し下さい!どうしても成し遂げなければならぬのです!」
「しかし、下界の政事に手出しするはご法度であるぞ。」
「分かっております!ですが成し遂げなければ、父上と母上が路頭に迷うこととなるのです!」
「そういうことか…」
説得しようとその者の前にしゃがもうとすると、いきなりその者が吹っ飛んだ!
暗闇から出てくる人の気配を感じ、現れたのは祖父どのであった。
「使えぬ奴だ。」
「祖父どの!」
「かぐやよ、相変わらず薄汚い面をしておるの。」
さっと春樹どのが私の前へ出たが、それを止めた。春樹どのが狙いである事は分かっておるからだ。
「祖父どの、これは一体どういうことですか?」
「決まっておるであろう。上流貴族の身分を持つお前と汚れた下界人との婚姻を止めに来たのだ。」
「その為に、春樹どのを殺めるおつもりですか?」
「虫けらごとき、踏みつぶしても大したことないわ。」
「何てことを…」
「覚悟せい!」
祖父どのの手が一瞬光ったかと思ったが、私達の前に誰かが立ちふさがり、祖父どのはそのまま動かなくなってしまった。
「かぐや様、遅れて申し訳ありません。」
「柳本どのではないか!」
私達の前に立ちふさがったのは、以前求婚をしてきた柳本どのであった。そして動かぬ祖父どのの背後には、義兄上が立っておった。
「義祖父どの、残念ながら一家の長の権利は、義父上に委譲されることとなった。今頃、帝の命にて執行されておるであろう。そなたは能力を奪われた上で、余生を過ごせ。」
あっという間に祖父どのは部隊に連れて行かれた。
「柳本どの、助かったぞ。」
「私はかぐや様の悲しむ顔を見たくなかっただけです。」
チラッと春樹どのに目線をやり、そのまま去っていった。
「義兄上、ありがとうございます。」
「無事で何よりです。もう誰も、かぐやどのの婚姻に反対する者はおりませんよ。」
春樹どのが私の隣へ来て、義兄上に頭を下げた。
「今回はありがとうございました。」
「良い。将来の義弟を助けたまでだ。」
お、義弟?ポッ!と顔が赤くなってしまった。
「ところで春樹どの、かぐやどのは色々と悩んでおったぞ。」
え?まさか!
「春樹どのと倦怠期だとか、身体の諸所が合わな…」
「義兄上~!」
口を塞ごうと思ったが遅かった。バッチリ皆に聞こえてしまったようだ。
「へぇ~!かぐやちゃん、春樹に満足出来なかったんだ♪」
「あ、秋人どの、それ以上口を開くでない!」
「春樹、もっと頑張れよ!」
「冬馬どのも黙ってくれ!」
「そんなに不満な夜でしたか。私の愛情と努力が足りなかったようで、申し訳ありませんでした。」
うっ!怖くて春樹どのへ顔が向けられぬ…
「い、いや…避けられておる気がしたので、ちょっと心配になっただけだ。」
「ほう。私の愛情が心配されてしまったのですね。」
「春樹どの、爺やと婆やには今夜は帰らぬと伝えておくぞ。」
「ありがとうございます。義兄さん。」
な、何の結託だ!
「では、かぐやさんにたっぷりと私の愛情の深さについて教えて差し上げないといけませんので、この辺で失礼しますね。」
にっこりと笑った春樹どのが、私の手を引いた。
「ちょ、ちょっと待て!」
「待てません。二か月以上もかぐやさんに触れていないのです。」
後ろから、かぐやちゃん頑張れ~!との声援が聞こえてきた。
そんな声援いらぬわ!
春樹どのは歩きながら、ホテルの宿泊予約をしてしまった。
スイートルーム専用のエレベーターに乗り込むや否や、息をも喰い尽す深い口付けが落とされた。
「ん…」
い、息が苦しい…
漏れる吐息さえも絡み取られ、頭がぼ~っとしてきた。
部屋に入っても深い口付けは止むことなくベッドへなだれ込み、一晩中、春樹どのの愛情の深さについて教えられてしまった。