No.8 next…
ヒカリが書斎をノックしても、何の応答もなかった。
鍵は掛かっていない。
開けると、薄暗い部屋には、独特の血のにおいが漂っていた。
本棚の前に、白髪交じりの中年が血だまりの中で倒れている。
「まだ息はあるな?」
ヒカリが背中の暗がりに聞くと、はいと短い青年の声が返ってきた。
「父様」
ヒカリは本棚に広がる彼の血を踏まないように気をつけながら、近寄る。
「父様、答えて下さい」
「ひか…り…」
話す分だけ、血が口から流れる。
白髪交じりの髭が、赤く染まる。
「姉さまのは、何処です?」
虚ろだった彼の目に、正気が戻る。
自分の娘の言葉で己が死ぬ理由を悟ったのだ。
目の前に立つ愛娘が、自分を殺しに来た死神だと。
「ここ、ですね?」
青白く光るヒカリの顔に、笑顔はない。
血を吐きながら、彼はうなづく。
「殺せ」
彼は最期に、星のように冷たい娘の瞳を、
その眼に映した。
翌日、ヒカリの執事が部屋の床板をはがすと、一体の人骨を発見した。
ヒカリはその骨に優しくキスをしたという。
マスコミに市長が殺害されたというニュースが流れたが、大きく騒がれることはなかった。
その報道が忘れられた頃、
ヒカリは夕暮れの海岸に、骨壺を抱えて立っていた。
と、後ろから近づいてくる気配に気づく。
振り返ると、そこには学ランを着た青年が立っていた。
一重まぶたの涼しい目元、平均的な身長で細く長い指。
ヒカリは彼に優しく微笑みかける。
「苦労をかけたな」
青年は黙って、ヒカリを見つめる。
その黒い瞳は、どこか力強い。
「私の目的は達成した。
5年前に見つけた母様の骨も、姉様のも
やっと手に入れることができた」
骨壺をなでるように触る光。
白い骨壺が、夕暮れの橙に染まっている。
「もうお前はいらない」
青年は目を見開く。
「案ずるな
お前はどの銃器よりも『性能が良い』。
引き金を引いてくれる者は、いくらでもいるだろう」
ヒカリは青年に可愛らしく微笑むと、砂まみれの階段を上る。
「心配しなくても、お前が錆付くことはない。
今にも声がかかる。
…じゃあな」
止めてあった黒い車のドアが閉まると、ゆっくりとエンジン音が遠のいていった。
青年は海岸に立ち尽くす。
「お前、サイレントブラックか?」
いつのまにいたのか、階段を下りてくる一人の少年。
橙色に反射したサングラスに、緑のスカジャンというラフな格好だが、青年より少し年下のようだ。
「俺は雪原。
悪いがここんとこお前をマークしててな、
多少の事情は知ってる。
で、ウチの組織がお前を使いたいんだと。
どうする?」
雪原の申し出に、サイレントブラックと呼ばれた青年は首をかしげた。
「何のための確認だ?」
雪原はその言葉に苦笑した。
「なるほどな。
本当にお前がサイレントブラックなんだな」
橙の日が沈んだ波打ち際にに、二つの足跡が残っていた。




