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ヴェルクザード オフライン RPG

作者: 幸田 昌利

 炸裂する火炎を伴った敵の能力が、私の右腕に直撃した。

すぐに状態の確認を行う。

問題の腕は……動く!


 左手に持った盾を眼前に掲げ、一気に飛び出した私は《襲来者》との距離を一気に詰めた。

右手はダメージの為にペナルティが発生しているが、こればっかりは仕方が無い。

すでに回復アイテムは底を付き、状態異常回復アイテムも残数無し。

相方は既に死んでホームへ強制帰還させられている。


 今回戦っている《襲来者》の姿は透明な水晶で出来たザリガニといった姿なのだが、現在は右の鋏が無く、右の触覚が途中から切れ、背中に大きな切断ダメージによる内部露出が起きている。


 背中にさえダメージを与えられれば、まだなんとか勝機はある!

そう自分に言い聞かせながらフェイントを織り交ぜて突っ込んだ結果は……ハッキリ言おう!

死に戻りだ!!





 私の名前はエリ=ウィンド、このゲームでのキャラクター名なんだけどね。

現在、体感型オンラインゲーム、【ヴェルクザード オンライン】を絶賛プレイ中だ。


 本来の分類としてはVRMMO(ヴァーチャル・リアリティ・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン)と言えるこの【ヴェルクザード オンライン】は、全身がすっぽり入る昔の映画に出て来るコールドスリープでもするかのような形状の、カプセル型の固定装置に入ってログインする。

『本来の分類』と言う言い回しには少し事情があるのだが……まぁ、気にしないで欲しい。


 このゲームは、とある天才科学者が発明したAIの実験として作られたと噂がある程の優秀なAIを搭載しており、プレイヤーには誰がNPCかを知らせないと言う画期的なシステムで話題になった作品だ。

その為、このゲームに参加している人数は非公開となっている。

稼働当初は多少の甘さがあり、NPCを見つけてリストが作られもしたのだが、ヴァージョンアップの度に進化し、NPCと確定されたキャラを入れ替えて行く事でいつの間にか特定困難なほどのAIが出来上がっていたらしい。


 入れ替わった場合は新たに出現したキャラで特定されそうなものだが、そこはMMOという土台が様々な人間を呼び、NPCだと思わせる動きを演じるプレイヤーが続出し、居なくなったNPCを即座に成りすましてプレイするプレイヤーすら現れ、更にはGM(ゲームマスター)がそこに混ざりだした事で判別が不可能になったと言う経緯がある。


 私は目的を持ってこのゲームをやらされている訳だが、その事情は取り敢えず置いておこう。

さて、死に戻る場所はキャラクター各個人に与えられたプライベートルームである。

ステータスを確認すると死亡によるペナルティで軒並み低下しているのだが、この低下は基本値+死亡時のオーバーキル分のダメージで決まる。


 今回は結構なダメージを受けていた上、相手の背中を狙う為に無理をした事によるがら空きの腹部に、必殺技ゲージを消費するスペシャル攻撃が直撃していた。

そこから生じたペナルティは、実に全ステータス及びHP・MP上限値の九割ダウン。

うん……もう何も出来ない程のペナルティだ。


 戦闘しても経験が得られる敵とは戦えず、生産活動でもほぼ必ず作成失敗するステータス値。

すなわち、今日はもう落ちるしかないと言う訳だ。

本来ならまだまだログインしている時間なのだが、こうなっては仕方が無い。

こうして、私はログアウトの操作をして目を閉じた。





 目を開くと、すぐ前には外が見える強化ガラスが有り、そこには予想通りの顔がこちらを覗きこんでいた。

先程まで私と一緒に《襲来者》との戦闘を行っていた相棒、キャラクター名はリナ=フェスティバル。

ここに一緒に住んでいる……まぁ、相棒と言った所かな。


 基本的に、今入って居るカプセルは中からしか開かない。

理由は簡単。

中にいる人間の安全の為だ。


 緊急操作可能な権限が無ければ外部からは開くことが出来ず、中からはボタン一つ。

故障時に備えて、修復に結構な手間がかかる事になるが手動でも簡単に開けられる。


「いや~、さっきの《襲来者》は強かったねぇ!」


カプセルを開いた瞬間に、リナがそう言った。


 面倒なのでこのままキャラ名で私はエリ、この子はリナと呼ぶが、実際の名前も私が絵里えりで、あっちが里奈りなだ。


「あんたは考え無しに突っ込みすぎ。連携を考えないとあのクラスの《襲来者》には勝てないよ」


そう返答するとバツの悪そうな顔をするが、ハッキリ言っていつもの事だ。


 ここには私とリナしか基本的に居ないのでカプセルに入る時は下着のままで入るのだが、流石にこのままうろつくのは気分的に微妙なので服を着てからリビングへ移動した。





 リビングには、既に紅茶を淹れる用意とお茶請けが置いてあった。


「エリはこれでいいんだよね?」


そう言いながら、リナが私の好きなティーカップを持ってくる。


「そう、それ」


そう言いながら、私も手伝った。


 用意が出来、早速淹れた紅茶を飲みながら何となく部屋を見回した。

一応はそれらしくしてあるが、所々に無骨な金属の柱やパイプが見え隠れしている。

この区画には私達二人しか居ないのだが、とある研究をしている人達がこの地下空間には他に何人かいる。


 別の区画で働いているその人達は、用がある時だけしかここには来ない。

私とリナの仕事と言えば、当面はここで【ヴェルクザード オンライン】をやる事だけになっていた。


「ねぇ……私達、いつまでこのゲームをやらなくちゃ駄目なのかな……?」


リナが拗ねた様な顔をしながらそう言った。


「いつまで……ね。私達が使い物になるまでじゃないの?」


私としてはこう答えるしかない。


 ハッキリ言えば、ここは私達にとって檻の中だ。

【ヴェルクザード オンライン】と言う教材を使ってお勉強をさせられる檻の中……。

人と判断がつかないほどのAI……確かに私達にとっては良い教材なのだろう……。

だが、確かに……私もいい加減、飽き飽きしては居る。

とは言え、ここから出られる事が幸せなのかが私には分からない。


 一つだけハッキリしているのは、今はただ……【ヴェルクザード オンライン】と言う名前のゲームをやるしか選択肢は無い。

それだけの話だ。





 翌日、いつもの様に【ヴェルクザード オンライン】に入った。

リナも一緒に入っているので、いつもの待ち合わせ場所で合流する。


「さて、今日はどうする?」


そう私が聞くと、


「昨日の《襲来者》は、まだ私達の強さでは厳しかったからなぁ。雑魚でも狩りながら経験でも稼ごうか」


との答え。


 まぁ、《襲来者》は元々が一定エリア内に突如出現する為に狙って戦える敵では無い。

また、とある事情により外部からの攻略情報も得られていない為、倒せなかった《襲来者》が出現したエリアに近づかない程度の事でしか対応策がない。

要は、他の《襲来者》との遭遇の危険は、全く回避出来てはいない。

まぁ、会ってしまったらその時はその時で考えるしかない訳だ。





 今日の戦いは、まぁまぁ良かったかな。

スキルの上昇もそれなりにあったし、以前から試してみたかった連携も試す事が出来た。


「ふ~。疲れた~」 


リナがそう言いながら地面に座り込んでしまっているし、今日はここまでかな。


 ログアウトし、いつもの様に二人で紅茶の用意をしてのんびりと過ごす。

こうして今日も平穏に……言い換えると、何も無く終わった。






 それから何日過ぎただろう……。

来る日も来る日も私達は《襲来者》と戦い続けていた。


 結果は勝ったり負けたりの繰り返しだ……。

正直、本当にこのままこのゲームをやっていて良いのか?

そんな疑問が湧いてくるのを抑える事が出来ない。


 リエもいい加減ウンザリといった感じで、ここ数日は機嫌の悪い雰囲気が漂っている事が多い。

……【ヴェルクザード オンライン】……か……。



 



 更に数日が過ぎた……。

私も……もう我慢の限界だった。

確かにNPCもプレイヤーと変わらない程の思考回路を持つ優秀な物なのだろう。

しかし、こう来る日も来る日も強制的にやらされていたのでは嫌気も刺して来る……。


 そもそも! 【ヴェルクザード オンライン】!?

良くその名前が使えるものだ……。


 ハッキリ言おう!

ここにはオンラインなど無い!!

どこにも繋がっていないのだ!!!


 ここにあるのは、かつて【ヴェルクザード オンライン】に使用されていたサーバーと私達を【培養】したカプセル、そしてそれを流用した教育システムがあるに過ぎない!

そう!! 【ヴェルクザード オンライン】など最早存在しないのだ!!!


 当時のオンラインと同じように見せていながら、今は何処にも繋がってはいない……。

差し詰め……【ヴェルクザード オフライン RPG(役割を演じるゲーム)】と言った所だろう。


 何故こんなシステムが必要なのか?

それは、私達が一人の女性の細胞から作られたクローンだからに他ならない。

この【ヴェルクザード オンライン】は、無知なまま身体だけ成長している私達への教育装置と言う訳だ。

このゲーム特有の思考回路、人と区別のつかない程のNPCとの対話による常識の学習。

クローンである私達にうってつけの学習装置って訳だ!


 そして、このゲームにはこれまで現れた《襲来者》のデータを追加で敵モンスターとして再現してある。

要は、敵の戦闘パターンや行動方針を学ぶ為のシミュレーターと言う事だ!!!





 ふぅ……。

少し熱くなってしまった様だ。


 さて、私達がクローンで、【ヴェルクザード オンライン】が教育装置であるのは理解して頂けたと思う。

となれば……今更隠す事など無くなる訳だ。


 この世界は現在、《襲来者》と呼ばれる異世界からの侵略者に攻められている。

詳しい説明は省くが、それに対抗できる力に目覚めた、ほんの一握りの人間によって《襲来者》を撃退しているのが現状だ。


 《世界の壁》と呼ばれる異世界とこの世界を隔てている壁を超える事が困難である為、散発的な侵入しかないので何とか防げている。

しかし、それがいつまで続くのかは不明だ。

むしろ、侵入してくる間隔が短くなっているとの指摘もある。


 現在は軍部主導で能力者達を運用して成果を上げているのだが、こういった状況ではよくある話で、政府の中で主導権を握りたいと動き出すやからが現れるのはお決まりの事であった。

実行した内容は、クローン技術の研究者主導による能力者の細胞からの培養である。


 被検体は日本に六人しか居ない能力者の一人、風祭かざまつり 絵里奈えりなと言う女性。

彼女が選ばれた理由は、大半が未成年の女性に発現する特殊能力者の中で唯一成人を迎えていた事。

正確には手に入った細胞の中で、という注釈がつくのだが。

要は、二人いる男性能力者の細胞は手に入らなかったらしいのだ。


 健康診断の目的で採取した細胞を横流ししたらしいのだが、現在確立されているクローニング方法では未成年だと安定性が悪いらしく、その理由から彼女の細胞が選ばれた訳だ。


 第一弾のクローンは酷いものだったらしい。

能力に目覚める確率は0.1%程度。

しかも、数日で能力の負荷に負けて崩壊してしまう。


 そこで、二つのグループに分けて培養を継続。

採取された本人からの細胞には限りがある為、培養された第一世代から延々と培養するグループ。

そして、能力に目覚めた個体を更なる素材として繰り返して行くグループ。


 結果として、能力に目覚めた個体を繰り返し培養する事で、徐々に能力に耐えることが出来る個体が出来始めた。

私とリナは、その実用可能だと判断された初代クローンと言う訳だ。


 因みに、私達を作る過程で能力を得た個体は崩壊する前に脳だけを培養槽で生かし、【ヴェルクザード オンライン】内で活動させている。

能力の源は腹部にある為、脳だけなら崩壊しないのだ。

そうまでして生かす理由は、ぶっちゃけると生きた細胞の保存の意味合いがほぼ全てと言える。


 彼女達はそこで新たな事を理解し、現在は停滞している【ヴェルクザード オンライン】に変化を与える役割も担っている。

……私もああなる可能性が高かったのだから、他人事には思えないのだがね……。


 まぁ、これがこの施設の真実だ。

【ヴェルクザード オンライン】という名の学習装置で学び、使い物になると判断されたなら投入されるであろう生体兵器……それが私達である。





 それから更に数日が過ぎた。

その日、遂に私達が外へ出る許可が出た。


 しかし、それと同時に意外な事実も告げられた。

私達の素になった能力者……風祭 絵里奈が死んだのだ。


 死因は、能力の使い過ぎによる肉体崩壊……。

彼女だって能力の使い過ぎでそれが起こる事は百も承知だったはずだ……。

その彼女が……そうしなくてはならなかった程の《襲来者》との戦い……。

果たして、私達は生き残る事が出来るのだろうか?


 正直な所、結果がどうなるのかは全く予想が出来ない。

特に、私達にはクローン体である事による肉体の不安定さが付きまとう。


 それでも……私はリナと生きたい……この閉ざされた空間や、【ヴェルクザード オンライン】内では無く、陽の光を浴びながら生きていきたいのだ……。






 こうして、私とリナで【ヴェルクザード オフライン RPG】と揶揄していたゲームから解放された。

これからも道は険しく、困難も多いだろう……。

しかし、作られたとはいえ……折角得た命だ。

やれる所までやってやろう!

そう誓いながら……私達は地上に出たのだった。

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