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3話



屋敷じゅうのボロキレのが小マシなカーテンを洗うと、干すのにも一苦労であった。

まあ、ただ生乾きのカーテンをカーテンレールに吊るすだけなのだが、重い重い。後は窓から射し込む日の光と風が乾かしてくれるハズだが、吊るす前の脱水が手作業なのだ。


「…なんでッこんの、家は、こんなに…汚ないンだらァ、っ」


人間よりも怪力で体が頑丈な悪魔でも、きっついもんはキツイのである。


えびぞりになりながら、ようやく最後の一枚のカーテンを絞りきると、背後には、屋敷内で使われるシーツと掛け布団のキルティングに枕カバー諸々が 控えているのであった。嫌がらせか、ッ。と内心つぶやきながらも、手を動かす。



かれこれ屋敷に来て一週間。ヨリは洗濯物と格闘していたのであった。

お陰でいまや室内はホコリは目立たずカーテンだけは7割キレイという戦果で、フル稼働で働いているヨリは気だるい空腹を堪えていたのであった。



浴室の軋む戸が開いてヨリが振り替えると、泡と洗剤が混ざった水で滑る床に気をとられながら、ただいまと、主がひょっこり顔を出した。



気がつけば、窓から射し込む日は黄昏。

こちらの時間で夕方4時30分に仕事を終わらせ帰ってくる主が家にたどり着くのは馬で駆けて30分後。くたびれたようなため息を飲み込み夕食の支度のためカーテンを手放して、おかえりなさいませ、と口にした。








湯気の立つパンのグラタン。かさ増しにジャガイモの輪切りを底に敷き詰めて、湯気の立つそれを、ベットの上で食事を取る為のテーブルに並べ、カラシの効いた香りの強い葉物の炒め物を傍らに添える。



妹君セシル嬢の相変わらずほこりっぽい部屋での兄妹らの和やかな夕げ。彼女の避難場所予定の主の部屋がまだ片付かない為まだほこりっぽいが、カーテンだけはきれいだ。




空気も朝昼入れ替える為か、咳き込むことも少なくなり頬も陶器のような青白さから薔薇色へ、血色もよくなった気がする。初対面では大人びて見えたセシル嬢は、今は兄である主相手に6才児らしく、きゃっきゃ笑いこけながら食事を取っていた。





それを眺めながら、二人の食事からひいて、壁際。

匂いだけは美味しそうなこちらの食べ物に空腹を煽られないよう、なるべく嗅がないように控えておく。

もし 仮に、一緒に食べ口に含んでも消ゴムやふやけた厚紙に絨毯。果ては泥を食べているようなそれらは、どうもこの体には異物のようで …受け付けないのだ。





窓の外は宵闇。

室内は蝋燭が灯され、ほの暗い落ち着いた明かりに照らされ ゆったりと時間が過ぎていき。寝床として陣取ったウォークインクローゼット、衣装部屋に早く引きこもりたかった。



はっきり言えば、飢えていた。

庭のバラで今はごまかしが効いているが、柔らかい幼子の血と、働き盛りの青年の血が目の前にぶら下がっているのだ。チョコレートを前にして、砂糖水をなめるようなソレにイライラが募っていた。



けれど、2人から味見する気も起きず…空腹と意地の間で板挟みになっているのだ。



2人の食事が終わったのを見計らって、速やかに皿とともに台所に逃れて、人気の無い冷えた空気の室内に一歩踏み込むと、力尽きたようにへたりこみ気の抜けたため息を吐いたのだった。






限界が、足音をたてて間近までせまってきている。



そうして夜も深まった頃、

衣装部屋、床の上に毛布でくるまり寝心地の良い場所を探して寝返りを打って、隣の主が寝静まり、物音を少し立てても起きない頃合いを待っていた。





そっと立ち上がり、パサリと毛布が落ちる。抜き足差し足で、隣部屋への扉に触れて、きしまないように、ノブを回した。

ゆっくりゆっくり焦れるほどそっと扉を開いて、僅かな隙間から体を滑り込ませる。そして主の寝息を聞きながら、側に忍び寄っていく。




薄暗い室内は月明かりだけに照らされて、目が慣れていなければ暗闇に近い。

そして寝ていることを確認すると、さらに眠りが深まるように魔力を指先に滲ませ、額に触れた。









短い夏の夜。

黒い男物のシャツにベージュの腰から裾までがぴったりと体の線に沿ったふくらはぎ丈のズボンを履いて、くらい暗い街角を一人の年頃の少女が歩いていた。

白い肌に鉛のように鈍く光る瞳。髪は、ここいらではよく見かける燃えるようなストロベリーブロンド(赤毛)。気の強そうな猫目は薄い氷のような青をしていて、まるで散歩でもするように、夜の町をあるく。




それはある意味、異様でもあった。

繁華街、娼館や飲み屋に賭場、果ては闇屋と呼ばれる違法な店まで立ち並ぶ夜の闇の中、煌々と輝く街道を

たった一人。



飲みに来る男等も徒党を組んで、娼婦でさえ、強盗、強姦、殺人の憂き目を恐れて街角には立たぬのに。


それに、こんな町にも顔馴染みなるものは存在して、見知らぬ顔に警戒する者や、ある者は呆れたようにバカにし、ある者は値踏みしたり、心配気な目をして視線を投げ掛けた。

けれど彼女は気にした様子もなく、さらに薄暗い横道へと消えていった。




そのあとをひっそりと、いかにも垢じみてガラも悪い熊のような男達が忍び足でついていった。

彼らの悪行を見知った町の人間らは何も言わず見送って、嫌そうに眉をひそめるだけだった。









脇道に反れるとそこは、かび臭い灰色の町並みのスラム。

ムワッとした湿度の高い空気に吐き気がしそうな腐敗臭がしてションベン臭いそこに、いかにも清潔で燃えるような髪をした彼女は目立った。

迷うことなく、更に細い道を選んで袋小路で立ち止まる、背後の人の気配に唇に弧を描きゆっくりと振り返る。




少々、いやかなりばっちいが、薄皮一枚下の血と肉は同じだ。

垢じみた男らはなにかこちらに下品でエロい言葉を投げかけたように思ったが、意識を向けたときには白目を向いて膝から崩れ落ち、二三歩、駆け寄ってピクリとも動かないのを確認で蹴飛ばすと、ぐフっと呻いた。



それでも目覚める様子はなく…よく呪いが馴染んだようで、それを確認しそばに膝をついた。

コイツらはひっそりと後をつけてきたつもりだろうが、生き物はくさい。

その臭い男等の手を取ると同時に、ぎゅるりと腹がなった。太い血管を探して、二の腕の内側、柔らかい肌に唇を寄せ嫌々ながら、吸い付く。皮膚をすり抜けて、温かいその血潮だけが喉に滑り落ちていく。

ひとくち、それだけでこらえて口を離すと跡には鬱血だけがのこって、キスマークのようだとぼんやり思った。


薔薇で、いくらか 腹はくちくしてきたつもりだったが、やはり飢えていたようだ。

夢中になって、けれど堪えて少しだけ いただく。




その時ふと風向きが代わって、他の人間の臭いがした。

けれど、L字になったこの袋小路。隠れる場所などないはずなのに。



用済みになった、寝転がるそれらを放り出して、しばらくどうするか考えたが…初めての狩りだ。

少々の問題は気にしないで置こうと、ゆっくりと家路を急ぐ事にした。






**



生臭い生ゴミと下水の臭いがする、灰色の下町のぬかるむ裏道。

L字になったこの袋小路の狭いリボンのような夜空の下。アクマが、立ち去ったその場所の地下。行き止まりのマンホールがゴトリと音を立てた。

重たいそれを押し上げて、薄汚れてはいたが白い雪のような髪とよく見れば深い濃紺の瞳を持った少女が息を殺して、そっと出てきた。



痛いほど張り詰めた空気、それは、サバンナのジャッカルのように目は爛々と輝き辺りを警戒していた。

一瞬の油断が命を左右する、さっきまでここにアクマが居たのだから



音を立てぬように、そっと、そっと地べたに手をついて気配を消し、転がる男等に這いながらにじり寄る。



そして、驚いた。

殺された、と思っていたそれらは 生きていたからだ。慌てて、そいつらが気づく前に穴蔵のような下水道に引き上げる。起こしでもしたら、いらぬ火の粉がこちらに飛び火するかも知れないからだ。



悪臭漂う地下の穴蔵に元通り蓋をして、口許に手を当て考える。心臓が耳元でバクバクと耳障りに音をたてていた。


普通なら、アクマが人を生かしておくことはあり得ない、人と人ならざる彼らとの確執は兄からよくよく聞かされていたからだ。



そこで、彼女はぎゅっと唇を噛んだ。

目を閉じ熱いため息を噛み殺すとまた頭をめぐらせた。もしかしたら、自分の考えている事にあのアクマを利用出来るかもしれない。




赤い紅い髪のアクマ。

肩にかかるその髪の下、細い首もとには 繊細な銀の首飾りがしてあった。






***




ほこりが舞うあまい空気、ゴリゴリと骨を押し返す板の間、窓から差し込む真っ白な朝日。

久々に清々しい朝を迎え、ヨリはバキバキッと音を立て背骨を伸ばした。からだが軽い。



そうして軽いストレッチの後、朝日を浴びつつ首筋と銀の繊細なネックレスの間に指を押し込みコリコリとかきながら、音もなく部屋を後にし台所へ向かう。



すりおろした野菜のスープにチーズを薄く刻んだ物を加え、少しトーストしたパンだけの簡単な朝食を作り、妹君を起こしてから 主も叩き起こすのがここに来てからの習慣になりつつあった。

しかし今日は、3日に一度 申し訳程度に篭に押し込まれたパンにチーズや萎びた野菜やらが届けられる日で、先に確認しに玄関に足を伸ばす。





明るい朝日は分厚いカーテンの向こう側。

朝でも薄暗いエントランスは白けた灰色で、あと数メートルほどで玄関という所で、扉が甲高い悲鳴を上げ開いた。ハッと目を見開き、思わず身構える。



こんな幽霊屋敷に来客、いや泥棒が寝床にでもと忍び込みにでも来たか。

一瞬で駆け巡る思考は、その扉の向こうの男と目があってからもぐるぐると頭を占拠し、相手も驚いたのか、パチクリと瞬く。その手には、今朝配達された篭が握られていて、


「あんた誰?」


と逆に囁くような声色で尋ねてきたのだった。しばし互いに見つめ合う。



「まさか、使用人?いやそんなゆとりあいつに無さそうだし、君泥棒?」



どうやら主に来客のようで、親しいらしい空気に対応を考えるが、とりあえずは アクマは悪魔らしく



「お初にお目にかかります。私は、主に仕えるアクマでございます。以後お見知りおきを…」


慇懃だが少し無礼振るまいながら腰を折り、わざわざ目に魔力を灯し金色に光らせ人ならざる者であることを先にアピールしながら、出迎える事にした。後で、事実を知ってから喚かれても面倒だからだ。





客間は片付いておらず、とりあえず台所へ通しお茶と朝食をすすめながら、退席をわび、主呼びに速やかに廊下をあるきだす。


まだうつらうつらと支度していた主を叩き起こし、仕度をせかし、来客を伝えながらその方と朝食を一緒にとる事になる伺いを立て、連れだって台所へ引っ張り出したのであった。

朝の白い光の中、少し気を引き締めた顔をしたのを確認し、台所をノックして声をかける。


「失礼します」


客人の顔を見るなり、主の空気が緩んだ気がした。


「ヨッ」


「…おま、来るならハトくらい飛ばせよ」



打ち解けた空気、いままでのどこか大人びたしゃべり方ではなく、年相応の砕けた声のかけ方にチラと主に視線を投げて


「主…妹君の朝食を用意して参ります、席を外しても良ろしいでしょうか」


視線がかち合うより先に、平静を装って頭を垂れた。








小柄なアクマを見送って、


「何しに朝っぱらから…」


久々に再会した悪友に主ことフィルベルトは塩っぱい顔で振り返った。


「ん、近くに寄ったからな。この時間くらいしかお前掴まんねーだろ」


悪びれもせず、人の家の飯をちゃっかりいただきながら、奴はニカッと笑う。事実なだけに返す言葉に詰まれば、


「元気そうでよかったよ」


彼は目元を和らげて、ホッとしたように口にした。それに毒気を抜かれ、とにかく席に着いて一緒に朝飯を食うことにした。



上等で丁寧なしつらえの服装は白っぽい灰色が混ざった紫の上着から濃い灰色が混ざった紫のインナーまで紫で統一され、内側からグラデーションするように纏められ、相変わらずセンスはいい。

ゆるいクセのある銀の髪を貴族らしくきっちり編みまとめ、額を見せつつも前髪だけ遊ばせていた。男から見ても妙な色香がある男だ。本人も意外と多忙な為、最近はあまり会わなくなっていたのだが


「なあ、」


「あ?」


静かな食卓。不意に声がかけられて、アメジストのような紫玉の目と目が合えば、食事の手を止めた友人はどこか不安げに、じっとこちらを見据えていた。


「あのアクマ、いつから居るんだ?」


そのあまりの真剣さに、半端な答えなど返せず、しばし黙り込む。


「一言くらい相談してくれりゃよかったのに」


どこか、悔いるように続いたやつの言葉に耳が痛くなった。そういえば、悪魔の話を聞いたのは彼からだったと思い出す。


「これは、俺達兄妹の問題だ」


キッパリと突き放すように言外に心配要らないと含ませて言えば、


「チッ…それでも、」


ひどく焦れたように


「ちょびっとは血ィ繋がってんだから俺にも…ッ、」


頼れよ、と口の中でモゴモコ言われた言葉に驚いて、思わず笑みがこぼれた。



「うん、ありがとう」


この不器用な友人は、どうやら心配してくれたらしい。

しばらくはブチブチ説教じみた小言のようなそれをニコニコと聞いていれば、あちらも気が抜けてきたらしく呆れたようにため息まで吐かれてしまった。


「それで、契約の規約とか決めたのか?」


そして、ふと最後に思い出したように口にした質問に


「…は?」



訳がわからず聞き返せば、彼はピシリと凍りついた。






セシル嬢に朝食を持っていき、食べ終えるのを待ちながらのんびりとハーブをより分けていた。

肩までのうねる髪は時おり視界を覆い、前髪でも作ろうかとぼんやり考える。



階下が騒がしい。ふと気づいた物音に、椅子から立ち上がる。食事の手を止め、こちらを伺うように見つめたセシル様に微笑んで


「少し、見て参りますね」


と会釈して、念のため護りの結界を球体状に部屋一杯に張っておく。


「…これは?」



不思議そうにあたりを見舞わしたセシル様に驚いた。彼女はとても、『よい眼』をお持ちのようだ。


「…これは、戦星の守という名の結界です、あなたを守る盾と矛になります」


そう言えば彼女の目が見開かれて、グッと表情が引き締まった。…6歳の子がする表情ではない。


「…なにがあったの?」


と問うその声に、年に似合わぬ憂いと、嘘や誤魔化しは求めていない響きが在った。


「お客様のようです、強盗かもしれません、」


盗るものも無いのにね、と少し茶化せば、彼女も少しほほえんで


「お兄様が心配ですわ」


と呟いた。

なるほど、これは命令か。それに笑みを深くしながらかしづいた。


「必ずお連れします。その際は結界の中からお兄様をお呼びください。招かれないと中には誰も入れませんので」



言外に自信を含ませキッパリ言い放てば、力強く彼女は頷いた。










セシルの寝室の外、待機する魔術師3人と悪魔が三体。



息を潜め成り行きを見つめるが、そのとき外開きの扉が勢いよく押し開いた。

あるものは吹っ飛ばされ、あるものはサンドイッチのように挟まれ、膝から崩れ落ち、明らかに体格のよい悪魔だけが踏みとどまる。


室内からの光を背に、アクマことヨリはニコリともせず辺りを睥睨した。

この3人と三匹以外に、人の気配を探す。どうやら、主は台所で客人とよそ者とご一緒のようで、振り返りもせず、そっと後ろ手に扉を閉めてから、魔法を発動した。


単に目一杯光って見せたのである。


一瞬の出来事に光に眼を眩ませて、よろめいたのを確認もせず階下へ飛び降りる。階段の踊り場に着地。小走りにかけ降りて裏の台所へためらいなく扉に手をかけ、しばし考える。


開いてまた思いきり発光すれば、主ごと それをくらう事になるが、運べる。しかし、中には彼の友人も居るのだ。…流石に2人は手に負えない。


めんどくさくなって扉をノックし静かに扉を開いてから、ゆっくりと中を伺えば。

どこから、出したのであろう、卓上いっぱいに広げたアフタヌーンティーセットのようなものを目の前に、張り詰めたような顔をした主と、驚きに満ちた顔をしたあの客人と、そいつを庇うように立ちふさがった初老の執事らしきじじいが居たのであった。



状況が、よく飲み込めないのだが。

こちらに気づいた主は身を固くし、客人らしき男等は全力でこちらを警戒し、チラチラと何かを待つように室外に視線をやった。空気を読んで思ったのだが、どうやら彼らが、今回の事を仕組んだらしい。

頭が痛くなってきた。




それを隠しもせず、ため息を。そして、邪魔な髪をくしゃりとかきあげてから


「…とりあえず、私はどうすれば良いのでしょうか?」


と尋ねることにした。










両手両足を椅子に座ったまま大人しく拘束されながら、懐かしい重さにジャラジャラと鎖を弄んだ。


事のあらましはと言うと単純で、私にやっていけない約束ごとを叩き込むのを忘れていたから、大慌てで主の客人が私兵を動かしたようであった。



にしちゃあ、お粗末な連中だったと鼻で笑い、儚い夢だったなー…と食事事情の悪化を考えて、ため息を噛み殺す。端からこんなことしなくとも規約くらい応じたし、どうせ市役所に届け出に行ったら必ずさせられただろう。


「…おとなしいもんだな、」


いつのまにか側に立ってこちらを観察してた客人の紫の服の男の言葉を聞き流しながら、じっとしておく。

早く終わらせて、シーツやら明日からの飯をどうするか考えたかった。






バタバタと人が出入りする室内は、ホコリが舞う。

先ほど吹っ飛ばした悪魔やら魔術師に取り囲まれながら、あんまり室内でドタバタしないで欲しいと思ったのだが。狭いからだろう、食器棚に当て擦ったり、モップを蹴飛ばしカーテン踏んづけたり。



眉間にシワが寄る。


「カーテン、洗ったばっかなのに…」


悲壮感が声に滲むのが自分でもよくわかった。吐いたため息が思わず大きくなる。だって靴跡ついてんだぜ?


席に着いていた主がゆっくりと立ち上がり、戸惑ったような目で私を見た。

足音も立てず目の前まで寄ってきたのだが、何か言いたげな視線だけしか投げ掛けてこず、それに答えるように小首を傾げながら、なるべく優しい声で


「どうされましたか?」


と尋ねてやる。だって、叱られた子供のような顔で不安げに佇む主をほっとけば、いつまでもそこに立ち尽くしてそうな気がしたからである。はやく。してくれ。






「すまない、」


心底、バツが悪そうに呟いた言葉に思わず真顔になる。視界の隅に居る紫の服の男も、どうやら似たような顔をした。チラリ隣に視線をやって、互いに一瞬の見つめあった後、再び主に向き直る。

けれどそれ以上、口を開かず席に舞い戻ってしまい、また隣に立つ男と目を合わせた。チラリ、主の方へ目配せして 隣に立つ男が意外そうに少し目を見開いた。


たぶん、こいつなら主を上手いこと言い含め丸め込めそうだし、励ます事も出来るだろう。

さとい男のようで、どうやら意志を汲み取ったらしく同じように主の方へ歩み寄り2、3耳元でなにか囁いてから席に着き、その紫の目がこちらに向けられ、じっと腹の底を探るように観察されているのがわかった。




台所から机が運び出され、たった今書き出された円陣に椅子ごと配置され、規約作りがはじまった。


地べたの白墨の線は、片付けていってもらえるのか不安になりながら、読み上げられる規約が不可視の文字となって肌と首飾りに焼き付く。


人生二度目のそれに、今さら悲鳴など上げはしないが何度経験しても、痛いものは痛い。

大体がありきたりに人に危害を加えないみたいなことや、命令遵守などを小難しく言っただけなのだが、やたら回りくどく、引き延ばし引き延ばし言うものだから苦痛が長引いて



先ほど吹っ飛ばしたしかえしなのか、と考えながら薄目で魔術師見る。優越感のような物が見て取れて、さらに歯を食い縛った。とっとと、読み終われ。



額に滲む汗に、張り付く髪。

クラクラしはじめた頭を抱えながら、気づいた時には椅子から前のめりに崩れ落ちた。




自サイトより転載。執筆システム借用のため、未公開にしております

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