アクマ
石畳、木の車輪。安い一頭だての馬車とくれば、座っていることは苦痛だった。
白地に金の壁紙は四隅がはがれかけ、備え付けの椅子のクッションはペッラペラで意味がない。おまけに、石畳の溝が、カタタタン カタタタンとテンポよく、はねる。正直、あの狭苦しい箱(牢)の中にいるほうがはるかにマシなような気がした。ケツの骨いてぇ。
そうして、うんざりしながら御者である新しい我が主人殿の事をぼんやり考えた。
馬車をみるかぎり、よっぽどのケチか、貧乏か。どちらか わかりゃしないが、しばらく見てりゃわかるだろ、と 何気なく指先に触れた窓を押し開ける。
ガコッと外れる。
窓はどうやらしばらく開けていなかったらしく、作りは良いようだが、ホコリが舞い上がって 日の光にキラキラかがやいた。…なんぞこれ。
押しはしたが、力一杯でもなく ボロいから ソフトタッチで押し開いた方だし、つか 窓開けてから見た馬車内はお化け屋敷の一歩手前の内装だった。嫌な予感しかしない。
そうして馬車の速度が緩み、石の土台に深緑の檻のような背の高いフェンスを越えて、どうやら屋敷の庭に入ったようだ。ところどころ草が繁り、バラが荒れて雑草のように見える。
車輪がギュイイと甲高い悲鳴を上げて ゆっくりと止まった。
取れた窓の戸をどうにかこうにか嵌めなおし 暇潰しに外の景色を見るのを諦めて おとなしくしている事にする。
馭者役の主が席を降りてこちらに回るのがわかって、はじめてヨソの家に預けられた猫のような気分になりながら おとなしく息すら殺して待つ。
入り口が開いて、窓が外れた時と比べ物にならない陽光が目に刺さる。ふと、差しのべられた手に 面食らいながらしばらく考える。私に手助けか、すると焦れたのかその手が私の脇に差し入れられ、まるで幼い子のように馬車から降ろされたのだった。
そのまま ポンポンと頭を撫でられ、主が目線を合わせるかのように腰を落として、にっこりと微笑む
わけがわからない。何事か、としばらく見つめあっていたが おもむろに主は立ち上がると「しっかし、ばっちいなァ?まずは風呂だな」と言って また 頭をぽんぽんと撫でた。
手をひかれ、主の向こう側の屋敷が 嫌でも目につく。ぼろい。
白とミントグリーンの三階建てくらいの高さの壁はところどころ蔦におおわれ、屋根は、ここからだと見えないがおそらくぼろそうだ。
そうして両開きの屋敷の戸を、彼は自分で押し開き また手を引いて中に入れてくれた。内装は、薄暗く 窓から差し込む日の光だけか唯一の光源だ。やはり、壁紙は湿気のせいか下の方が浮いてカビているし、よくよくみれば家具の上や窓枠が ホコリっぽい。あるくたびキイキイなる床はお化け屋敷のようだ。
そしてかつては、きらびやかであったであろう吹き抜けの玄関ホールと飾りのような階段の裏にまわり、
使用人が使うような、目立たない木の引き戸を開くと、一気に日の光が差し込み、鼻に石鹸の臭いとむわっと湯気か肌にふれた。
室内は天井まで空色のタイル張りで、小さめのねこあしのバスタブとかまど、井戸まであった。
きょろきょろと中を見渡し背後をふりかえって、お化け屋敷屋敷が先ほどより、くっきり見えてなんとも言えなくなった。手が回らないので、あろう
使用人と言えるモノが見当たらない屋敷は、恐らく彼と妹さんしか 居ないようだった。
いつのまにか姿を消していた主が 手にレモン色のタオルと着替えらしき黒い服を持って、ひょっこりと顔を出した。
かまどの蓋の上に着替えを置いて井戸から水をくんでバスタブに水を流し込み、かまどの鍋の蓋を開き中の湯を確かめ湯をダバダバ継ぎ足しぐるりとかき混ぜると、
「よし わいてるから、」
ずいずい近づいてきた。
「まっ」
「?」
まさかとは思うが、明らかに脱がしにかかろうとする手を押し止めて、薄々 勘づいてはいた事実を確認してみる。
「私は、一応 子供ではない」
「…?自分で脱げるのか?」
と口にしながら、容赦なく服が ばんざーいの掛け声とともにヒン剥かれて、14、5から時から時が止まった我が身が憎い。
そして、軽々と抱えられ、顔に水が掛からぬように そっと湯船に下ろされる。温めのやわらかい湯は、本当に久しぶりだった
主はさらに脇から、小ぶりのワイン瓶の中身をあけ風呂に混ぜながら、洗面器らしきものに煮えたぎる湯と粉石鹸を混ぜ合わせ泡立て、また湯船にぶちこむ。そうしてまた新たに液体石鹸の瓶をたぐりよせ
「ちょ」
どんだけ泡だらけにする気なのか、ぬるく冷たい石鹸を直に髪と頭皮に擦り付けて洗われる。耳の後ろも前髪の付け根も後頭部まで、爪を立てないように ワッシャワッシャなで回される。
だんだんと、薄い灰色やら茶色に変色する泡に確かに汚れていたらしい事を認める事にした。
そして、ぷかぷかと湯と泡に埋もれていたタオルを手に取って 自分で自分をごしごし擦り始めると、おもむろに主が別のタオルで力一杯、背中を擦って。
色んな意味で悲鳴を上げたのは言うまでもない。
***
生臭い、生ゴミと下水の臭いがする灰色の下町で、ぬかるむ裏道をぱしゃぱしゃと足音を立てまだ年若い看守は家路を急いでいた。
2週間ぶりに帰る家は、きっと可愛い妹やわらわらいる弟たちがお腹を空かせて待っているにちがいない。
土産話もあるし、何より上司に悪魔と対面した際に貸してもらった護りのペンダントを貰えることになったから。売っ払ったらきっと、しばらくは安泰のはずだ。
家まで200m。
あとひとつ角を曲がって曲がりくねった道を少しいけば、家だった。
背後から口と首を押さえられ、後ろ向きに引きずられ引き倒される。
ひとひとりやっと通れる狭い通路、抗った手や肩、膝が擦れて、最後に覚えているのは日の光を鈍らせる青銅のナイフと狭いリボンのような空。首飾りが、引きちぎられる感触だけだった
***
ふわふわと柔らかい髪を天日干ししたゴワつく固いタオルで乾かしながら、新しく悪魔を得た年若い青年、フィルベルト・メイシュー・フィヨルドは戸惑っていた。
今は大人しく風呂場の床に敷かれた毛の短いラグに座り込んで頭を拭われている 悪魔が、すんッげぇヨゴレて風呂の湯が灰色になるほど汚かったのと、垢とホコリを落とさなくてもわかるほどに華奢な事。
それから丈が少し足りない妹のワンピースから覗く、細い手足に色濃く浮かぶ擦りきれた皮膚とアザに。
動揺を悟られないように手を動かしながら、優しく優しく水気をタオルに含ませ髪をタオルに巻き込んで、首回りにも同じような擦りきれた皮膚とアザを見たとき、
ようやくこれは あの牢屋の中でしていた、貴金属の所為で出来た傷だと理解したのだった。
そうして、改めて まだ幼く見える悪魔のつむじを見下ろしながら、年に見合ぬ、落ち着きを持った彼女を
ひどく、哀れに思った。
そうして、髪を包んだタオルの上から、ついついぽんと頭を撫でてしまう。
こちらを振り向かず、ぴくりと反応しただけの悪魔はそのまま動かず、やはり 大人しい。もしかして、もしかすると妹とよい友達になってくれるかも知れない。
なんとなく髪を撫でながら頭を回す、後は、有り余ってはいるが使える部屋は少ない屋敷内から彼女の部屋と新しく服も用意しなければ、寸足らずの妹の服を着せたままでは彼女に申し訳がない。
しかし新たに見繕う服代に、ちょっと苦しい台所事情を考えて今度は重たいため息を吐きそうになった。
タオルを外し湿気た髪を手櫛で整えて、服を何とかしなければと考えながら、先に妹に合わせようかと思いなおす。
仮に、自分の幼少期の服をとも考えたが、女の子に野郎の服はあまりにも可哀想で。
うんうん唸っていると、それに気づいたのか、悪魔がなにも言わずこちらを見上げて居るのがわかって、曖昧に微笑んで誤魔化し、
「ん、ちょっとごめんなー」
脇に手を突っ込んで立たせ手を引いて、掃除は後でしようとも思いながら、悪魔を洗う際によそ行きの服で行った事をささやかに後悔しつつ風呂場を後にすることにした。
*
濡れ髪のまま手を引かれ、ぎしぎしきしむ階段で二階に上がっていく。
天窓からの明かりだけで、辺りは薄暗いが、手すり越しに覗く事が出来る階下は、やはり 荒れていて、自分のやれそうな事は多そうだと、判断する。
赤茶けた緑の絨毯を踏みしめ、さらに屋敷の奥に進んでいくと、左右に変色した銀の燭台の飾られた狭い通路、の一番奥に両開きの扉の前で立ち止まる。
ここが妹君の部屋かとぼんやり思いながら、主がこつこつとノックし、セシル、と声をかけるのを聞いていた。
中からは人が身じろぎか細い声で、はいと返事が上がり続いて咳き込む音も聞こえて、勢いよく主にそのまま手を引かれ、慌てて扉を開け放ち中に転がり込む。
ホコリっぽい臭いの、ほの暗い部屋は、部屋のほとんどがカーテンで占められていて、角部屋のようだった。掴まれていた、ヒリヒリする手を気にしながら妹君に目をやれば、ベットサイドで主に背をさすられる、雪のようなプラチナブランドを背中に流した美少女が苦しげに咳き込んでいた。
優しげな緑の目は兄妹同じだ。しかし、病人が過ごす場所として、この部屋はいただけなかった。
ホコリっぽい絨毯に、よどんだ空気、不潔とは言わないが、清潔かというと、首をかしげなければならないリネン類。それと、インチキ臭い治癒と傷病を和らげるまじない。
それらを見やって、まずは衛生観念から主に叩きこまねばならないな、とすぐわかったのだった。
仕方なく主を押し退け、咳き込んで止まらない妹君の側に寄り力を行使する事にする。
お役所にバレたら罰金モノだが、非常事態だ。まあ、黙っていれば、問題は無い
指先に集まる蛍のような光をそっと背中の気管から肺の当たりに刷り込んで、みるみる吐きそうなほどの咳が収まっていく妹君に、やっと 主が 落ち着いたようだった。
しかし ホコリっぽい。
掛け布団も湿気ているし、部屋じたいもホコリっぽい。
「…主殿。」
はやくこれらをなんとかしたいが、いろいろ取り決めを決めて役所に届出る前にごちゃごちゃしたら、ほんとに厄介なのだ。
「ぁ、ありがとう、どうやったんだ、」
「…流れが悪かったから治したんです」
「?、流れ?」
だから、
とっとと枷にはめて、管理(契約)してますって証が欲しかった。
「主殿。首輪、頂けますか?」
*
室内には、妙な緊迫感が走っていた。
咳き込んでいた妹君は、その顔をまるで陶器人形のようにピクリとも変えず、ふと兄である青年に視線をやって、鳩が豆鉄砲食らったみたく微動だにしなかった兄がその視線に気づき、あらぬ誤解を受けそうな予感に怯えながら、どーにかこうにか
「…えーと、そんな趣味はないです、」
と、絞り出したのだった。しかし
「は、?」
一刀両断するかのような冷たい、どこかイラついてらっしゃる切り返し
「あ…あのね、その…女の子に首輪とか…」
なにか、勘違いでもしているのかと恐る恐る説明すれば
「役、…規則で 決まっているんです、」
すこし、空気を和らげて口にした悪魔に
「規則…」
妹君も理解したようであった。しかし、新たな出費の予感にフィルベルトはちょっと頭を痛めながら、それでも犬の首輪のような物だけは避けようと、年頃の女の子がしそうな物を提案するが
「あー…首輪か、首輪…チョーカー、ネックr、」
悪魔が一瞬、顔をしかめた。ネックレス、それは貴金属の寄せ集めだ。
「いや、他になにか、」
慌てて、話題を変えようと、他になにか無いかと考えるより先に麗しの妹君から
「兄様、サイドチェストにリボンがありますわ」
と、救いの手が差し出されたのだった。それに、悪魔は少し押し黙ってから
「…ほどけてしまいます」
小さく意見するも、
「結び直せば良いじゃありませんか」
まるで結び直すのも楽しみだと言わんばかりに微笑まれて、ぐぅの音も出なくなった。強ぇ
ベットサイドの小さな、チェストから繊細で、滑らかな五センチはある幅広い青いリボンがするりと取り出され、そのまま主に手渡された。それがスルリと首に巻かれ
「ッ、ふ」
あつい指先が、首筋にかする
「……、」
なんとも言えない気恥ずかしさとくすぐったさ、もたつく主に眉間にシワが寄る。
「兄様、」
軽やかなその声が空気を震わせ、リボンが妹君にバトンされ速やかに蝶々結びされるまで、鳥肌が立ちっぱなしだった。結び終わると、思わず詰めていた息を密かに吐く。
「…はー」
「まあ、きれいね。きっと赤やピンクも似合いますわ、明日は、どんなリボンにしようかしら」
やっと終わったトコなのに、これがどうやら毎日の行事になるやも知れぬ発言にすがるような気持ちで妹君を見つめるが
「…」
「眠るときには、きちんと外さないと汗疹になってしまいますわ」
顔に、出ていたのだろうか、
「……ハイ、」
花もほころぶような笑顔でやんわりと、しかし断りきれないごり押しに悪魔はうなずく事しか出来なかった
。強ぇ
*
幼いセシール嬢、麗しの妹君との短い面会をすませ、内心ぐったりしながら部屋を後にする。
灰色とオレンジ。黄昏時に差し掛かったホコリっぽいにおいの薄暗い廊下を主の後について歩き、床がかん高くキイキイきしむ音を聞きながら、この人は、アクマについて知らなさすぎる、と実感していた。
とりあえず仮契約として形だけ首輪、つーかリボンは頂いたが、本来は逃げられないよう鋼鉄や金属に革の物をガッチリとすべきであり、逃げるとすれば好都合だが、漬け込む隙が多すぎて逆に不安になってくる。
逃げたとしても路頭に迷うし、捕まりでもしたら頭の片隅に殺処分される虎や獅子がちらほら浮かぶ。
色々、試されている、気分だった。
だが、わざわざ幼いセシール嬢を…虎に触れさせたりするのだろうか?指を食いちぎられるかも知れないのに?
「ンぶッ、」
煮えきらない思考に耽っていると、どすん と柔く温かい壁に鼻からぶち当たって
「ぉ、スマン すまん」
立ち止まった主が、ぽふぽふと髪に触れる。距離が近すぎて勘違いしそうだった。人間扱い されている気分だ。
グッと眉間にシワがよった。
影が濃く、宵闇が近づく室内で、うつむいた顔は見えはしないだろう。表情を取り繕って、顔を上げ視線がかち合えば、主が優しくほほえむ。
「はら減ったろ?飯にしようか。」
そう言って手を引いて、食堂らしき、青にクリーム色を混ぜたような錆び付いた戸を、押し開く。
金属の蝶番がたてる、ギュイイと耳障りな音を聞きながら、一歩中に入れば、そこは…腐界じゃねーか。コンニャロウだった。
えづきそうな痛んだ食べ物のにおい。
四角い箱のような、かつては真っ白い壁だったのであろう部屋は、天井が 煤で黒い。
床と、膝下までの板張りの室内はどうやら
「な んだ、この臭い…、」
あまり、手入れというか、主は寄り付かないようだった。
「………………あー、なんか、……買ってこようか、缶詰しか無事そうなものが」
ガガガと、簡素ながら繊細な細工の施された木の椅子が引かれ、気恥ずかしそうに席をすすめられる。
無理矢理室内に運び込んだらしい7人掛けのテーブルに難儀しながら、その椅子に座る。
目の前に、手のひら大の挽き肉の缶詰と桃のシロップ詰め、豆の缶詰がゴロゴロと置かれてゆき、
「これは、食べてもいいんですか?、」
と、一応聞いてみる
「あ?いいよ、いいよ。好きなのから食べてって?本と悪いけどそれしか無いんだよね、」
苦笑いしながら振り返った主を横目にやはり知らないかと、か細く長く落胆しながら息を吐く。
「、…そうではなく」
私の声色がかわったのがわかったのか、どこか不思議そうな真面目な顔をした主は
「私は、普通の…こちらの一般的な食べ物は、口に出来ないのですが」
そう言った私を見て、驚いた顔をした。主から、私が何を言ってるのか解らないと言う視線が注がれる。
仕方なく、教師役を買って出て
「、少しアクマについてご説明いたします。座っていただけますか?」
なるべくわかりやすいように話すことにした。
邪魔だったので、ガココッと目の前に山積みされた缶詰を主の方に押しやる。一瞬 主の視線が、ちらと缶詰を見たのに気づいて、
「…食べながらでもかまいません」
と、1つ肉の缶詰に手を伸ばし カコンと開けて差し出す。席に座ったのを確認して先ずは、
「アクマについて何をご存じですか?」
食べ物の話の前に、何を知っているのか探るところから始める事にした。器用にナイフを操って缶詰をひとつ空にし、主は考えているようだった。
二つ目の豆の缶詰に手を伸ばし、それを半分平らげるとゆっくり言葉を選んで話始める。
「…聞いた話だが、」
それは、噂話。
「むかし近衛騎士のご子息が、出世のために悪魔を手に入れたそうだ。彼は ある実験に手を出したが、それは手に負えるものではなくてな」
ゴクリと豆を飲み込んで、主は私を見つめる。
「ほう、うわさ話ですか、それから?」
「ああ、結果だけ言えば、彼は死んだそうだ。悪魔の力をコントロール出来ずに」
よく聞く話だと、とぽつりと思う。だが私の知っている話は近衛騎士ではなく貴族で…彼は、王族に連なる尊いお方だった。
「アクマは、力の固まり、異世界から呼ばれたもの」
「それから?」
いつの間にか話が終わって、それくらいかなと呟いた主に噂話だけかよ、と落胆する。実質、何も知らないに等しいじゃねーか。
「チッ とりあえず、アクマにもランク付けが在ることからお話いたします」
機嫌が悪そうな私に、食べるのをそっと止めて主は音を立てずにテーブルにナイフを置いた。
薄暗い台所、蝋燭の明かりも無く段々と宵に染まる室内は ひやりと気温が下がってゆく。
「まず秀、優、良、普、可、不の6つ。これは力のランク付けで」
冷たい机越しに向かい合って、口頭で教えられそうなことだけ伝えて
「次に危険度ですが、1から7までの星によって表します」
ほの暗い中、主が聞いていることを目を合わせ確認しつつ
「なんか、果物の選別みたいだな…」
「…で、七つ星が一番安全で一ツ星になると正直、研究室…あの牢獄から出される事はまず、ありません」
ざっくりと話を進めてゆく
「この振り分けは、はっきり言うとその悪魔の性格つか気性と…主食によって振り分けられます」
「気性か、」
「ええ、悪魔の中には人を憎み、その血と肉と魂さえも喰らうものも居ますから」
そう言えば、やっと危機感の薄い主が強ばったのがわかった。
「…、」
今さらかと思いながら一応さらに脅して、
「悪魔は、猛獣です。正直、貴方は私を妹君に近づけるべきではないし、早く契約でもって私を縛り付けるべきです。」
遠回しに、ちゃんとしてくれと伝えてみる。
「…研究室で、したものは?」
「あんなのは人間同士の契約であって、私には関係ないに等しい」
牢獄での口約束か、でなければあの後、馬車に乗る前に応接室にて書かされた書類についての事だろうと当たりをつけてそう言えば
「、その契約とは?」
と聞かれ、
「…まず、名を下さい。後、首輪はこんなものではなく、鎖で繋いでおける丈夫なものを」
ポイントだけ、押さえて伝えれば、返ってきたのは
「、またアザになるぞ」
「…は、?」
よくわからない、返答だった。
「いや、首輪は…」
どうやら、首輪は抵抗感が強いらしい主に
「…だったら何かこう」
「こう?」
無い頭をひねって、言葉を並べていく。
「四六時中、身に付けれるようなもので、なにか外せない物を…下さい。」
うっすらと何か勘づいたような顔をして、何も言わず聞き耳を立てる主に
「…首輪ってのは、悪魔を縛り付ける媒体になるんですよ、悪いことしたら首がしまったり千切れる呪いを、あーもう。」
めんどくさくなって、ガシガシと頭をかきむしる。
「スイマセン」
それに小さく謝った主に、さらに説明しようとするも、言葉が見つからない
「…なんしか契約したっていう形を目に見えるもので残して、こう固定するんです。」
「楔みたいなモノか、」
必死に説明し、少し納得してくれたらしき主の言葉にかぶせるように
「ええ、家畜を鎖で繋いでおくためにはひつようですから」
そう言えば、彼は、何故か痛ましそうな顔をした。
*
薄暗がりを手を引かれ、床をきしませながら主の後について行く。
日が暮れた室内は、本物のお化け屋敷と化して、本当に廃墟じゃないのが不思議だった。
そうして、1つの簡素な扉の前に立つと主が扉を開いて、室内からはぶつかった時に嗅いだ主の匂いがした。どうやらここは主の自室のようで、ベットと、ホコリをかぶった掃除用具入れに部屋の広さと、もう1つの備え付けの簡素な扉から、使用人の部屋じゃねーの?と当たりをつけた。
嘆かわしいというか、貧乏。
よく、悪魔との面会が出来たなと思いながら、長い長い順番待ちの末にようやくたどり着いた様がありありと脳内に浮かんだ。
本来そんなものは、役人に多額の袖の下を渡せば3日でスルーできるが、そんなものがあるようにゃ、見えない。
もう1つの簡素な扉。つれられるままに抜け出ればそこは、ホコリをかぶった服や装飾品が棚やラックにところ狭しと並べられた、ウォークインクローゼット、衣装部屋であった。
思わず、指先から灯りがわりに魔力を放って、よく見ようと、辺りを見回る。
その時主は面食らったように私を見て、ゆらゆら蛍のように舞う こぶし大の光に見とれ
「これは?」
そっと指先で触れては、感触を確かめていた。
「はい、そうでごさいます」
事務的にそう答えて、目は数ある服を見てまわり、ホコリは被っているがきらびやかな装飾品に釘付けになっていた。
服はゴミが多いが、スタンダードになった形の服も多いから、手入れをすれば着られる。
装飾品も型は古いが、職人の工房にもってけば今の流行りの形にしてもらえるだろうしなにより、服も貴金属も一級品ばかりだった。
「きれいだな、」
ぼそり、呟いた主に振り返る。
幻想的な光の中、アーチのついた窓辺にたたずみ微笑みを浮かべて、ふと、彼がこちらの視線に気づく
「ああ、ごめん。」
そう言って こちらに歩み寄り、ぽふと頭に手を置いた。
「いえ、夢中になったのはワタ、」「敬語は、つかわなくていい」
答えようとした言葉に被せて、私に目線を合わせるように膝を折った主が 言い聞かす。
「ですが、」
「いいんだよ、」
微笑んでそう言って、頭から手を離す。思わずその手を目で追えば、棚から何か貴金属の入った紙箱を取り上げ、再び膝を折ると目の前で箱の中身を見せつけた。
灯りを手元に寄せ、マジマジと見つめる先に在ったのは、銀糸で織り上げられた首輪。それを私に持たせると、別の箱からは、とろりとした光沢を持つ翡翠色のチョーカー。
しばらく言葉を失って二つを見合わせ、主を見上げる。
「あ、気に入らない?」女の子の趣味は解んないからなあ、と苦笑いしながら、棚をあさる。
?お んな のこ、久しぶりに聞いた言葉、だった。
どうやら彼は私が気に入るモノを、探してくれようとしているらしい。
まさか、自ら隷属の首輪を選ぶ日が来るとは。
もうもうとホコリが舞うなか次々引っ張り出す主の手を引いて、おもむろに一番初めの髪の毛より細かい金属の糸で編まれた、銀糸のチョーカーを差し出す。
「へ?、それでいいの?」
頭にもホコリを被りながら不思議そうにこちらを見て、押し付けたチョーカーを受け取ったのを見て髪をかきあげ、何も言わず うなじを晒した。
「…あぁ、はい。うん。つけたげるよ」
どこか笑いを含んだ声を聞きながら、熱い指先がかするのに堪えつけてもらう。
「…、」
くすぐったい。カチャリと金具が留められ、まるであつらえたようなソレにそっと指先で触れて滑らかで吸い付くようなつけ心地に満足する。
すると、気がつけば主がホコリまみれの全身鏡をガタゴトと奥から引っ張り出して、なにしてんだ、とジト目で見つめながら、わざわざ鏡まで持ってきたお人好しに 微笑んだ。
一瞬、主は目を見開いてから、にっこりと笑い返してくれた。
そうして一大イベントも半分が終わり、明日また ご飯を食べてから続きをという話しになって、主の寝床に戻ってきたのは良いものの。
妹君のセシル嬢に食事を取らせに行ったきり、二時間帰って来やしねぇ。
ベットへ案内され、まさか一緒に、なんて無駄にドギマギした心臓の鼓動を返しやがれとブチぎれそうになりつつ、あいつ、何処で寝てんだと不安になってきた。
だって、ここはお化け屋敷と見間違うほどの廃墟、じゃなくてボロ屋敷。
他に寝れそうな部屋なんて無さそうで、しかたなくベットから降りて迷子防止に悲鳴を上げる戸を開け放ち、キシむ廊下を歩いて真っ暗な屋敷内を進んでいく。
お化けでたら嫌だなと若干怯えつつ、うろ覚えのセシル嬢の部屋に足音を殺してにじり寄る。
そのとき階段の踊り場に―――なんかッ、居た。
「ヒッ」
悲鳴は辛うじてこらえた。
とっさに指先に魔力を、放って―――バスケットボール大のそれに照らされて、うつらうつらしてた主は叩き起こされたようで
「は、えっ?」
無言で見詰め合いながら、自分の部屋を自分から譲る、文字どおり寝ぼけたバカになんとも、言えない気分にさせられ、苦笑いしながら首根っこ引っ付かんて、寝室に引きずり込んでやる事にした。
*
清々しい朝だった。ベットに主を蹴り入れ、強制的な眠りを強いて、規則正しい寝息を聞きとどけ近場に在ったホコリっぽいソファーに横になった
ハズなんだが、温いなあと思えば主の腕の中で布団にくるまれて、小さくクシャミしたむき出しな主に布団を分けてやり、どうにか手の内から抜け出した。
目の前に迫る寝顔に起き抜け早々ド肝を抜かし、バッチリ目覚めた今。二度寝する気がわかない。
力一杯ため息をつくと、悲鳴を上げる戸をなるべく静かに開き、廊下に出て階段を降りて、玄関から外に出た。
そよ吹く風が髪を揺らし、目を細める。契約は半ば、本契約には至ってない、けれど
そこで考えるのを止め、庭に雑草のように放置された一重咲きのバラを手にとった。指先に魔力を込め、プチンプチンと切り取って摘んでいく。
そうして、一株から取りすぎないよう満遍なく両手一杯になったところで、花弁に口づけて
―――まるで花が、早送りされたかのように萎み枯れ散っていく。
たくさん食べても腹一杯にはならないが空腹は、紛れた。1分も立たずにあらかた平らげると枯れた花を手放し、手を合わせた。
「…いただきました、ごちそうさまでした」
早口に言い捨て、その場を離れて、今朝の主の事を思いだし腹が鳴った。
あのくらい食べたら、2日は要らないが『ごちそう』は、別腹という訳か
首筋の薄い皮膚の下。流れる熱い血潮。
思わずグッと眉間にシワが寄って、その考えを振り払った。
寝床に戻ると、まだ眠りの中に居る主を確認し、起こすのも忍びないので、屋敷の中を見て回ることにした。といっても、昨日使った場所を巡るだけだが。
先ずは二階の妹君の部屋まで寄って、眠って居るのを確認し、廊下を戻って一階へ。
台所は腐界のまま、何も見なかった事にして風呂場へ。
一歩中に入ると冷えきった室内。
灰色の水をたたえるバスタブに、洗ってねぇ。と悪態を吐きつつ、とりあえず寄っていって、水を抜く。
石鹸かすのついたそれに鼻にシワを寄せて、暇な次いでに掃除でもしようと、短いワンピースの袖を捲った。
*
ゴトゴトと音がする。
眠たい目を擦って、いつのまにか一人で寝てた寝台から起き出して―――よそ行きの服のまま寝てた自分に、主ことフィルベルトは撃沈した。
シワが、寄っている…だが、それよりも重要な事を思い出して、見当たらない悪魔を探して、フィルベルトはのたのたと着替え廊下へと一歩踏み出した、のだが。
廊下には、はたきが、はたきが独りでにホコリをはたいて…室内は窓という窓が全開で、しなやかな木の棒が絨毯を打ち付けチリを叩きだし。
廃材らしきベニヤ板?がハタハタとホコリを外に扇ぎ出していた。
何事か、階下ではホウキまでもが床を掃いて居るのが見えて、何も言わず一旦、扉を閉めて首をかしげた。
何事か。
いや、元凶というか犯人は昨日やってきた悪魔しか思い当たらないのだが、恐る恐る廊下に出れば、独りでに働き回る掃除道具と家の汚さになんとも言えない気分になりながら、とりあえずセシルの様子を見に行って。
部屋まで目と鼻の先に来ると室内からは、きゃっきゃっ弾むセシルと柔らかく食事を促す悪魔の声がして、足が早まった。
ノックも手短に返事も待たず扉を開け放ち、ホコリを中に入れぬよう手早く中に滑り込むと、
「あら、にいさま」
ずいぶんと平和な、和気あいあいとした和やかな雰囲気で
「うん、おはようセシル」
と、ほほえんで何か色々飲み込んで取り繕う事にした。
色々、聞きたいことはあるのだが、
悪魔は今ベットに乗り上げ、忙しなくハーブを塩と油とベーコンを合えてあるらしいサラダやらパンのお粥を親鳥のようにセシルの口に食事を運ぶ。
庭に在ったハーブを摘み、毎朝玄関に届けられる食材を使ったのだろう、それを眺めながら、手持ちぶさたにそわそわする。
「、か、替わろうか?」
何時もは自分の仕事なのだが、なんだか――妹を取られたようで、すると悪魔は手をとめ
チラリこちらに視線をやると、
「少し、失礼致します」
セシルに、スプーンを渡し膝にトレーを載せた。
食事するセシルに溢すんじゃないかとハラハラしながら見守りそわそわする。
それを横目に、いつの間にか悪魔は脇に立ち
「、台所に、まだ暖かい食事をご用意しております」
と袖を引き、威圧的にそう言った。なんだか くたびれても見える。しかしセシルを一人食事なんてと口にしようとして
「あ?ああ、セシルと」
「お兄様、この後お仕事でしょう?」
早くお食べになってきて?と食事の手を止め、上目遣いにそう言われてしまい
「ん、んー…わかったよ、」
しかたなく、髪をひと撫でし 袖を引かれるまま部屋を後にした。
廊下に出たとたん、まだ ホコリが舞う室内に目を細め 口を袖で覆う。チラリ、悪魔がそれを見て口早に
「…勝手な事をして、申し訳ありません」
と謝ったのだった。なにを、謝ることがあるのだろう?
訳がわからずその視線を捉えれば、眉間にシワを寄せられ、そうして浅いため息を吐かれると スタスタと先を急ぎ始めた。
置いてかれる。
慌てて追い付き、隣に並んで階段を下りて、台所にたどり着いた。
扉を開け、一歩踏み込めば、そこはお湯と乾いた布と石鹸の臭いがした。…綺麗だ。嫌な臭いも、天井のススすら、薄い灰色を残すのみであった。
艶々の皿がテーブルに並べられ、湯気をたてるパン粥とサラダ、セシルには付いてなかったチーズが削られ それぞれに振るわれた。
「味は保証いたし かねます」
キッパリとそう言った彼女に、昨夜の『人の食べ物は』の会話を思い出しながら、恐る恐る口にする。
悪くない、むしろ優しい味で好ましい。
店屋物以外の暖かい食事は久しぶりで懐かしいく、ゆっくりと空っぽな胃に落とし込みながら、鍋に余分に在った分まで空にして、ようやく一息ついた時、彼女は待ちかねたかのように
「お食事が済んでスグに申し訳ありませんが、(とっとと)残りの契約片付けませんか?」
と、軽く前のめりで そう言ったのであった
*
朝の光のなか、ホコリがキラキラと舞い。窓を開ければ、引き締まるような澄んだ空気が流れ込む。
今朝がた、清潔に片付けられた食堂を兼ねた台所は、まるで聖堂のように凛とした空気をたたえ、日に透けオレンジ色に髪を輝かせた青年は、そっと口を開いた。
「なぁ、そのさ。名前だけどさ」
「なんでもかまいませんよ?」
即座に答えた悪魔に焦れたように、そーじゃなくてさ、と言い募る
「君の、名前は?」
悪魔と呼ばれる少女は面を食らったように、青年に視線をやった。
まるで、その顔が何を言っているんだとも言いたげで、しかし、呆れたように苦笑いしながら机に視線を向けると、小さな声で答えたのであった
「ヒヨリ、です。ヒヨリ タナカ」
そうして、契約は施行された。
悪魔は主の舌が回らなかった為、ヨリと呼ばれ、
青年はようやく悪魔の契約者、『悪魔使い』の初めの第一歩を踏み出したのであった。
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