悪役令嬢ですが、婚約破棄の現場で実況解説がうるさくて頭に入りません
事の起こりは、十六歳の誕生日の夜だった。
夢の中に現れた神と名乗る髭の老人が、ヘラヘラと笑いながらこう告げてきたのだ。
『やあロザリア君! 君は乙女ゲームの悪役令嬢に転生したんだよ。数年後には婚約破棄されて追放される運命なんだけど……まあ普通に見てても退屈だからさ、君の人生にプロの実況と解説をつけておいたよ! 楽しんでね!』
『いらん嫌がらせすんじゃないわよバカ神!!』と叫んで跳び起きたが、時すでに遅し。
それ以来、ロザリアのピンチやイベントのたびに、脳内で勝手にハイテンションなスポーツ中継が始まるようになってしまったのだった。
◇
「ロザリア・フォン・バレット! お前との婚約を破棄し、この聖女エマを新たな婚約者として迎える!」
そして迎えた本日。大錬成陣が刻まれた学園の大講堂で、第一王子フェリクスの朗々とした声が響き渡った。
周囲の貴族たちがざわめき、フェリクスの隣では可憐な聖女エマが儚げに微笑んでいる。
本来ならば、ここから悪役令嬢ロザリアの絶望と落胆のドラマが始まるはずだった。
……はずだったのだが。
『さあ始まりました断罪イベント! 実況はわたくしフルータティがお送りいたします! 解説には元・悪役令嬢のジルベール男爵夫人をお迎えしております。夫人、よろしくお願いします!』
『よろしくお願いいたします。いやぁ、それにしてもフェリクス王子の立ち上がり、非常にキレがありますね』
(……始まったわよ。あのバカ神のせいで、よりによって一番大事な場面で!!)
ロザリアは絶句した。
脳内に直接響き渡る、無駄に高音質なプロのアナウンサーと解説者の声。
「聞こえているかロザリア! お前がエマになした数々の悪行、逃れられぬ証拠が揃っているのだ!」
胸を張るフェリクス王子。しかしロザリアの脳内では——
『おっとー! 王子フェリクス、開幕早々アグレッシブな罪状アピール! 顎の角度は圧巻の45度! ナルシシズムが溢れ出ております!』
『そうですね、ただ重心が少し後ろに寄っていますから、ロザリア選手のカウンター一発で体勢を崩す危険がありますね』
(うるさいうるさい! 神様、マジで解説切って!? 集中できないんだけど!?)
ロザリアが困惑して頭を押さえると、王子はそれを「罪を認めた絶望」と勘違いしたらしい。
「ふはは! どうだ、反論もできまい! エマのドレスを汚し、階段から突き落とそうとした罪、万死に値する!」
『さあ、王子が必殺の連続攻撃ラッシュを叩き込む! 一方、ロザリア選手は頭を押さえてガード姿勢! これは効いているのかー!?』
『いや、フルータティさん。ロザリア選手はまだ余裕ですね。眉間のシワの寄り方を見るに、絶望というよりは「単にうっとうしがっている」目つきです』
『なるほど! 熟練の受け流しだーっ!』
(正解だけど!! 解説が的確すぎて余計に腹立つわね!)
ロザリアは深く息を吐き、体制を整えた。
とにかくこの場を穏便に収めなければならない。彼女は淑女の微笑みを浮かべ、優雅に頭を下げた。
「フェリクス殿下。私にそのような覚えはございませんが……殿下がそうお望みとあれば、喜んで婚約破棄をお受けいたしますわ」
波風を立てず、スムーズに身を引く完璧な対応。
のはずだった。
『出たーーーーーっ!! ロザリア選手の十八番! 「静寂の聖母スマイル」からの「一刀両断の受諾」だーーーっ!!』
『素晴らしいですね。怒るでも泣くでもなく、一瞬で王子を「どうでもいい存在」として処理しました。王子のプライドへのダメージは計り知れません』
「な……っ!?」
フェリクス王子が言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にして後ずさる。
「お、お前……なぜ泣かない!? なぜ『嫌です殿下、私を捨てないで』と縋り付いてこないのだ!? ほんの少しは……引き止めるフリくらいしたらどうなんだ!?」
『あーっと! 王子自爆! 自ら「追いかけてほしかった」という格好悪すぎる未練を丸出しにしていくスタイルーっ!!』
『これは痛い。王子の威厳が目減りしていく音が会場中に響き渡っております』
(解説のせいで王子の惨めさが倍増してるのよ!!)
ロザリアは思わず吹き出しそうになるのを必死で耐えた。
するとここで、王子の隣にいた聖女エマが動いた。
「殿下、かわいそうに……っ」と涙を浮かべ、ロザリアを睨みつける。
「ロザリア様! あなたはどうしてそんなに冷酷なのですか!? 殿下の真心を踏みにじって……私、悲しいです!」
『おおっと! ここで聖女エマ選手、場外からの乱入だーっ! 得意の「被害者アピール」で会場の同情を買おうという腹づもりか!?』
『うーん、ですがフォームが甘いですね。涙の量が多すぎて、かえってあざとさが目立ってしまっています』
(ちょっと、解説の分析が容赦なさすぎるでしょ!)
エマのあざとい演技にイラッとしたロザリアは、ふっと目を細め、静かに首を斜め45度に傾けた。
知識と淑女の嗜みとして叩き込まれた、完璧な角度である。
そして、儚げな溜息をひとつ落とした。
「……エマ様。殿下の真心を奪ったのは、どなたでしたかしら?⋯⋯愛するお方の心が私から離れていくのを、ただ黙って見守るしか出来なかった私の悲しみが……あなたにお分かりになりますの?」
『出たぁぁぁぁぁッ!! 伝承の必殺技! 「悲しみの斜め45度首傾げ」からの「悲哀のヒロイン演舞」からの「同情総ざらいカウンター」だーーーーッ!! 会場の貴族たちが全員泣いています!』
『完璧です! 角度、光の当たり方、声のトーン、全てが美しすぎる! 会場の貴族たちの心が、一瞬でロザリア選手に奪われましたよ!』
実際、大講堂の貴族たちから「……確かに」「悪いのは略奪した聖女では……?」「ロザリア様、なんて凛として美しいんだ……」と、どよめきが起こった。
「くっ……ひぐっ……!」
撃沈したエマがその場に泣き崩れる。
『エマ選手、K.Oノックアウト! 自分の放った矢が自分に突き刺さったーっ!』
『ロザリア選手、ノーダメージでの完全勝利ですね。圧倒的な格の違いを見せつけました』
しかし、ここで終わらなかった。
泣き崩れるエマをそっちのけで、フェリクス王子がロザリアのもとへドレスの裾を掴まんばかりの勢いで駆け寄ってきたのだ。
「ロ、ロザリア! 待ってくれ! 違うんだ、私は……私はお前が嫌いになったわけじゃないんだ!」
『おっとー!? ここで王子フェリクス、なりふり構わぬ猛追すがりつきだーっ!! 新パートナーの聖女を放置して元婚約者に一直線!!』
フェリクス王子はガタガタと膝を震わせ、大講堂の真ん中で見事なスライディング土下座を決めた。
「お前が完璧すぎるのが悪いんだよおぉぉ! 何をやらせても隙がなくて、失敗もしなくて……お前が完璧すぎて可愛げがないから、もっと私を頼って欲しかったんだ! エマみたいにドジで『殿下助けて〜』って縋りついてほしかったんだよ!!」
『で、出たーーーーッ!! 男の身勝手な自己弁護! 「お前が完璧すぎるのが悪い」という最上級の責任転嫁(逆ギレ)だーーーーッ!!』
『これはひどい。「男のプライドを満たしてくれなかったから浮気した」と大声で宣言しているようなものですね。審判(周囲の貴族)だけでなく、泣いていたエマ選手からもドン引きの冷ややかな視線が注がれております』
(理由がダサすぎて頭痛くなってきたわ……)
脳内の容赦ない解説と、目の前の情けなさすぎる王子の叫びに、ロザリアの精神力は限界に達していた。
「……フェリクス殿下。完璧であることを求められたからこそ努力してまいりましたが……それがお気に召さなかったのでしたら、なおさら私どもは破談にするのが正解でしたわね」
ロザリアは一切の隙を見せず、冷ややかな、けれど完璧な一礼を捧げると、王子の伸ばした手を優雅に回避してさっさと大講堂を後にした。
「ロザリアー! 頼むから少しはドジを踏んでくれえぇぇーーッ!!」
『勝者、ロザリア・フォン・バレットーーーッ!! 完全無欠の勝利で、見事フリーの身を勝ち取りましたーッ! 王子の見苦しい叫びが大講堂に虚しくこだましております!』
『素晴らしい戦いでしたね。今後の彼女のフリー生活に期待が膨らみます』
『それでは皆様、また次の断罪イベントでお会いしましょう! さようならー!』
(二度と会いたくないわよ!!)
脳内の声がスッと消え、ようやく静寂が戻ってきた。
こうして、悪役令嬢ロザリアは(本人は実況と王子の見苦しさに疲れ果てていただけなのだが)圧倒的な気品とトーク力で王子と聖女を叩きのめした伝説の令嬢として、末永く語り継がれることとなったのである。
(おわり)
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