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魔族の女王が転生したら聖女になっていた  作者: 白神 エル
第一章:静かな日々  ― そして、幼き聖女の力は目を覚ます ―

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3/5

小さな冒険を終えて

家の扉を開けた瞬間、いつもの匂いがした。

温かいスープと、木の香り。


——いつもと同じはずなのに。


今日は、少しだけ違って感じる。


「ただいま……」


声が、ほんの少しだけ小さくなる。


「おかえり、エリス」


奥からエノクの声が返ってきた。

それだけで、胸がきゅっと締まる。


——どうしよう。


言った方がいい?


でも——


(怖い)


靴を脱ぎながら、私は俯いた。


「……エリス」


名前を呼ばれる。

顔を上げると、エノクがこちらを見ていた。

その目は、優しい。


けれど——


「森に行ったな」


心臓が、止まりそうになる。


「……え?」


とぼけた声が出た。


「マリンと一緒に」


逃げ場は、なかった。


「……うん」


小さく、頷く。

エノクは一歩近づいた。

その視線が、私の手に落ちる。


「……その手」


無意識に、私は手を隠した。

さっきまで感じていた“何か”の名残。

まだ、消えていない気がしたから。


「何があった」


静かな声。

責めてはいない。

でも、逃がしてもくれない。


「……なにも、ないよ」


嘘だった。

自分でも分かるくらい、下手な嘘。

少しの沈黙。


それから、エノクはゆっくりと息を吐いた。


「……エリス」


その声に、叱る色はなかった。


「私は、お前を罰したりはしない」


——え?


「何があっても、だ」


その言葉が、胸に落ちる。


「……でも」


声が震えた。


「もし、変な子だったら……?

 普通じゃなかったら……?」


言葉が、止まらなかった。


「怖いって……思う?」


——本当は、それが一番聞きたかった。


エノクは、少しだけ目を細めた。

そして。


「……ああ」


一度、頷いた。

心が、沈みかける。


けれど——


「怖いさ」


続いた言葉は、静かで。


「理解できないものは、誰だって怖い」


——やっぱり。

エリスがそう思った瞬間。


「だがな」


エノクは、私の頭に手を置いた。


「それでも、お前はエリスだ」


言葉が、止まる。


「私が名を与え、ここに連れてきた子だ

 それは、何があっても変わらない」


胸の奥が、じんわりと熱くなる。


「……森で、何があった?」


今度の問いは、優しかった。


私は、少しだけ迷ってから——


「……マリンが、危なくて」


ゆっくりと、話し始めた。


「助けようとしたら……」


言葉を探す。


「……消えたの」


エノクの手が、ほんのわずかに強くなる。


「魔獣が?」


「……うん」


再び、沈黙。

エノクは、何かを考えていた。

神官として。


そして——

親として。


やがて、静かに口を開く。


「……分かった」


それだけだった。


叱られない。

拒まれない。


ただ——


「これからは、一人で抱え込むな」


その言葉が、すべてだった。


「お前のことは、私たちが見る」


その声に、私は小さく頷いた。


——けれど。


エノクの瞳の奥に、ほんのわずかな影が差したことに。

私は、まだ気づいていなかった。


その夜の食卓は、いつも通りだった。


スープの湯気。

パンをちぎる音。


エリスも、普段と変わらない様子で笑っていた。


——けれど。


エノクは、ほとんど味を覚えていなかった。

それから、皆黙って食事を済ますと


やがて、いつも寝る時間になった


「「おやすみ、エリス」」


「…パパ、ママ、おやすみなさい」


小さな足音が遠ざかり、やがて部屋の扉が閉まる。

静寂が、落ちた。

暖炉の火だけが、ぱちりと音を立てる。


「……話を聞いたわ」


クラリスが、先に口を開いた。

エノクは、しばらく何も言わなかった。


「あの子の力……ただの奇跡じゃない」


ようやく、低く言葉を落とす。


「治癒では説明がつかない

 存在そのものに干渉しているような……」


神官としての言葉だった。

クラリスは静かに聞いている。


「神殿に知られれば——」


その先は、言わなかった。

言わなくても分かるからだ。


「ねえ、エノク」


クラリスの声は、穏やかだった。


「あなたは、どうしたいの?」


問いは、まっすぐだった。

神官としてではなく。

一人の人間として。


エノクは目を閉じる。


「……分からない」


正直な答えだった。


「あの子を守りたい

 だが、あの力が何なのかも分からないまま——」


言葉が途切れる。

守ることが、正しいのか。

隠すことが、正しいのか。

その答えは、まだ出ていない。


「私はね」


クラリスが、静かに言った。


「もう決めてるの」


エノクが、顔を上げる。

クラリスは、暖炉の火を見つめたまま続けた。


「あの子が何であってもいい

 普通じゃなくてもいい」


その声に、迷いはなかった。


「どんな力を持っていても

 どんな過去があっても」


そして——


「あの子は、エリスだから」


クラリスは言い切った。

エノクは、言葉を失う。


「怖いわよ」


クラリスは、小さく笑った。


「正直に言えば、とても怖い

 …でもね」


ゆっくりと、エノクの方を見る。


「あの子を一人にする方が、もっと怖いの」


その言葉は、静かに胸に落ちた。

エノクは、しばらく黙っていた。


そして——


「……お前は、強いな」


小さく呟く。

クラリスは、首を横に振った。


「違うわ

 ただ、あの子を好きになっただけ」


それだけのことを言うように。


エノクは、深く息を吐いた。

神官としての責務。


だが——

それ以上に。


「……ああ」


小さく、頷く。


「私もだ」


その夜。

二人の間で、言葉にしない約束が交わされた。


——何があっても、あの子を守る。


たとえ、それが世界を敵に回すことになっても。






————時は少しだけ遡って、エリスが部屋を出るところ


食事を終えたあと。


「「おやすみ、エリス」」


「…パパ、ママ、おやすみなさい」


小さくそう言って、私は部屋を出た。

木の階段を、一段ずつ上がる。

ぎし、と軋む音が、やけに大きく響いた。


——今日のことが、頭から離れない。


森の静けさ。

突然現れた魔獣。


そして——


(……消えた)


あの光。

自分の手を、ぎゅっと握る。


「……わからない」


小さく呟いて、扉を開けた。

部屋の中は、いつも通りだった。

小さなベッドと、窓。

カーテンの隙間から、夜の光が差し込んでいる。

その変わらなさに、少しだけ息が楽になる。

着替えを済ませ、ベッドに潜り込む。

毛布の中は、ほんのりと温かかった。


けれど——


目を閉じると、すぐに思い出してしまう。

マリンの驚いた顔。

自分の手。


あの、消えてしまった光景。


(……あれは、本当に私がやったの……?)


胸の奥が、ざわつく。

眠ろうとしても、意識が沈んでいかない。


——怖い。


そう思った、そのとき。

ふと、別の光景が浮かんだ。


「大丈夫よ」


優しく、頭を撫でてくれた手。


「エリスは、エリスでしょう?」


クラリスの、あの柔らかな笑顔。

胸のざわつきが、少しずつほどけていく。

握っていた手の力が、ゆっくりと抜けた。


(……ここにいて、いいんだ)


そう思えた。

外では、風が静かに木々を揺らしている。


その音に包まれながら。


私の意識は、少しずつ遠のいていった。


——やがて。


エリスは、静かな眠りに落ちた。

次回の更新は3月25日18時を予定しています

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