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【連載版】魔女の汚名を被ったとしても ~聖女の姉を救うため、過去へ戻り偽聖女と神殿への復讐を誓う~   作者: shiryu


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第8話 最初の企みを防ぐ



「それでは、そろそろ始めましょう」


 カルディスの声で、私たちは神殿の大部屋へ移動した。

 ベッドがずらりと並び、その上には患者たちが横たわっている。


「皆さま、本日はお二人の聖女様が、あなた方のために祈りを捧げてくださいます」


 神官が声を張り上げる。

 ざわ、と空気が揺れた。


「こちら側の列は、新聖女のミネルヴァ様が診てくださいます。こちら側は、エリシア様が」


 自然と人の列が分かれる。

 最初は好奇心からか、ミネルヴァの方へと人だかりが多かった。


(まあ、最初はそうよね)


 新しいものは、いつだって注目される。


「レイナは、そばで見ていてくれる?」


 お姉様が、不安そうにこちらを見上げる。

 私はすぐに頷いた。


「もちろんよ、お姉様」


 エリシアの列のすぐ側に立ちながら、私は首だけをわずかに傾けた。

 視界の端に、ミネルヴァと、その杖をとらえる。


(……さて)


 深く息を吸い――そこで、違和感に気づいた。

 お姉様の手首の銀鎖が、かすかに光った。

 透明な宝玉の奥で、淡い光がゆらゆらと揺れていた。


(……今、空気が少し、変わった?)


 闇魔法を学んでいるからか、真逆に近い性質を持つ癒しの力に敏感になったのか。

 何かが変わったような気がするが、よくわからない。


「それでは、こちらから始めましょう」


 最初の患者が、お姉様のベッドの前に運ばれてくる。

 腰を押さえて顔をしかめた、中年の女性だ。


「大丈夫ですか?」


 お姉様は、いつものように優しく問いかける。

 患者が小さく頷いたのを確認すると、そっと手を重ね、目を閉じた。


「神よ、その御手を……」


 祈りの言葉が紡がれ、淡い光がエリシアの掌から溢れ出す。

 だが――。


(……薄い?)


 私の知っている、お姉様の癒しは、もっと濃くて、暖かい。

 それは、患者に触れているこちらの肌まで温もりを感じるほどに。

 今、目の前で揺れている光は――確かに癒しの魔力を帯びているけれど、どこか「削がれて」いる。


「ふぅ……どう、ですか?」


 お姉様が手を離す。

 女性はしばらく身じろぎをし、それから申し訳なさそうに顔を上げた。


「あ、はい、楽になった気はしますが……まだ痛みが少し……」


「そう、ですわね。ごめんなさい、もう一度……」


 エリシアはもう一度祈りを捧げる。

 今度は、無理をして魔力を押し出しているのがわかった。


「お姉様」


 私は小さな声で呼びかける。

 お姉様が私を見上げたその目には、わずかな戸惑いが浮かんでいた。


「さっきから少し、変なの。力の通りが悪いというか……」


(やっぱりそうよね)


 視線を、さりげなく彼女の手首へと落とす。

 銀鎖のブレスレット。

 表面の光は穏やかだが、その内側で、別の魔力がぐるぐると循環している。


(周囲の癒しだけを薄めるように組んである……減衰陣、かしら)


 ヴァルト様の蔵書で見たことがある。

 特定の属性だけを鈍らせる、環境操作系の魔法具。


(お姉様の足を引っ張ろうとしているのね。新聖女のほうがすごいって印象を作るために)


 喉の奥が、じり、と焼ける。


「お姉様、そのブレスレット……少し、見てもいい?」


「え? ええ、いいけれど……」


 銀鎖の上に、自分の指先を軽く滑らせる。

 宝玉の奥に刻まれている魔法陣が、見えないはずの線を浮かび上がらせる。

 私には、それがはっきりとわかった。


「レイナ?」

「少しだけ、預かりますわ」


 私は笑ってみせると、するりとブレスレットを外した。

 そのまま自分の手の中に握り込む。


「えっ、で、でもカルディス様が……」

「『あまり効果がなかったので、儀式が終わったら返します』って言えばいいだけですわ」


 柔らかい笑みを貼りつけたまま、内心では冷たく吐き捨てる。


(神聖なるもの、ね。よく言うわ)


 今のままでは、お姉様の力が半分も出せない。

 この場で一番困るのは――患者たちだ。


 私はブレスレットをスカートの影に隠すと、足元の影に意識を沈めた。


(魔道具本体を壊すのは簡単だけど――)


 パキンと宝玉を砕いてしまえば、それで終わりだ。

 でも、そんなことをすれば証拠たる破片が残る。

 誰かが調べれば、すぐに「ここに何か細工されていた」と気づくだろう。


(だから、『上から布をかける』ように……)


 癒しを「鈍らせる」式そのものを、闇で丸ごと包み込んで働かなくする。


(式の輪郭は、ここ。魔力の流路は、こう……これで、遮断)


 黒い膜のようなものが、ブレスレットの内側をすっぽり覆っていくのがわかった。

 癒しの属性を食う減衰陣が、闇の中で窒息していく。

 手の中の宝玉から、先ほどまで感じていた嫌なざらつきが、すっと消えた。


「お姉様」


 私はブレスレットをそのまま握ったまま、顔だけ彼女に向ける。


「もう一度、お願いしますわ。今度は、きっと大丈夫」


「え、ええ」


 お姉様は不思議そうに私を見る。

 けれど、患者は目の前で痛みに顔を歪めている。

 迷いを振り払うように、彼女は再び手を差し伸べた。


「神よ、どうかこの方に――」


 温かい光、さっきよりも美しい光だ。


(……これよ)


 さっきまでと違う。

 肌を撫でるような優しい温もりが、波のように患者へと流れ込んでいく。


「……あれ?」


 お姉様自身も、それに気づいたようだった。

 驚いたように目を見開く。


 ベッドの上の女性が、ゆっくりと身を起こした。


「……あ、あれ。腰が……」


 恐る恐る腰をひねり、曲げ、伸ばす。

 先ほどまで苦痛に歪んでいた顔が、信じられないものを見るように変わる。


「痛く、ない……?」

「本当ですか?」

「え、ええ……! 本当に、軽い……!」


 女性の目に涙が溜まる。


「エリシア様、本当にありがとうございます……!」


 周囲から、ほっとしたような歓声が上がった。


(よし)


 ブレスレットの中は、完全に沈黙している。

 カルディスの思惑は、一つ潰した。


(あとは、もう一人の方ね)


 私はブレスレットを握ったまま、意識の一部を再び床の影へと落とす。

 黒い糸がするすると伸び、今度はミネルヴァの杖の影へと滑り込んでいく。


(魔道具そのものに干渉するんじゃない)


 ヴァルト様の言葉が脳裏に浮かぶ。


『直接いじくると、痕跡が残る。まずは周りからだ。空気の流れ、魔力の供給路、補助陣……そこを絞る方が安全だ』


(わかってるわ、師匠)


 杖の周囲に張り巡らされている、目に見えない魔法陣の残滓。


 それを、闇でそっと覆う。

 布をかけるように、光を鈍らせる。


 杖自身の魔力は、そのまま。

 けれど、確実に弱くなるように。


「ミネルヴァ様、こちらの方の診察を」


 神官に呼ばれ、ミネルヴァが最初の患者の前に立つ。

 痩せた中年の男だ。

 咳が止まらないようで、肩を震わせている。


「お辛かったでしょう」


 ミネルヴァは杖を軽く掲げ、祈りの言葉を口にした。

 杖の宝玉が、柔らかな光を放ち始める。


(さあ、どこまでできるのかしら)


 私はお姉様の列の方に視線を戻しつつ、意識の半分をミネルヴァの方に残した。


「ふぅ……どうですか?」


 ミネルヴァが問う。

 男はしばらく息を整え、それからおずおずと答えた。


「あ、ああ……少し、楽になったような、気がします。ゴホッ、し、失礼しました」


 曖昧な返事。

 その顔色は、ほとんど変わっていない。

 周りの人々の反応も、どこか微妙な空気だった。


「治ったのか?」

「さあ、よくわからないわね」


 囁き声の中に、わずかな疑問符が混じる。


(ふふっ)


 完全に無効化はしていない。

 だから「何も起きなかった」と言われるほど露骨に邪魔をするつもりはない。

 あくまで、「聖女の癒しの力では物足りない」程度に。


「では、次の方を」


 ミネルヴァが二人目、三人目と治療していく。

 どの患者も、「楽になったような気がします」「たぶん……」といった曖昧な反応ばかり。


 対照的に――。


「ああ、エリシア様……ありがとうございます……!」


 お姉様の前に来た患者たちは、目に見えて顔色を良くしていった。

 長年関節痛に苦しんでいたという老人は、立ち上がってひざを曲げ伸ばししている。


「痛みが、消えた……!」

「そんな、夢みたいだ……!」


 周囲から、驚きと歓声が上がった。


「エリシア様、こっちにも……!」

「順番を守ってください、押さないでください!」


 神官がそう制すほど、列が膨れ上がる。

 ミネルヴァの列から、じわじわと人が流れてくるのがわかった。


「おい、あっちの新しい聖女様はどうなんだ?」

「さあ、俺の知り合いは、あまり変わらなかったって……」

「やっぱりエリシア様のほうが……」


 そんな声が、何度も何度も耳に届く。


(当然よ、あちらは偽物で、お姉様は本物なんだから)


 心の中で呟きながらも、表情は変えない。

 私はただ淡々とお姉様のそばに立ち、必要なときに水を運んだり、枕を整えたりしていた。


 ふと視線を横に向けると、ミネルヴァの笑みがほんの少し強張っているのが見えた。

 カルディスは、無理やり拍手を誘導するように声を張り上げている。


「新聖女ミネルヴァ様の奇跡に、感謝を!」


 けれど、その声に応じる拍手は、どこかまばらだった。


(奇跡、ね)


 私は足元の影をそっと撫でる。


(偽物の奇跡は少し布をかけてやるだけで、すぐに薄汚れて見えるものよ)


 それに比べて、お姉様の癒しは――。


「大丈夫ですか?」


 お姉様が、まだ幼い少女の額に手を当てる。

 高熱でうわごとを言っていたその子は、ぐったりしていた身体に少しずつ力を取り戻し、うっすらと目を開いた。


「……おねえちゃん……」

「ええ、もう大丈夫よ」


 優しく微笑むお姉様の姿に、周囲の空気がふわりと和らぐ。


(この光は、本物)


 誰がなんと言おうと、それだけは揺るがない。

 私が弄ぶのは、偽物のほうだ。

 それに私がしているのは不正をただしているだけ。


「……レイナ?」


 ふいに、お姉様がこちらを見た。

 その表情には、わずかな戸惑いが浮かんでいる。


「さっきまで、力の通りが少し変だったのに……今は、いつも通りというか、それ以上に軽いの。何か、した?」

「いいえ、特には。ただ……」


 私は少しだけ笑ってみせる。


「皆さん、お姉様の方に来たがっているみたい。さすが歴代最高の聖女ね」

「そ、そんな……!」


 エリシアは困ったように眉を寄せた。


「私一人では、とても全部は……」

「それでも、目の前の人を助けようとしているお姉様を、みんな見ているから」


 ミネルヴァは今、上手くいかない現状を、自分以外の何かのせいにしようとしている顔をしている。


「え、えっと、まだやっぱり聖女の力が目覚めてすぐなので、不安定でして……」


 そんなことを言っているが、もちろん嘘だろう。

 ただちょっと癒しの力があるだけなのだから。


「……レイナは、本当に私の味方ね」

「当たり前じゃない」


 即答すると、お姉様は一瞬だけ目を丸くし、それから少しだけ笑った。


 そうして――施療は、夕方まで続いた。

 終わる頃には、エリシアの前の列は一旦全員が診てもらい終え、満足した顔で帰っていく人々で溢れていた。

 ミネルヴァの前からは、途中で何人かが離れ、お姉様の方へ移動していたらしい。


「本日は、これにて終了とさせていただきます!」


 神官がそう宣言すると、神殿の中には「ありがとうございました!」の声がこだました。


「エリシア様、ミネルヴァ様、本当にありがとうございました!」


 多くの人々が、深々と頭を下げる。

 その多くの視線は、お姉様の方に――ほんの少しだけ、長く留まっていた。


「いえ、私たちは神の御心のままに動いただけですから」


 お姉様はいつも通りの微笑みで答える。

 ミネルヴァも同じように頭を下げたが、その指先はわずかに震えていた。


(あれくらいの邪魔なら、許されるでしょう。神様とやらも)


 誰も傷ついていない。誰も死んでいない。

 ただ一人の嘘つきと、その後ろにいるクズが、思い通りにことを運べなかっただけ。

 それで十分だ。


「本日は、お疲れ様でした、お二人とも」


 カルディスが、二人の聖女の前に歩み出る。

 口元には、いつもの柔らかな笑み。

 しかし、その瞳の奥は読めない。


「特にエリシア様。あなたの安定した奇跡は、民たちの大きな支えとなっております」


 言葉だけを聞けば、素直な称賛。

 けれど、その直後に続く言葉が――。


「今後は、新聖女ミネルヴァ様の御力を世に示すためにも、こうした共同施療の場を増やしていきましょう」


「……はい」


 お姉様は素直に頷く。

 ミネルヴァは、横目でカルディスを見上げた。


「私も、エリシア様からたくさん学びたいと思います。そうして、いずれはエリシア様のように……いえ、それ以上に人々を救える聖女になれたら」


 言いながら、青い瞳が一瞬だけ冷たく光る。


(それ以上に、ね)


 その言葉を、私は逃さない。

 喉元まで出かかった嘲笑を飲み込む。


 するとカルディスの視線が、ふと私の手元をかすめる。


「レイナ様、そのブレスレットは……」

「ああ、失礼しました。神聖なるものと聞いておりましたが、姉には必要なかったようです。新聖女のミネルヴァ様のほうが、これを上手く扱えるのでは?」


 私がそう言ってミネルヴァに渡そうとすると、彼女は「えっと……」と目を泳がせる。

 どうやらこれがどういう効果があるのか、彼女も知っているようだ。


(やっぱり、この二人はお姉様の敵ね)


「失礼しました、レイナ様。これは私が預かっておきます。何か効果があるのか、詳しく調べますので」

「……かしこまりました」


 笑みを崩さない神殿長のカルディスに、ブレスレットを渡す。

 今はまだ、軽く足元をすくっただけ。


 本番は、これからだ――。


「レイナ」


 帰り道、神殿の馬車に乗り込む前に、お姉様が私の腕をそっと掴んだ。


「今日、どうだったかしら……新しい聖女様のことも含めて」


 その瞳には、不安が滲んでいる。

 自分の立場ではなく、ミネルヴァのことを案じているような目。


(本当に、どこまでも優しいんだから)


 私は、少しだけ空を仰いでから、お姉様を見た。


「……今日見た限りでは」


 言葉を選びながら、はっきりと告げる。


「やっぱり、本物の聖女はお姉様だけですわ」


 お姉様の目が、驚きに丸くなる。

 その頬が、夕焼けとは違う色でうっすらと染まった。


「そ、そんなことないと思うけど」


 照れたように笑うお姉様、やはり綺麗で美しい。


「本当のことですもの」


 誰よりも知っている。

 前の時間軸で、彼女を失った私が。


(偽物がどれだけ飾り立てても)


 この人の光には、絶対に届かない。



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