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【連載版】魔女の汚名を被ったとしても ~聖女の姉を救うため、過去へ戻り偽聖女と神殿への復讐を誓う~   作者: shiryu


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第6話 弟子になって1カ月、ついに


 ヴァルト様の弟子になってから――もう一カ月が経とうとしていた。

 思っていた以上に、時間の流れは早い。


(……で、結論として)


 私は蔵書室の机に肘をつきながら、ぱたりと本を閉じた。


(やっぱりヴァルト様は、常識人ではあるけど、ちゃんと変人だわ)


 予想ではもっと、「話が通じない天才肌」みたいなタイプを想像していた。


 自分の興味以外は全部切り捨てるような、そんな魔術師像。

 けれど実際のヴァルトは、普通に会話はできるし、こちらの話もちゃんと聞く。


 礼儀を無視するでもなく、必要なところではきちんと線を引く。


 ……ただし。


(魔法の研究の話になった途端、おかしくなるのよね)


 ――あの日、弟子入りが決まってすぐ、ヴァルトは私の実力を見たいと言った。


『まずは、どの程度できるか見せてもらおうか』


 屋敷の地下にある、魔法実験室。

 防護結界が幾重にも張られた空間で、私は手のひらに闇を集めた。

 黒い霧のようなものが、ゆらゆらと立ち上る。


『ほう……』


 ヴァルトの目が、興味深そうに光った。


『もっと見せてくれ』


 私は影に意識を沈め、足元から闇を這い上がらせた。

 まだ完全ではないが、影の中に半分ほど身体を沈めることができる。

 回帰前は陰に完全に隠れて移動できたので、まだまだだが。


『すごい……すごいぞ!』


 突然、ヴァルトが叫んだ。

 目を輝かせて私の周りをぐるぐると回り始める。


『この魔力の質! この濃度! 独学でここまで……いや、独学だからこそか?』


 手を伸ばして、私の作った闇に触れようとする。


『ちょっ、何を……』

『素晴らしい! 理論通りだ! いや、理論以上だ!』


 完全に研究者モードに入った彼は、私の話など聞いていなかった。

 ぶつぶつと専門用語を呟きながら、ノートを取り出して何か書き始める。


『闇の粒子が通常の三倍以上の密度で……いや、これは……』


 その姿は、まさに変人と呼ばれる所以を体現していた――。

 思い出しても、あの興奮ぶりは異常だった。


『……やっぱり、変人ですわね』

『ははっ、褒め言葉として受け取っておくぞ』


 心底愉快そうに笑う顔を見て、この人は本当に魔法が好きなのだろうと、変に納得したのを覚えている。


 そんな出会いから一カ月。

 今では、ヴァルトの変人具合にも大分慣れてきた。


 彼自身も、闇魔法を多少は扱える。

 けれど、本人曰く――。


『俺には闇魔法の才能がないからな。ある程度までいったところで、見切りをつけた』


 ヴァルトの影から伸びた闇は、確かに綺麗だった。

 流れも形も整っていて、理論通りに組み上げられている。

 けれど、私のそれとは違う「限界」が見えた。


『才能があったら、今頃は喜んで使っていただろう。魔の者と呼ばれようが何だろうがな』

『それ、魔の者って言われても平気ということですか?』

『他の奴らに何か言われたところで、知ったこっちゃない』


 あっさりと言う。


『もともと変人って呼ばれているしな。それに追加で何かついたところで、大差はない』

『……その心意気は、ちょっとだけ見習いたいですわね』


 私はページをめくりながら、あの日の会話を思い出していた。


 蔵書室、高い天井まで伸びる本棚がある。

 そこにぎっしりと詰め込まれた魔法書の数々。


(それにしても、本当にとんでもない量よね……)


 ヴァルトの家の蔵書室には、一般魔法の本だけじゃなく――闇魔法の本が、山のようにあった。


 古びた革装丁の魔導書。

 禁書指定されていそうな、タイトルからして物騒な論文集。

 作者不明の断片的なメモのようなものまで。


 回帰前、私が一年かけて集めた本の、軽く十数倍はある。


(これだけでも、弟子になった甲斐があるってものね)


 まだ全てに目を通せたわけではない。


(でも、のんびりしている時間はない)


 ページに視線を戻しながら、息を整える。


 ヴァルトという「師匠」がいる環境は、回帰前の一年――完全な独学で闇魔法を身につけたときよりも、圧倒的に成長を感じていた。


 理論でつまずけば、聞けばいい。

 魔力の流し方がわからなければ、修正してもらえばいい。


 何より――自分以外にも闇魔法を理解している人間がいる、という事実が、こんなにも心強いものだとは思わなかった。


(……その代わり、学校には一度も行ってないけど)


 この一カ月、魔法学園には一日たりとも足を踏み入れていない。

 特に正式な休学届を出したわけでもないから、ただの「長期欠席」扱いだろう。


(経歴としては、最悪ね)


 魔法学園を途中で投げ出した伯爵令嬢。

 そんなレッテルが貼られる日は、そう遠くないかもしれない。

 両親も、そこまでは望んでいなかったようだ。


『謝れば、謹慎も解除してやってもいいのだぞ』

『今からでも遅くはありませんわ、レイナ。素直に頭を下げて――』


 何度かそんな言葉をかけられた。

 そのたびに、私は同じ返事をする。


『問題ありません』


 今さら、形だけの「良い子」に戻るつもりはない。


(学校に行く時間があるなら、ヴァルト様に教わっている方がずっといい)


 ページの隅に小さくメモを書き込みながら、私は視線だけで隣の机を盗み見た。

 向かいの席には、ヴァルトがいる。

 分厚い論文集を片手で捲りながら、もう片方の手で、私の質問に備えてペンを弄んでいた。


「ねえ、師匠」

「ん?」


 灰青の瞳が本から離れてこちらに向く。


「この部分の式、闇魔法への魔力変換率が妙に低いですけど……これは意図的に抑えているんですの?」


 開いていたページを指さすと、彼はちらりと視線を走らせただけで頷いた。


「ああ、それはな。著者が闇属性に対して畏怖していたのだろう。恐る恐る触っているから、変換の際に無駄な式を挟みすぎている」

「……畏怖で式が歪むんですの?」

「歪むさ。恐怖や嫌悪を抱いている対象に、まともな変換式なんか組めるものか。そういう意味では、お前は闇に向いてるな。目が完全に『獲物を見る目』だからな」

「……褒めています?」

「もちろんだ。これを効率的に正しくするなら、こうだな」


 本気か冗談かわからない笑みを浮かべながら、ヴァルトはさらさらと紙に正しい式を書き直してみせる。

 私が質問すれば、彼はほぼ何にでも即答した。

 実際に闇魔法を使っていないにもかかわらず、その理論は頭の中に完全に叩き込まれているらしい。


(本当に、ありがたい存在よね)


 そう思った瞬間、ふと別の疑問が浮かんだ。


「……そういえば、師匠」

「なんだ」

「この一カ月、ずっと私に付きっきりで教えてくださっていますけど。師匠の方の仕事は大丈夫なんですの?」


 侯爵家の嫡男。

 しかも聞けば、精鋭魔術師部隊の一員だった。


 だから回帰前、神殿で遭遇したのだろうが。

 さらには膨大な蔵書を持つ研究者。


 相当忙しくてもおかしくないはずだ。


 それなのに、ほぼ毎日のように私の質問に付き合い、実技にも付き合ってくれている。


 ヴァルトは、私の問いに「仕事……」という単語を噛みしめるように繰り返してから、あっさりと言った。


「ほぼしていないな」

「……はい?」

「魔法の研究の成果を世に出せば、それなりに金になる」


 平然と続ける。


「式や魔道具の開発成果を王家や商会に売る。あとは勝手にあちらが量産して金を稼ぎ、俺には不労所得が入ってくる。便利な世の中だ」

「不労所得って、そんな軽く言うものなんですの……?」

「事実だろう?」


 肩を竦める。


「あと、精鋭魔術師の部隊にも一応名前は入っているが……」

「が?」

「面倒なので行っていない」

「…………」

「何だその顔は」

「いえ。……それで許されるものなのかしら、と思いまして」

「実力があれば、多少はな」


 実にあっさりと言い切った。

 地位と実力があれば自由にしていい――それを体現しているような人だ。


(侯爵家嫡男なのに、そんな自由でいいんだ……)


 常識的に考えれば、おかしい。

 けれど、周囲がそれを認めている以上、外野が口を出すことではないのだろう。


 私が半ば呆れ、半ば感心しながらそんなことを考えていると、ヴァルトがふとこちらを見た。


「それを言うなら、お前こそだろう」

「私?」

「一カ月魔法学園に行っていないが、それでいいのか?」

「ああ、それですか」


 今さら、という気持ちが先に立つ。


「大丈夫ですわ。私は、卒業しようなんて思っていませんもの」


 さらりと言うと、ヴァルトの眉がぴくりと動いた。


「ずいぶん思い切ったことを言うな」

「もともと、闇魔法以外はあまり得意ではありませんし」


 正直に言ってしまう。


「他の属性を中途半端に学ぶくらいなら、その時間を全部、闇魔法の鍛錬に使いたいんです。……学校を中退になれば、経歴に傷はつくでしょうけれど」

「そうなれば就職もまともにできないし、嫁の貰い手もいなくなるかもしれないぞ?」


 からかうような声音で言ってくる。

 私は一瞬だけ瞬きをして――すぐに、肩をすくめた。


「構いませんよ」


 自分でも驚くほど、あっさりと言葉が出た。


「お姉様を助けさえすれば」


 私の将来なんて、どうでもいい。

 エリシアお姉様を助けられなかったら――それこそ、将来なんてないも同然なのだから。


 私の答えに、ヴァルトは「……そうか」と小さく呟いた。

 納得したような、納得していないような。


 少しだけ、何かを案じるような。

 不思議な色をした声だった。


(なんだろう、今の)


 訊ねようか迷ったけれど、結局やめた。

 口に出したところで、きっとまともな答えは返ってこない。


 そのときだった。


「……ふっ、まさか本当にな」


 ヴァルトが突然、蔵書室の隅に置かれたテーブルから、折りたたまれた新聞を手に取った。

 紙面を開いた彼の口元が、にやりと吊り上がる。


「どうかしましたの?」

「いや、お前の言うことを信じていないわけじゃなかったがな」


 ぱさり、と新聞をこちら側に向ける。


「出たぞ」

「出た?」

「新しい聖女、というやつがだ」


 視線を紙面に落とす。

 そこには大きな見出しで、こう書かれていた。


『新聖女、ミネルヴァ現る』

『数世代に一人とされる聖女が二人目か?』


 胸の奥が、ひゅっと冷たくなる。


 紙面に踊る文字。


 その隣には、挿絵のような形で少女の姿が描かれていた。


 淡い茶髪。

 氷のように白い肌。

 青みがかった瞳。


(……来たわね)


 喉の奥で、何かが煮え立つ。

 紙面の中の「新聖女」は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。


 記事には、神殿長カルディスの名もある。


 ――おぞましいほどに、予定通りだ。


 手の中の新聞の端が、きし、と音を立てた。

 無意識に握る力が強くなっていたらしい。


「お前が気にしていた相手が、とうとう顔を出したわけだな」


 ヴァルトの声が、どこか楽しげに響く。

 私は新聞から目を離さず、小さく息を吐いた。


「ええ」


 足元の影が、静かにざわめく。


「ここからが、本番ですわ、師匠」


 闇が、私の決意に呼応するように、ゆらりと揺れた。



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