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【連載版】魔女の汚名を被ったとしても ~聖女の姉を救うため、過去へ戻り偽聖女と神殿への復讐を誓う~   作者: shiryu


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第4話 闇を学ぶために


 ――離れの小屋に「謹慎だ」と言い渡されてから、一週間が経った。


 その間、離れの小屋から全く出てはいけないと言われていないので、普通に街などに行って闇魔法についての本などを集めていた。


 独学にしても、あれらを集めないと、闇魔法を学ぶのに効率が悪いから。


 だが謹慎と命じられてから、魔法学園には行けていない。

 それも行くなと命じられたから。


(まあ、予想通りね)


 離れの小屋の机に向かいながら、私は鼻で笑った。

 父親にそれを命じられた時の光景を思い出す。


『魔法学園に行きたいんだったら、その強情な態度をやめて謝れ』


 父は顔を真っ赤にしながらそう言った。


『モランテス家の令嬢として、恥ずかしくない態度を取るのだ』


 しかし、そちらのほうが好都合だった。


 魔法学園では闇魔法を教わることはもちろんできない。

 禁忌とされているから。


 法律で学ぶことは禁止されているわけではないが、学ぶこと自体が忌避される魔法なのだ。


『魔法学園の登校禁止ですね。問題ありません』


 だから私は、涼しい顔でそう答えた。

 父親もそれには驚いていた。


 目を見開き、信じられないという顔をしていた。


『なんだと……? では好きにするがいい! まともに卒業もできなくなるぞ!』


 捨て台詞を吐いて去っていく父の背中を見送りながら、私は何も感じなかった。


(今の第一優先は、お姉様を助けるために闇魔法を学んで実力をつけること)


 自分の将来は後から考えればいい。

 卒業できなくたって、お姉様が生きていればそれでいい。


 お姉様には心配されて、何度か小屋に来てもらった。


『レイナ、本当に大丈夫?』


 優しい瞳で私を見つめる姉に、大丈夫だと何度も言った。

 心配そうにするお姉様だけど、お姉様も小屋に来ないようにと言われたのか、ここ二日ほどは来ていない。


(お姉様と話せなくなるのが一番辛い)


 でも、今は学ばないといけない。


 時間がないのだ。


 そう思い、一週間ほど闇魔法を学んでいるが……。


「上達の速度が遅すぎる……」


 積み上げた本を見ながら、ため息をつく。

 市場に行っても闇魔法の本の入手が難しい。


(独学でやるにしても、文献がないとどうしようもないのよね……回帰前に読んだ本を全部覚えているわけじゃないし)


 回帰前――あの時間軸では、裏市場でたまたま手に入れた古い魔導書があった。

 誰が書いたのかもわからない、ボロボロのそれが、私に闇魔法の基礎を叩き込んでくれた。


 けれど、今は時間軸が微妙にずれているのか、その本と同じものは見つからない。


(あと数週間で、偽聖女の登場が控えてるっていうのに)


 焦りが、じわじわと胸の内側を削っていく。

 回帰前の記憶だけを頼りに、魔力を練り上げる。


 影に意識を沈め、闇に触れようとする。


 けれど、進歩の速度は、どうしても遅い。

 手のひらに滲ませた闇は、すぐに霧散する。


 影に潜ろうとしても、深くまでは沈めない。


「……独学でやるには、やっぱり厳しすぎるわね」


 ぽつりと、小屋の中で呟いた。

 机の上には、拾い集めた本や、紙切れに書き散らした自分なりの魔法式が散乱している。


(このままじゃ、今度こそなんて言ってるくせに、何も変えられないままよ)


 そんなとき――ふと、回帰前のある光景が脳裏に浮かんだ。


 あの日。

 私は怒りに任せて神殿へ突撃し、闇魔法をぶっ放して、結局取り押さえられた。


 そのとき、私を封じた魔術師がいた。


 他の神官や兵士とは明らかに違う。

 圧倒的な魔力の流れ。

 魔法の展開速度。


 私の闇を絡め取る正確さ。


『独学でここまで闇魔法を……ははっ、恐ろしい才能だ』


 あのとき、男は興味深そうに笑って、そう言った。


(……独学、ってことは。そいつは、『独学で学ばない闇魔法』を知ってる可能性があるってことよね)


 もちろん、言葉の綾の可能性もある。

 ただの感想で、「独学」とか口にしただけかもしれない。


 でも――。


(賭ける価値は、ある)


 何より、その男は、回帰前の私にとって完全な「敵」ではなかった。


 私を捕らえはしたけれど、それ以上に何かをしたわけじゃない。


 冷笑を浮かべて私を踏みにじったカルディスや、勝ち誇った笑みをしていたミネルヴァとは違う。


 顔も、名前も、よく覚えている。

 有名人だから。


 ――ヴァルト・エインズワース。


 エインズワース侯爵家の嫡男。


 「変人の魔術師」として名を馳せている男。


 侯爵家の跡継ぎだというのに、社交界にはほとんど姿を見せず、ひたすら魔法の研究に没頭している――らしい。


 噂話の中の彼は、そう描かれていた。


(そんなに魔法が好きで、そんなに研究してるなら。闇魔法のことも何か知っているかもしれない)


 いや、わからない。

 そもそも、闇魔法に興味があるかどうかも未知数だ。


 それでも。


「……これは、本当に賭けね」


 私は、自嘲気味に口元を歪めた。


 でも、お姉様のためなら――やるしかない。


 机の引き出しから、上質な便箋とペンを取り出す。

 インクをペン先に含ませ、しばし手を止めた。


(侯爵家の嫡男に、伯爵家の次女が、闇魔法を教えてくださいなんて手紙を出すなんて。正気じゃないわね)


 だから、慎重に言葉は選ばないといけない。

 変人の魔術師にだけ伝わるような手紙を――作った。


 便箋を折り、封筒に入れ、封蝋で閉じる。


 あとは、屋敷付きの使いの者に託すだけだ。


 ――そして、二日後。


 離れの小屋の窓から、庭の方を何気なく眺めていた私は、思わず目を瞬かせた。


(……あれ)


 モランテス家の門の前に、一台の立派な馬車が止まっていた。


 深い紺色の車体に、銀で縁取られた紋章。


 あの紋章は――。


「エインズワース家、ね」


 門番に案内されて本邸へ向かっていく御者の姿。


 慌てて飛び出してきた執事やメイドたち。


 その様子を、私は離れの窓からぼんやりと眺めていた。


(……招待、ってことかしら)


 それからしばらくして。


 離れの小屋の扉が、控えめにノックされた。


「お嬢様。モランテス家のお嬢様、いらっしゃいますか」


 執事の声だ。


「なに?」


 扉を開けると、いつもは涼しい顔を崩さない執事が、珍しく額に汗を滲ませていた。


「レイナお嬢様に、お客様が。エインズワース侯爵家より、馬車が」

「……へえ」


 思わず笑いそうになった口元を、なんとか堪える。


(両親の方には、さぞかし衝撃だったでしょうね)


 離れに押しやられていた「反抗的な次女」が、侯爵家の嫡男から名指しで呼び出される。

 両親の慌てふためく顔が、目に浮かぶようだった。


「わかったわ。すぐ支度するから、少し待っていて」


 私はそう告げて扉を閉めると、簡素なクローゼットを開けた。


 本邸に置いてきたドレスに比べれば質素だけれど、それでも外出に恥ずかしくない程度のワンピースを選ぶ。


(侯爵家に行くのに、あんまり粗末な格好で行くのもね)


 髪を簡単にまとめ、最低限の身だしなみを整える。

 鏡に映る自分の顔は、少しだけ緊張していた。


(……賭けの第二段階)


 エインズワース家の屋敷に呼ばれた、という事実。


 それだけで、最初の壁は突破したと言っていい。

 あとは――。


「行きましょうか」


 外に出ると、屋敷の前にはすでにエインズワース家の紋章のついた馬車が待っていた。


 モランテス家の玄関口から少し離れた位置で待機しているあたり、妙に気を遣ってくれている。


 御者台には、年配の男性が座っており、私を見ると丁寧に帽子を取って頭を下げた。


「レイナ・モランテスお嬢様でいらっしゃいますね。エインズワース家よりお迎えに上がりました」

「ええ。よろしくお願いするわ」


 ステップを上がって馬車に乗り込む。


 扉が閉まり、車体が揺れ始めると同時に、窓の向こうに本邸の玄関が一瞬映った。

 そこには、父と母の姿があった。


 遠目にも、困惑と苛立ちが混ざったような表情をしている。


(……あら、見てたのね)


 私は軽く手を振ってみせた。

 届くかどうかはともかく、わざわざ視線を逸らすほど気を使ってあげる気はなかった。


 馬車は、やがてモランテス家の敷地を離れ、王都の石畳を軽快に進んでいく。


 やがて馬車が止まり、御者の声がした。


「お嬢様、到着いたしました」


 扉が開かれ、私は外に出る。


 そこには、モランテス家とは比べものにならないほど大きな屋敷がそびえていた。


 白い石造りの外壁。

 広い庭。

 手入れの行き届いた花壇と、噴水。


(さすが侯爵家……)


 少し圧倒されそうになるのを、ぐっと飲み込む。


 使用人に案内され、屋敷の中へ。

 通されたのは、応接室だった。


(……魔術師の屋敷、って感じね)


 装飾品の端々から、魔力の気配がする。

 ただの見栄ではなく、実用を兼ねた魔法道具があちこちに仕込まれているのがわかった。


 ソファに腰を下ろし、膝の上で手を組む。

 心臓が、少しだけ早く打っていた。


(ここからが本番)


 深呼吸をして、心を落ち着ける。


 すると、コンコン、と軽いノックの音がした。


「失礼する」


 深みのある青年の声とともに、扉が開く。


 入ってきたのは、一人の男だった。

 鮮やかな赤髪。


 きっちり整えようと思えばできるだろうに、少し寝癖がついたようにあちこち跳ねている。

 灰青色の瞳は、どこか遠くのものまで見透かしているような、冷静で知的な光を宿していた。


 長身で細身。

 だが、魔力の流れは、肌を刺すように鋭い。


(……間違いない。ヴァルト・エインズワース)


 回帰前に見た姿と、ほとんど変わらない。

 唯一違うのは――今は、彼の視線が私を「魔女」としてではなく、「客」として見ていること。


「さて、モランテス家のお嬢さん」


 ヴァルトが口元をわずかに吊り上げた。

 軽口とも、本心ともつかない笑み。


「とても興味深い手紙を寄越してくれて、ありがとうな」


 その言葉に、私は小さく息を吸い込んだ。


(――最初の賭けには、勝った)


 ここからが、本番だ。

 お姉様を救うための、闇魔法を学ぶための、交渉の始まりだ。


「お招きいただいて、光栄ですわ、エインズワース様」


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