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【連載版】魔女の汚名を被ったとしても ~聖女の姉を救うため、過去へ戻り偽聖女と神殿への復讐を誓う~   作者: shiryu


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第3話 両親との決別


 その日の夜――。


 私は、家族四人で食卓を囲んでいた。

 長いテーブルの中央には、豪奢な料理がいくつも並んでいる。


(……相変わらず、無駄に豪華ね)


 フォークを持つ手に、力は入らない。

 姉と同じ席にいることだけは、胸の奥がじんわりと温かくなるけれど――それ以外は、全く嬉しくなかった。


 父、ガルド・モランテス伯爵。

 母、リオネ・モランテス伯爵夫人。


 この二人が「家族」と呼ばれる枠組みの中にいることが、心底、癪に障る。


(……よくもまあ、しれっと座っていられるわね)


 あのとき――お姉様が「偽聖女」として処刑されたとき。


 両親がどんな顔をしていたか、私はよく知っている。


 悲しみで涙を流したか?

 「そんなはずはない」と神殿に噛みついたか?

 娘を、聖女を、庇ったか?


 いいえ。


『家名に傷がつく』

『どう責任を取ればいいのか』

『神殿長様がそう仰るなら、仕方ないことなのかしらね』


 あのとき、彼らが口にしたのは、そんな言葉ばかりだった。

 慰めの一つも、怒りの一つも、姉のために向けられたものはなかった。


(あれで親を名乗るんだから、笑えるわね)


 しかも、その後。


 私が一人でお姉様の処刑の真相を調べている間に、もうひとつ事実が出てきた。


 両親は、神殿から不正な裏金を受け取っていた。

 本来なら、聖女エリシアの懐に入るはずの金。


 お姉様が王都以外の町の孤児院や教会などに寄付していた分まで、「調整」と称して中抜きしていた。


(娘を、神殿と同じ金蔓としか思ってなかったわけね)


 もともと親子の情なんて薄かった。

 礼儀や体裁ばかりで、優しい言葉をかけられた記憶もほとんどない。


 けれど、その裏金の件を知った瞬間――残っていた情けの欠片も、きれいさっぱり消えた。


(姉様みたいな聖人が、この二人から生まれたこと自体、奇跡だわ)


 誰も積極的には口を開かず、それぞれが食事を進めていた。


 その沈黙を破ったのは、父だった。


「……エリシア」


 肉を切る手を止め、私は無意識に顔を上げる。


「はい、お父様」


 お姉様が、柔らかく微笑みながら返事をする。


「今日も、平民に癒しの力を使ったと聞いたぞ」


 その言葉に、私は瞬きをした。


(ああ、今日は――)


 そういえば、朝に姉が言っていた。


 「午前中から施療院で診察の予定」と。


 おそらくその行き帰りの途中で、道端の人間を助けたのだろう。

 何度も見てきた光景だ。


「……はい。道中、体調の悪そうな方や、怪我をされている方がいらしたので」


 エリシアお姉様は、少し気まずそうに目を伏せた。


 控え目な仕草なのに、この上なく品がある。


「それで、対価は?」


 父の声音に、うっすらと苛立ちが混じる。


「いえ……お金は、いただいていません」


(さすがお姉様ね)


 胸の中で、そっと誇らしく笑う。


 対価も取らずに人を癒してしまうところは、姉の良さであり、危うさでもある。


 それでも――私は、その優しさが大好きだった。


 しかし、両親の反応は、予想通りだった。


「はぁ……」


 父と母、二人そろってわざとらしくため息をつく。


「何度も言っているだろう、エリシア」

「そうですわ。あなたは、どうして学ばないのかしら」


 父と母が、責めるような視線を姉に向ける。


 私は、無意識にフォークを握り締めていた。


「聖女の力は、神に与えられた神聖な力だ」

「対価もなしに、その力をばらまくものではありません。身分もわからない平民に、無制限に――」


 父の声は冷たく、母の声はねっとりと絡みつく。


 どちらも、心配や愛情から出たものではないことは、よくわかる。


「それに、お前がそうやって安売りをするから」

「『聖女様は無償で治してくださる』と、甘い蜜を吸いたいだけのクズが、平民にはうじゃうじゃ湧くのですわ」


 母がワイングラスを軽く揺らしながら言った。


(甘い蜜を吸いたいだけのクズ、ね)


 よく通るその言葉を、私は笑い飛ばしたくなった。


「……ごめんなさい、お父様、お母様」


 お姉様は、申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「でも、あの方々は本当に困っていましたし……。それに、治ったらちゃんと働いて、神殿や孤児院に寄付するように、とお願いしました」

「そんなもの、全員が素直に守ると本気で思っているのか?」


 父が鼻で笑う。


「お前が治した平民全員が寄付しているわけないだろう。ただで癒してもらえると知れば、そこに群がる者がどれだけいるか……想像もつかんのか」

「あなたは、人を信じすぎなのです。だから慕われている聖女なのでしょうけれど、世の中には善意を利用する者の方が多いのですよ?」


 母が薄く笑った。


 その笑みの中には、姉への憧れも羨望もなく、ただ打算だけがある。


「そう、ですよね。ごめんなさい」


 エリシアお姉様が、少しだけ肩を落とす。


 両親の言葉には、確かに一理ある。


 お姉様の優しさにつけ込んで、都合よく利用しようとする人間がいるのも事実だ。

 そういう人たちに困らされている姿も、私は何度か見てきた。


 それでも――。


(だからってあなたたちが、お姉様のやり方を否定していい理由にはならない)


 姉は、善意を信じている。

 誰かが誰かを助ける世界を信じている。


 人々が寄付をし、誰かの支えになる未来を、本気で信じている。


 そんな姉を、「甘い」と笑うのは簡単だ。

 でも、その信じる力を、私は尊いと思う。


(変わらなくていい。変わってほしくない)


 その一方で、目の前の二人――父と母はどうだ。


(『甘い蜜を吸いたいだけのクズ』?)


 心の中で、嘲笑う。


(それ、あなたたちのことじゃないの?)


 娘が聖女だからと社交界でいい顔をして。


 神殿から裏金をもらって贅沢をして。


 それでいて「聖女の力は神聖」だの「甘い蜜を吸うクズがいる」だの――。


 私は、ゆっくりと息を吸い込んだ。


「――お姉様は、悪くないわ」


 気づけば、言葉が口から零れていた。

 父と母、そしてエリシアの視線が、同時にこちらを向く。


「レイナ?」

「レイナ、あなた……?」


 驚いたように目を見開く両親と、ぽかんと口を開ける姉。


 無理もない。


 今までの私なら、こういう場でわざわざ口を挟んだりしなかった。

 どうせ何を言っても通じない相手だと知っていたから。


 でも――今は違う。


「平民の方々のほとんどがお姉様に感謝して、治療院や孤児院に寄付しています」


 私は、静かに言葉を紡ぐ。


「甘い蜜を吸いたいだけのクズも、確かにいますけど――その存在だけで、お姉様がやりたいことを縛るのは、違うと思います」


 父が顔をしかめ、母が唇を尖らせた。


「何を根拠にそんなことを言える?」

「そうよ。あなた、いつからそんな偉そうなことを言う子になったの?」

「根拠ですか?」


 私は一度、フォークを皿の上に置き、両親を見据えた。


「お姉様が、何度も何度も、同じ人たちに『ありがとう』と言われているのを見てきたからです。あの人たちは、お礼をするとき、ちゃんと『寄付してきた』って笑って報告していました」


 施療院で、姉の魔法を受けた人たちは、その多くが照れくさそうに、「ささやかですが」と言って寄付をしていた。


「もちろん、中にはちゃっかりした人もいますけど。それでも、善意を選ぶ人の方が多い。だからお姉様は、信じているだけです」


 テーブルの上の空気が、ぴりぴりと軋んだ。


 エリシアお姉様が、小さく息を呑む音が聞こえる。


「レイナ……」


 私を呼ぶ声には、驚きと、少しの喜びが混じっていた。


「レイナ、お前は何を言っている?」


 だが父は、低い声を響かせる。


「聖女の力は神聖なのだぞ。対価もなく振るうべきではない。我らモランテス家も、その責任を王家や神殿から問われる立場なのだ」

「そうですわ。世の中には『聖女様に直接頼めば金を払わずに済む』と考える人たちがいるの。あなたにはまだわからないでしょうけれど」


 母が、さも大人ぶった口調で言う。


「お姉様を庇いたい気持ちはわかりますけど、現実を見なさい」


(はいはい、綺麗事はもう結構)


 私はわざとらしくため息をついた。


「そういえば、お父様」


 話題を変えるように、父に視線を向ける。


 私は視線を父のジャケットに滑らせる。


「最近、執務室の机を新しくされたとか。それに、そのジャケットも新品で、とても仕立てがいいですね」


 次に、母へと視線を移す。


「お母様も、その綺麗なネックレスがお似合いです。最近王都で流行っている宝石をお使いになっているとか」


 母の指が、無意識にネックレスに触れる。


「モランテス家の事業が、そんなに上手くいっているのですか?」


 私は、あくまで無邪気そうな声音で問いかけた。


「と、当然だ。伯爵家の事業が順調で何が悪い」


 父が、やや上ずった声で言う。


(事業が順調、ね)


 私は、心の中で鼻で笑った。

 回帰前に調べた限り、モランテス家の事業は順調とは程遠い。


 むしろ、じわじわと赤字が増えていた。


 それでも金遣いが良くなったのは――神殿からの裏金があるからだ。


「なるほど、そうなんですね」


 私は、もう一度にこりと微笑んだ。


「じゃあ、帳簿を見せてください」

「……何?」


 父の顔から血の気が引いていくのがわかった。


 母も、グラスを持つ手を強張らせる。


「モランテス家の事業が順調なら、帳簿を見せていただければすぐにわかりますよね?」


 食堂に、重い沈黙が落ちる。

 帳簿を第三者に見られれば、裏金の存在は一目瞭然だ。


 神殿からの不自然な寄進。

 本来の収入と支出のバランスの悪さ。


 両親は、それを誰にも知られたくないはずだ。


「お前に、帳簿など見せたところで意味はないだろう」


 父が、絞り出すように言う。


「ええ、私には難しいと思います」


 私は素直に頷く。


「だからこそ、詳しい方にお願いするのがいいんじゃないかと。王都には、数字を見るのが得意な方がたくさんいらっしゃいますしね」


 父と母が、同時に「うっ……」と息を詰まらせた。


(図星、って顔ね)


 内心で冷めた笑いが浮かぶ。


 けれど、表情はあくまで穏やかに保った。


「っ、レイナ!」


 今度の父の声には、明確な怒りが滲んでいた。


「なんだお前は、さっきから。父親に向かって、その態度はなんだ」

「態度?」


 私は首をかしげる。


「モランテス家のことを心配しているだけですけど」

「ふざけるな!」


 父がテーブルを叩いた。


 皿が小さく跳ね、スープが波紋を広げる。


「いつからそんな反抗的な口を利くようになった! 聖女の妹だからといって、調子に乗るな!」


 ああ、そうだ。

 父はこういう人間だった。


 都合が悪くなると、すぐに怒鳴って誤魔化す。


 権威を振りかざして、相手を黙らせようとする。


「離れの小屋で謹慎したいのか?」


 その言葉に、私は一瞬だけ目を細めた。


(離れの小屋、ね)


 回帰前の時間軸で、お姉様が処刑されたあと。

 私は半ば自ら望んで、離れの小屋に移り住んだ。


 クズな両親と一つ屋根の下で暮らしたくなかったし、闇魔法の研究をするにはちょうどよかったからだ。


「ええ、離れの小屋で謹慎でも問題ありませんけど」


 私は涼しい顔で答えた。


 父の顔が、怒りで歪む。


「なら今すぐ行け! 私が許すまで本邸に入ることを禁ずる!」

「わかりました」


 私はすっと立ち上がった。


 椅子を戻し、軽く一礼する。


「では、ごきげんよう」


 そう言って、食堂を出ようとして――。


「レイナ!」


 姉の声に足が止まる。


 振り返ると、心配そうな顔の姉と目が合った。


 大丈夫、と口だけで伝えて、私は食堂を後にした。


(むしろ好都合ね)


 廊下を歩きながら、小さく笑う。


 離れの小屋なら、誰にも邪魔されずに闇魔法の鍛錬ができる。

 両親の顔も見なくて済む。


 一石二鳥だ。


(今度こそ、お姉様を守ってみせる)


 心の中で、そう繰り返した。




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