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【連載版】魔女の汚名を被ったとしても ~聖女の姉を救うため、過去へ戻り偽聖女と神殿への復讐を誓う~   作者: shiryu


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第28話 聖女と変人、神殿長の闇


 数十分前――。

 エインズワース侯爵家の門前に、白い馬車が止まった。


 紋章は大神殿。けれど、乗り降りしたのは神官ではなく、白い外套を纏った一人の女性だった。


 聖女エリシア。

 王都でその名を知らぬ者はいない。


 門番が息を呑み、慌てて礼を取る。


 だがエリシアは淡く微笑み、必要以上の言葉を投げなかった。


「突然で申し訳ありません。少しだけ、お時間をいただけますか」


 丁寧で柔らかい声。

 それでも拒める者はいない。

 まして相手は聖女ではなくとも、大神殿の象徴だ。

 彼女はそのまま屋敷へ迎え入れられ、応接室へ通された。


 エリシアはソファへ腰を下ろし、背筋を正したまま待つ。

 穏やかに見える。

 だがその指先は、膝の上で静かに組まれていて――揺れない。


 扉が開いた。

 入ってきたのは、ヴァルト・エインズワース。

 次期当主となったばかりの男。

 そして噂の変人の精鋭魔術師。


「……で」


 ヴァルトは挨拶より先に、面倒くさそうに言った。


「聖女様が、俺に何か用か?」


 エリシアの瞳が、僅かに細まる。

 怒りではなく、測る目だ。

 彼女は深く一礼した。


「今は聖女として、ではなく……レイナの姉として来ています」


 空気が一段変わった。

 レイナという名前が出た瞬間、ヴァルトの眉がほんのわずか動く。


「率直に伺います」


 エリシアの声が、少しだけ硬くなる。


「レイナは、あなたのところで闇魔法を学んでいるそうですね」


 ヴァルトは椅子の背に片手を置いたまま、返事をしない。

 沈黙が、圧になる。

 エリシアは視線を逸らさなかった。


「それは――あなたが教えたことですか?」


 一言一言に、刃がある。

 聖女の柔らかさの奥から、貴族の娘の威圧が覗く。

 守るべきものを前にしたときだけ出る、冷たい強さ。


 ヴァルトは短く息を吐いた。


「違う」


 即答。

 エリシアの肩が、ほんの少しだけ緩む。

 だがまだ終わらない。


「では、レイナはいつから闇を?」

「俺と会う前からだ」


 ヴァルトは淡々と言った。


「あいつは独学で、もう使えてた」


 エリシアの目がわずかに見開かれる。


「独学……?」

「そうだ。闇魔法を強くするために、わざわざ変人と言われてる俺に会いに来た」


 そう言ってから、区切る。


「……あいつ、そういう奴だろ」


 エリシアは一瞬、目を伏せた。

 そして、静かに息を吐く。


(やっぱり……レイナは、ひとりで抱え込む)


 それが誇らしくもあり、怖くもある。

 エリシアは、膝の上の手に力が入るのを感じた。


「……なぜ、そこまで闇魔法を強くしたいと?」


 自分の妹が、何に追い詰められているのかを。

 ヴァルトは少しだけ視線を逸らし、まるで当然のことのように言った。


「ただ、大好きな姉を助けたいがため――だとよ」


 それだけだった。

 それだけで、エリシアの胸の奥が温かくなり、同時に痛んだ。


「……そうですか」


 エリシアは、笑みを浮かべた。

 涙が出そうになるのを堪えながら。


(私の知らないところで、あの子は……)


 嬉しい。でも、怖い。

 レイナが自分を守るために闇へ踏み込むほど、姉としての無力を突きつけられる。

 エリシアは一度だけ目を閉じ、言葉を整えた。


「では、闇魔法は本当に危険ではないのですか。レイナの身体や心を壊すようなものでは……」


 ヴァルトは鼻で笑った。


「危ねえよ」


 あっさり言い切る。


「火と同じだ。扱い間違えりゃ燃える。使い方次第で役にも立つ。あいつはそれを理解してる」


 声がほんの少し低くなる。


「闇に飲まれるような奴じゃない。むしろ逆だ。闇を道具にする」


 エリシアはその言葉を、じっと受け止めた。

 彼女は、少しだけ間を置いて、次の問いを投げた。


「……もうひとつ」


 エリシアの目が、少しだけ柔らかくなる。


「あなたとレイナの関係は?」


 ヴァルトが、わずかに眉を上げる。


「師匠と弟子だ」

「本当ですか?」


 エリシアは微笑んだまま、しかし目だけは逸らさない。

 聖女の顔で問い詰めるのではない。

 姉の顔で、見抜こうとしている。


 ヴァルトの口元が僅かに歪む。

 気恥ずかしさが、そのまま表に出る男だ。

 やがて彼は、投げやりに言った。


「……俺が家を継ぐ覚悟をしたのは、レイナを守るためだ」


 応接室の空気が、静かに張り詰めた。


「守る……ため?」

「そうだ」


 ヴァルトは視線を逸らしたまま続ける。


「あいつ、敵を作りすぎる。闇だの魔女だの、勝手に札を貼られてな。だったら、俺が札を剥がす側に回るしかねえ」


 エリシアは、その言葉の重さを理解した。

 侯爵家を継ぐというのは、ただ肩書きを得ることではない。

 義務と政治と敵意を背負うことだ。

 それを、妹のために。


 ヴァルトの声が、さらに低くなる。


「あいつのことは心底尊敬してる」


 そして、躊躇うように一拍置いて。


「――カッコよくて美しいと思うよ」


 エリシアの胸が、ふっと軽くなる。

 この男は、レイナを魔女として見ていない。

 ひとりの人間として、そして――大事な存在として見ている。


「……そうですか」


 エリシアは、嬉しそうに笑った。

 心の底から。


「ありがとうございます、レイナのことを好きになってくれて」


「……そんなことは言ってねえだろ」


 ヴァルトがそう突っ込む。

 だが声が弱い。


 エリシアは悪戯っぽく首を傾げた。


「では、好きではないのですか?」


「……」


 答えられない。

 ヴァルトは顔を背け、耳のあたりが僅かに赤くなった。

 エリシアはその様子に、くすくすと笑う。


「ふふ……」


 ヴァルトが、苦し紛れに言った。


「あまり似てねえと思ってたが」


 小さく息を吐いて。


「そういうところは、レイナと似てるな」


 エリシアは胸に手を当て、最上級の笑みを浮かべた。


「最上の褒め言葉です」


 応接室に、柔らかな空気が落ちる。

 エリシアは、この屋敷に来てよかったと思った。

 妹がひとりで戦っているのではないと知れたから。


 そして――その頃。

 大神殿の奥。窓の少ない部屋。

 神殿長カルディスは、椅子の肘掛けに指を食い込ませていた。

 表情は笑っている。

 だが目は笑っていない。


 部屋の中には数名の神官と、ミネルヴァがいる。

 誰もが息を潜め、床の模様を見つめていた。

 神殿長の機嫌を損ねないように。


「……今回の失敗は」


 カルディスが、穏やかな声で言った。

 その声の穏やかさが、逆に怖い。


「魔法陣を書いた者の責任です」


 神官の一人が、震える声で答える。


「は、はい……その者は、今は……」


「処分しました」


 カルディスが被せる。


「さ、左様ですか……」


 処分。

 その言葉の重みを、誰もが理解している。

 神殿は救いの場だと、外では言う。

 だが内では、救いより早い罰がある。


 神官たちが、怯えたように頭を下げた。


「次は失敗しませんように」


 カルディスが、にこやかに言う。


 神官たちが一斉に「はい」と返し、逃げるように部屋を出ていく。

 最後に残ったのは、ミネルヴァだけだ。


 ミネルヴァは顔を青くしていた。

 聖女の衣の白が、今は薄汚れて見えるほどに。


「ミネルヴァ」


 カルディスが、柔らかく呼ぶ。

 ミネルヴァがびくりと肩を震わせた。


「あなたも精進するように」


 笑っている。優しく。

 けれど、目が氷のようだ。


「わ、わかりました……神殿長様」


 ミネルヴァは頭を下げ、震える足で部屋を出た。

 扉が閉まる。

 静寂。


 カルディスは、ようやく笑みを消した。

 口元が歪む。


「……小娘が」


 今回の失敗の原因は明白だ。

 レイナ・モランテス。

 そして、その背後にいる――エインズワース侯爵家次期当主、ヴァルト。


(あの二人をどうにかしないと、計画が潰れる)


 カルディスは立ち上がり、窓のない壁に手を当てた。

 その指先に、黒い影が滲む。

 まるで生き物のように、影がうごめく。


 闇が――彼の腕に纏わりついた。

 穏やかな神殿長の顔のまま、カルディスは低く笑う。


「魔女、ですか」


 吐息のような声。


「神殿らしく……魔女狩りをしないといけませんね」


 影が、くすりと波打つ。

 まるで肯定するように。


 カルディスは目を細め、誰もいない部屋で名を呼んだ。


「次こそは、潰しますよ――レイナ・モランテス」


 闇が、彼の腕に絡みつき、静かに蠢いた。


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