第25話 策略の考察
ミネルヴァの光が増すたびに、視線がそちらへ吸い寄せられていく。
白というより、金に近い。
まるで神像が降りてきたみたいな、わざとらしい輝き。
「……なんて神々しい」
「これが、新聖女様の……」
「やはり神は、新しい時代の聖女を求められていて――」
誰かが息を呑み、誰かが震える声で讃える。
令息たちはミネルヴァの美しさに酔いしれているのか頬を赤らめ、年配の貴族は感嘆のため息を漏らした。
その一方で――お姉様の光は、薄い。
揺れる程度。灯火が消えかけているみたいに、頼りない。
「……エリシア様?」
「お疲れなのでは……?」
擁護のような言葉も混じる。
けれど、その擁護はすぐに、別の刃へ変わる。
「……もしかして」
「神力を……失ったのか?」
声を潜めた囁きが、毒みたいに広がっていく。
壇上の空気だけじゃない。
会場全体が、ミネルヴァの光に酔い始めている。
それが恐ろしかった。
(これが、カルディスの狙い)
カルディスは、そんな騒ぎをよい反応として受け止めている顔だった。
優雅に手を広げ、祭服の袖を揺らしながら、声を張る。
「素晴らしい……! まことに素晴らしいことです!」
カルディスの笑みが、気持ち悪い。
「新聖女ミネルヴァ様の祈りが、神に届いている証拠でしょう」
――まるで、そこにもう一人の聖女がいないみたいな言い方。
お姉様の存在を、背景へ押しやる声色。
周囲の神官たちも、待ってましたとばかりに頷く。
「まさしく神の御加護……」
「新聖女様の神力は、今代最高かもしれません」
「これぞ浄化礼祭の締めにふさわしい奇跡……!」
(……神力?)
舌打ちをしたい。
今すぐ、この場の神官の喉元に闇を絡めて黙らせたい。
私は歯を食いしばり、視線だけを壇上に固定した。
ミネルヴァが両手に光を集め、ふわりと広げる。
客席へ降り注ぐみたいな演出。
拍手と感嘆が起きる。
(勝ち誇ってる)
あの目は、知っている。
回帰前に、最後に見た――三日月みたいな嗤い。
私はヴァルト様の袖を、ほんの少し引いた。
「……仕掛けてます」
声は小さく。
でも、怒りが滲まないように抑えるのが難しかった。
「だろうな」
ヴァルト様の答えは短い。
視線は壇上から外さない。
「どう見てもおかしいです。お姉様だけ、弱い」
「弱いどころじゃない」
ヴァルト様が低く言う。
「減ってる。削られてる。そういう感じだ」
私は眉を寄せた。
どんな細工か。
この会場で、あれほど露骨な差が出るような――。
ふと、耳に入った。
「ミネルヴァ様は素晴らしい神力をお持ちで……!」
神官の興奮した声。
周囲の貴族がそれに頷き、令嬢が祈るように胸の前で手を組む。
(……神力なんて、ないでしょう)
そう吐き捨てたくなって――その瞬間。
私は、はっとした。
(神力って、聖女が持っている神聖な力って言い張ってるだけ。実際は、魔力と変わらないんだったわね)
呼び方が違うだけ。
形を変えて見せているだけ。
癒しの光も、祝福の光も、根っこは魔力だ。属性が違うだけ。
(つまり――)
ミネルヴァがあれほど光っているのは、前みたいに魔力を増幅してる。
そしてお姉様は、また魔力を邪魔されている。
私は息を吸い、ヴァルト様に小声で言った。
「神力って言ってるけど、あれ魔力ですよね」
「……ああ」
ヴァルト様も即座に頷く。
「聖女の力を神力って呼んでるだけだ」
「ミネルヴァの魔力が増えてて、お姉様は妨害されています。前と同じです」
「理屈はそうだが……」
ヴァルト様が少しだけ眉を寄せる。
「おかしい」
「何がです?」
「増幅が、デカすぎる」
ヴァルト様は短く言った。
「魔道具でここまで上げるのは、ほぼ無理だ。波形が派手になるし、隠せない」
確かに。
あれだけ光っていれば、魔道具がどこかにあるはず。
杖でも、指輪でも、首飾りでも。
でもミネルヴァは今、両手が自由で、服も軽装。
目立つ魔道具は見当たらない。
「じゃあ、お姉様の方は?」
「何か持たされてる様子は……ないな」
ヴァルト様は注視しながらそう言った。
「だから、なおさらわからない」
(わからない? この人が?)
胸の奥に焦りが生まれる。
ヴァルト様が見抜けない仕掛け。
つまり、相当巧妙で悪質。
壇上では、カルディスが満足げに頷き、さらに声を高めた。
「見よ! この神々しき光を! 新聖女ミネルヴァ様の清らかな祈りが、大神の御前に届いているのです!」
拍手。
感嘆。
そして――視線が、お姉様へ向かう。
責めるでもなく、哀れむでもなく。
比較する視線だ。
「エリシア様の光が……」
「以前より弱い……?」
「まさか、偽りだったなど……」
ひそひそ、ひそひそと。
言葉が積み重なる。
お姉様の足元の床が、崩されていくみたいに。
私は喉の奥が焼けるのを感じた。
(ふざけないで。そんなわけ、ない。お姉様は本物。誰よりも、私が知ってる……!)
お姉様を見る。
目を閉じて、必死に祈っている。
姿勢も、呼吸も、いつもと同じ。
なのに光が出ない。
頬が少しこわばっている。
それでも困惑を飲み込み、聖女として崩れないようにしている顔。
(……痛い)
胸が痛い。
あの人が、こんな顔をしなくていいのに。
(もうお姉様を失いたくない、奪われたくないのに……!)
回帰前と同じような結末には、絶対にしたくない!
(奪われてたまるものか……奪われる?)
そこで、ふっと思った。
(妨害じゃなく、奪われているとしたら?)
お姉様の光が弱いだけなら、単なる減衰でも説明がつく。
でも、ミネルヴァがあそこまで強いのはおかしい。
増幅だけでは限界がある。
なら――供給元がある。
(奪って、移してる? お姉様の魔力を、ミネルヴァに?)
背筋が、ぞっとした。
そんなことができるのか。
できるなら、それは――最悪の形だ。
私はヴァルト様の袖を掴む。
「魔力を奪ってるのかもしれません」
「……は?」
ヴァルト様が私を一瞬見て、目を細めた。
そして、すぐに壇上へ視線を戻す。
ヴァルト様の呼吸が、ほんのわずか変わった。
――気づいたときの呼吸だ。
「……なるほど」
低く、そう呟いた。
「魔道具じゃなく、魔法陣なら……できる」
「魔法陣?」
「ああ」
ヴァルト様は、床へ視線を落とす。
会場中央の絨毯。
濃い色の絨毯が敷かれ、壇の周囲を美しく縁取っている。
「奪って与える。循環させる。そういう陣は組めるんだ……趣味の悪い話だがな」
私は思わず、絨毯を凝視した。
でも、何も見えない。
模様はただの飾りで、魔法陣らしき線もない。
「……感じますか?」
私が聞くと、ヴァルト様は小さく頷いた。
「微弱だがな。床に魔力がいる」
「私は……わかりません」
悔しい。
ヴァルト様のもとで鍛えてきたはずなのに。
「隠蔽が上手い」
ヴァルト様が言った。
「注意して、ようやくわかるくらい。ここまで薄くできるのは――」
言いかけて、彼の眉が動いた。
ほんのわずか、驚きの色。
「……おいおい」
「何です?」
私は咄嗟に聞き返す。
ヴァルト様が、絨毯の空気を嗅ぐみたいに視線を動かした。
そして、低い声で吐き捨てる。
「――闇魔法じゃねえか」
私は、固まった。
「……は?」
「隠蔽に使われてる魔法。闇魔法だ」
ヴァルト様が淡々と、だが断定した。
ぞくり、と背中に冷たいものが走った。
(まさか。闇魔法を扱えるのは……)
闇魔法を扱える人間なんて、そう多くない。
私は独学で鍛えた。
ヴァルト様も、多少なら使える。
でも――私たちは今、何もしていない。
「つまり」
私の声が、少し震える。
「神殿側に、闇魔法を扱える者がいる……?」
「そうなるな」
ヴァルト様の目が冷える。
背筋が寒いのに、頭は妙に冴えていく。
まさか、神殿側にも闇魔法を使える者がいたなんて。
誰? 誰だ?
こんな仕掛けを任されているということは、上層部の者に間違いない。
でも誰だ? 見当がつかない。
壇上では、儀式が終わりに近づいていた。
ミネルヴァの光は最高潮。
カルディスが讃え、神官が跪き、貴族が拍手を準備している。
お姉様は――光が弱いまま。
それでも必死に祈っている。
彼女は逃げない。崩れない。
だからこそ、見ていられない。
爪が掌に食い込む。痛みで、頭を冷やす。
ヴァルト様が、横から小さく言った。
「仕組みは見えた」
「ええ」
「なら、止められるぞ」
淡々とした声なのに、背中が押された気がした。
儀式が、締めの言葉へ向かう。
カルディスが息を吸い、最後の宣言を準備している。
このまま終われば――『新聖女ミネルヴァはすごい』という空気が固定される。
お姉様は『衰えた聖女エリシア』として、噂の餌にされる。
(……させない)
仕組みはわかった。
隠蔽が闇魔法なら、なおさら。
私は闇で鍛えた。
闇は、暴くためにある。
私はグラスを置き、会場中央へ向かって歩き出した。
視線が一斉に刺さる。
遠巻きにしていた貴族たちが、ひそり、と息を呑む。
「……あの魔女が」
「何をするつもりだ?」
小声が背中を追いかける。
私は止まらない。
壇の前。
カルディスの視線が、こちらへ向く。
柔らかな笑みのまま、目だけが動いた。
私は息を吸って、はっきり言った。
会場全体に届く声で。
「その儀式――やり直しを求めます」




