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【連載版】魔女の汚名を被ったとしても ~聖女の姉を救うため、過去へ戻り偽聖女と神殿への復讐を誓う~   作者: shiryu


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第24話 浄化礼祭での策略


 会場が移った瞬間、空気がまるで別物になった。


 高い天井に吊られたシャンデリア。壁際には白い花と金の装飾。

 長机には銀皿が並び、香草の匂いと甘い菓子の匂いが混ざって漂っていた。


 立食形式。

 人々はグラスを片手に、寄進の話と噂話と身の上話をして、笑いながら飲み込んでいく。


(……いかにも、社交会って感じ)


 神殿が主催するから、どこか清廉を装っているのに、やっていることは普通の貴族の宴と変わらない。

 むしろ余計に、薄くて気持ち悪い。


 私はヴァルト様の隣で、果実水のグラスを持って立っていた。

 彼はワインだ。相変わらず、飲み方が雑というか、味わう気がないというか。


「お前、顔がまた険しいぞ」


 低い声が、横から刺さる。


「仕方ないでしょう」


 私は口元だけ笑った。


「ここ、大神殿の社交会です。毒の香水を振り撒いてるみたいな空気」

「言い得て妙だな」


 ヴァルト様は肩を揺らして笑いそうになり、すぐに咳払いで誤魔化した。

 その咳払いが終わるより早く、第一陣が来た。


「ヴァルト殿!」


 年配の貴族が、妙に明るい声で近づいてくる。

 襟元の刺繍が派手で、目だけがぎらついている。


「いやはや、今日は驚きましたぞ。噂は本当でしたかな?」

「何の噂ですか」


 ヴァルト様が淡々と返す。

 年配貴族は笑いながら、周囲に聞こえる声量で言った。


「次期当主です。エインズワース侯爵家の正式な次期当主として認められた、と」


 周囲の耳が、一斉にこちらへ向く気配がした。

 それは目に見えないのに、肌に刺さるような感覚だ。


「ええ。認められましたよ」


 ヴァルト様はさらっと言った。

 まるで「パンを買った」くらいの温度で。


 年配貴族の顔が、ぱっと驚きに変わる。


「ほ、本当に……」


 隣にいた別の貴族が、半ば呆れたように笑った。


「しかし、いきなり過ぎますな。君はずっと当主の座を嫌がっていたじゃありませんか」

「嫌がってましたね」


 ヴァルト様は平然と頷く。


「今も嫌ですよ」

「……は?」


 今度はその場の何人かが声を漏らした。


(この人、こういうときでも遠慮しないのね)


 私は内心でそう思って少しだけ笑う。

 それを、ヴァルト様は面倒くさそうに続けた。


「ただ、必要になったからやった。それだけです」

「必要……?」


 貴族たちが互いに顔を見合わせる。

 誰もが裏を探している目だ。


 ヴァルト様は、それらを全部踏みにじるみたいに口を開く。


「俺の事情です」


 それ以上の説明はしない。

 だからこそ、余計に注目が集まる。


「そう、ですか……」


 目の前にいる貴族以外にも遠巻きにざわざわと声が届く。


「変人の魔術師だけど、侯爵家の次期当主?」

「精鋭魔術師で顔もいい。おまけに侯爵家の後継……ありじゃない?」


 そして第二陣――令嬢たちが、花の香りと一緒に寄ってきた。

 視線の質が変わる。

 さっきまでの探る目から、今度は狩る目を持った者達が近寄ってきた。


「ヴァルト様、今夜はご機嫌いかが?」

「次期当主になられたのなら、お忙しくなるのでしょう? その前に、少しお話ししたいですわ」

「よろしければ、こちらでお食事を」

「私、ワインの選び方に詳しいんです。お好みを教えてくださる?」


 矢継ぎ早の誘い。

 当然と言えば当然だ。容姿、地位、実力。

 今のヴァルト様は、彼女たちにとって逃したくない獲物に見えていることだろう。


(……すごいわね)


 私は呆れ半分、感心半分で眺めていた。

 本人はまるで興味がなさそうなのに。


 ヴァルト様は、令嬢の一人が腕に触れようとした瞬間、すっと一歩横にずれた。

 そして――私の腰に、当たり前みたいに腕を回した。


 ぐ、と布越しに支えられる感覚。

 距離が一気に近くなる。

 心臓が、反射で跳ねた。


(……っ)


 私は顔色を変えないように、必死で息を整えた。

 演技、演技……。

 でも、身体は正直だ。熱が頬に集まってくる。

 それも演技に見えてくれればいいけど。


「失礼ですが」


 ヴァルト様が、令嬢たちを見下ろす。


「今日はパートナーを連れてきていまして」


 低く落ち着いた声。

 その一言で、令嬢たちの空気が止まる。


「……パートナー?」


 誰かが、信じられないように繰り返した。

 別の誰かが、私を見て眉をひそめる。


「その方……モランテス家の」

「聖女の妹の……?」

「……でも、魔女なんですよね?」


 声は小さいのに、よく通った。

 それが一番たちが悪い。


 周囲の貴族も、令嬢も、私を見た。

 まるで穢れを確認するみたいな目で。


(……ほらね)


 魔女。闇魔法。

 それだけで、私は輪の外側に追いやられる。


 けれど――ヴァルト様は、眉ひとつ動かさなかった。

 腕を回したまま、むしろ少しだけ引き寄せる。


「魔女だからと言って、なんですか?」


 淡々と、しかしはっきり。

 空気が一段、冷えた気がした。


「俺の大事なパートナーです」


 そこで一拍置く。

 周囲が息を呑んでから、もう一度口を開く。


「――大事な、女性だということは変わりありません」


 その瞬間、私の胸の奥が、どくん、と強く鳴った。

 心臓が勝手に暴れる。

 グラスを持つ指先が、ほんのわずか震えそうになるのを必死に押さえた。


(何言ってるの、この人……大事な、女性?)


 令嬢たちの顔が一斉に強張る。

 貴族たちの目も、さっきより露骨に揺れた。


 魔女をパートナーとして連れてきた。

 そこまではまだ「物好き」や「気まぐれ」で片づけられる。

 でも、大事な女性と言い切るのは、別だ。


「そ、そうなんですね。失礼しましたわ」

「お邪魔でしたのね……」


 令嬢たちは形だけの笑みを作って下がっていく。

 貴族たちも、気まずそうに散った。


 ――そして、私たちの周りだけが、妙に広く空いた。

 遠巻きに視線はあるのに、距離がある。

 近づきたくない。巻き込まれたくない。

 そんな空気。


(……魔女って便利ね)


 忌避の理由が一言で済む。

 それを盾にして、人を排除できる。


 しばらくして、私が小さく息を吐いたとき、ヴァルト様が腕を外した。

 何事もなかったようにワインを一口飲む。


 私はグラスを持ち直し、横目で彼を見た。


「……いいんですか」

「何がだ」

「さっきみたいなこと言って」

「さっきみたいなこと?」


 ヴァルト様が、わざとらしく首を傾げる。

 私はむっとする。


「大事な女性、とか」


 口にした途端、自分の耳が熱くなるのがわかった。


「ああ、言ったが」


 さらっと頷かれる。


「……あれ、勘違いされますよ」

「どういう勘違いだ?」


 そう言って笑うヴァルト様。

 面白がってる目だ。

 絶対、私が言うのを待ってる。


(恋愛関係に見られるって言え、って顔してる)


 私は唇を噛み、視線を逸らした。


「……なんでもないです」

「ほう?」


 ヴァルト様が、にやりとした。

 私はグラスを持ち上げて一口飲むふりをした。

 味はほとんどわからない。


(胸が、うるさい)


 彼に大事な女性と言われて、心臓が跳ねたのは確かだ。

 でも、それを表に出したら終わりだ。


 私は弟子。

 彼は侯爵家次期当主。

 立場も、地位も、住む世界も違う。


(勘違いしちゃいけない。ヴァルト様は、優しいだけ。さっきも必要だから守っただけ)


 そう言い聞かせるのに、少しだけ時間がかかった。


 そのとき――ふわり、と温かい匂いが近づいた。


「二人とも、楽しそうにしているようで何よりです」


 振り向くと、そこにお姉様がいた。

 淡金色の髪。柔らかな微笑みだ。


「お姉様」


 私は思わず声を柔らかくした。

 お姉様は私の顔を見て、ふふ、と笑う。


「先ほどのやり取りも、微笑ましかったですわ」


「……っ」


 私の顔が熱くなる。


(聞こえてた……!)


「ち、違うから」

「ヴァルト様はそういう意味で言ったわけじゃ……」

「そういう意味って?」


 ヴァルト様が、間髪入れずに刺してくる。

 絶対楽しんでる。


 私は睨んだ。


「……そういうのって言ったら、そういうのです」

「どういうのだ」

「……もう!」


 言葉が詰まる。

 お姉様が、くすくすと笑った。

 嬉しそうに、少しだけ肩を揺らす。


「仲がいいのね」

「仲は……まあ、悪くはないです」


 私が言うと、ヴァルト様が「ふっ」と鼻で笑った。


 お姉様は二人の空気を楽しむみたいに目を細めてから、ふっと真面目な顔になる。


「そろそろ、余興の祈祷がありますの」

「中央へ行かないと」


「また儀式?」


 私が眉を上げると、お姉様は苦笑する。


「簡易な祈祷よ。浄化礼祭の締めとして、人々に祝福を見せるためのもの」


(見せるため)


 その言葉が、胸の奥で嫌に響いた。

 見せる演出。印象操作。

 カルディスの得意分野だ。


「……気をつけて」


 私は小さく言った。

 お姉様は一瞬驚いたように目を丸くして、それから、優しく頷いた。


「大丈夫。レイナが見ていてくれるでしょう?」

「もちろん」


 即答すると、お姉様は安心したように笑う。


「では、行ってくるわね」


 そう言って、彼女は人の波を縫って中央へ向かった。


 周囲の視線が、また私たちへ向く。

 聖女が話しかけた。

 それだけで、注目を浴びる。


 遠巻きだった貴族たちが、距離は保ったまま興味だけを向けてくるのがわかった。


(……面倒ね)


 そんなことを思いながら、気にせず中央に視線をやる。

 会場中央には、簡易の壇が設えられていた。


 その正面に立つのは、カルディス。

 そしてその左右に、白い光が並ぶ。

 エリシアお姉様と、ミネルヴァ。


 カルディスが、手を広げて声を張った。


「皆さま。浄化礼祭の締めとして、聖女お二人より祝福の祈りを」


 ざわめきが、期待に変わる。

 貴族も、神官も、令嬢も、息を呑む。

 誰もが奇跡を見たがっている。


 カルディスが頷く。


「祈りを」


 エリシアお姉様が、両手を胸の前で重ね、静かに目を閉じた。

 ミネルヴァも同じ動作をする。


 次の瞬間――。


 光が、立ち上った。

 ……ただし。


 立ち上ったのは、片方だけだった。


「……神々しい……」


 誰かが息を漏らす。

 視線が集中するのは、ミネルヴァのほう。


 彼女の身体の周囲に、眩い光が溢れている。

 白というより金に近い、見せつけるような輝き。


 対して――お姉様。

 光が、ほとんど出ていない。

 揺れる程度で、薄く弱い。

 まるで、灯火が風に消されかけているみたいに。


「……え?」


 お姉様が、唖然とした声を漏らした。

 目を開き、ほんの少しだけ手を見下ろす。

 困惑が、その顔に浮かぶ。


(……やっぱり)


 私は、背筋が冷えるのを感じた。


(仕掛けてきた)


 カルディスは、驚いていない。

 微笑みすら崩していない。


 ミネルヴァは、悲しげな顔を作りながら――

 その目の奥だけが、勝ち誇っていた。



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