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【連載版】魔女の汚名を被ったとしても ~聖女の姉を救うため、過去へ戻り偽聖女と神殿への復讐を誓う~   作者: shiryu


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第23話 浄化礼祭へ


 モランテス家の自室で、私は鏡の前に立っていた。


 淡い夜色のドレス。胸元は控えめで、腰から下だけが静かに広がる形。

 派手さはないけれど、光の中で布がわずかに艶めいて、意外と悪くない。


 髪はいつもよりきちんとまとめた。

 耳元に小さな飾りを一つだけ。指先まで整え、深く息を吸う。


(お姉様は、もう大神殿にいる)


 浄化礼祭の儀式は、聖女が最初から席にいるはずだ。

 私は遅れて、大神殿に入る。

 正確には――連れて行ってもらう。


 背後で、扉がノックされた。


「入りますよ」


 母の声。続いて父の咳払い。

 私は鏡越しに二人の顔を見て、内心で軽く舌打ちした。


「……何だ、その格好は」


 父が、私のドレスを上から下まで値踏みするみたいに見た。


「どこへ行くつもりだ」


 母も眉をひそめる。怒りより先に、困惑の色が滲んでいる。


「まさか……大神殿?」


 当たり。

 私は口角だけを上げた。


「はい、浄化礼祭に行きます」


「行く? 招待状はどうした」


 父の声が低くなる。


「お前は招待されていないはずだ」


「ええ。されてません」


「なら、なぜ準備している!」


 母が声を荒げた。


「恥を晒すつもり!? 聖女の妹だからといって、魔女が顔を出せば――!」


「招待された人と一緒に行くんです」


 私は平然と答えた。

 父母が、同時に固まる。


「……誰だ」


 父が眉間に皺を寄せた。


「お前は学園にも行っていない。社交の場にも出ていない。そんな相手がいるはずが――」


「いますから」


 私は肩をすくめた。

 私のこのドレスが見えないのだろうか。

 両親には買い与えてもらっていなくて、こんなドレスを贈ってくれた人がいることに気づかないのだろうか。


「細かいことはどうでもいいでしょう」


「どうでもよくないわ!」


 母が一歩踏み出す。


「レイナ、あなたは――」


「止めても無駄です」


 私は母の言葉を遮った。


「理解を求めるのは諦めたって言ったはずですが」


 そう言った瞬間、父の顔が歪む。

 母の唇が震える。

 その表情に、私の心は動かない。


 ――そのときだった。


 外から、車輪の軋む音。

 そして、門番の慌てた声が屋敷に響いた。


「旦那様! 屋敷の前に、エインズワース侯爵家の紋章入りの馬車が……!」


 父が目を見開き、母が息を呑む。

 私は内心で、ふっと笑った。


(来たわね)


 屋敷の前へ出ると、確かに豪華な馬車が停まっていた。

 黒地に銀の飾り、紋章は――エインズワース侯爵家。

 周囲の使用人たちがざわついている。

 父と母は、信じられないものを見る顔で馬車を見つめた。


 扉が開く。


 現れたのは、整えた髪、礼装の上着、いつもより貴族然とした男。

 ヴァルト様。

 しかも、今日は妙に――決まっている。


(……腹立つくらい絵になるわね)


「モランテス伯爵」


 ヴァルト様が、軽く顎を引いて挨拶した。

 父は一拍遅れて我に返り、慌てて背筋を伸ばす。


「こ、これは……エインズワース侯爵家の……」


「ヴァルトです」


 淡々と名乗るだけなのに、圧がある。

 母は顔色を変え、ぎこちなく礼を取った。


「ど、どうして……当家に……」


 ヴァルト様は答えず、視線を私へ移した。

 その目が、ほんの少しだけ細まる。

 まるで「やるぞ」と言っているみたいに。


 私は、わずかに頷いた。


 ――次の瞬間。


 ヴァルト様は、わざとらしいほど優雅に一歩前へ出て、私へ手を差し伸べた。


「レイナ」


 低い声。


「時間だ。行くぞ」


「はい、ヴァルト様」


 私は同じく、わざと優雅に返事をした。

 指先を重ねる。

 そして、彼はとても様になっている貴族の仕草で私をエスコートし、腕を差し出す。

 私はその腕に手を置いた。


 両親に見せる演技だ。

 でも、呼吸は妙に整う。


 父母が、ぽかん、と口を開けたまま固まっている。

 その顔が、少しだけ――滑稽で。


「浄化礼祭の会場へお連れします。ご心配なく」


 ヴァルト様は父母に向けて、にこりともせず言った。


「ご、心配というか……」


 母の声が上ずる。

 父は何か言おうとして言葉を失っている。


 私が招待されていないことを知っていたのだから、混乱するのは当然だ。


 私は父母に一度だけ視線を向けた。


「行ってきます」


 それだけ。

 答える暇も与えず、私はヴァルト様とともに馬車へ乗り込んだ。


 扉が閉まり、車輪が動き出す。

 窓の外で、父母がまだ立ち尽くしているのが見えた。


 その後、私は堪えきれずに吹き出した。


「……ふふっ」


「ふっ、両親を見て笑うなよ」


 ヴァルト様がおかしそうにそう言った。

 彼の口元がわずかに緩んでいる。


「だって……あの顔」


「お前が煽るからだろ」


 お互いにひとしきり笑い合う。

 ヴァルト様との共犯のような関係が心地いい。


「……で」


 ヴァルト様が咳払いをして話を戻す。


「緊張してるか」


「少しだけ」


 私は正直に言った。


「これから注目を浴びそうで、慣れないわ」


「慣れなくていい」


 即答。


「注目は俺が受ける。お前は、ただ姉のことを心配していろ」


 その言葉が、胸の奥を軽く叩いた。


(……この人、本当に変)


 面倒くさがりのくせに、肝心なところで逃げない。

 腹立つくらい、頼もしい。


 大神殿が近づくにつれ、馬車の外の音が増えていく。

 そして――馬車が止まった。


 扉が開く。


 眩しいほど白い大神殿。

 その前には、王族や貴族の馬車がずらりと並び、神官たちが忙しなく立ち回っていた。


 私が降りた瞬間、視線が刺さるように集まる。


(……うわ)


 ヴァルト様が先に降り、自然な動作で私の手を取った。

 そのまま、腕を差し出す。

 私は迷わず手を置く。


 途端に周囲の囁きが、波みたいに広がった。


「……あれがエインズワース侯爵家の」

「次期当主になったの、本当に数日前らしいわ」

「今まで当主の座を拒んでいたって……」

「変人だとか言われてたのに、今日はまともに見えるな」


「隣の女性は……モランテス家の次女?」


「闇魔法の噂の……」


「聖女の妹なのに魔女というあの……」


「まさか、あの方が連れてきたの?」


 視線と噂が、足元から這い上がってくるみたいで、背筋が硬くなる。

 私は無意識に呼吸が浅くなった。


 そのとき、ヴァルト様が横から小さく言った。


「おい」

「っ……はい」

「俺の連れで、弟子だろ」


 周囲には聞こえない声。

 でも、確かに私の背中を押す声。


「胸を張れよ」


「……」


 私は一瞬だけ目を伏せ、それから、口角をほんの少し上げた。


「命令ですか?」


「助言だ」


「じゃあ、参考にします」


 そう言って、背筋を伸ばす。


(……カッコいいな)


 この人は変人と言われているけど、容姿も整っているし頼りになる男性だ。

 本来なら私のような女性がパートナー相手になるような人じゃない。

 でも今回は、私のために動いてくれた。

 それが何よりも嬉しい。


 私は今、侯爵家次期当主のパートナーとして隣を歩く。

 その役目を、演技でもいいから――完璧にやる。

 彼の期待に報いるために。


 大聖堂へ入ると、空気が変わった。

 天井の高い祈りの空間。香と光と、静かな圧。


 正面には神像。

 その前に立つのは、カルディス。

 黒い祭服が、この白い世界で妙に目立つ。


(……いる)


 笑みを貼り付けたまま、こちらを見ている目。

 私は目を細め、心の中で毒を吐いた。


(今日も気持ち悪いわね)


 左右に並ぶのは、聖女が二人。

 エリシアお姉様。

 そしてミネルヴァ。


 白と水色の聖女服の少女が、儚げに微笑んでいる。

 その姿に、周囲の貴族たちがうっとりした目を向けるのがわかった。


(お姉様は本当に美しくて綺麗ね。ミネルヴァは……外側だけ見れば、綺麗な人形。中身は、どうだか)


 儀式は、驚くほどあっさり始まった。

 カルディスの言葉は滑らかで、神の名を借りて空気を整える。

 誰もが頷き、誰もが「敬虔」を演じる。


 エリシアお姉様が祈りを捧げる。

 ミネルヴァも続く。


 二人の声が重なり、天井へ吸い込まれていく。


 次の瞬間。


 神像が――淡く輝いた。

 まるで「浄化が行われた」と言わんばかりの、綺麗な光。


(……これで終わり?)


 私は拍子抜けしそうになる。

 少なくとも、この場では何も仕掛けてこなかった。

 それが逆に、不気味だった。


 儀式が終わると、カルディスが満足そうに頷いた。


「本日の浄化礼祭は、滞りなく終わりました。皆さま、神の恵みに感謝を」


 拍手が起き、ため息のような感嘆が漏れる。

 ミネルヴァが慈悲深い笑みを浮かべ、エリシアお姉様は変わらず優しく頭を下げた。


 そして、人の流れが動き始める。

 大聖堂から、別の大きな会場へ。


 ここからが――社交会、つまり舞台だ。


 私は足を止めずに、お姉様の姿を視界の端で追った。

 遠くてもわかる。あの淡金色の髪。柔らかな光。

 守るべきものが、そこにある。


「レイナ」


 ヴァルト様が小さく声をかけてきた。


「顔が険しい」

「だって、ここは大神殿です」


 私は小声で返す。


「さっき何もしなかったのが、逆に嫌ですね」

「同感だな」


 ヴァルト様が短く笑った。


「儀式は飾りだ。問題はこの後だろ」


「ええ」


 私は息を吸う。


(パーティー会場で仕掛けてくる。そういう男よ、カルディスは)


 私は、ヴァルト様の腕に置いた手に、ほんの少しだけ力を込めた。

 演技のためじゃない。

 自分を落ち着かせるため。

 そして――決意を固めるため。


(お姉様を、絶対に守るわ)




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