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【連載版】魔女の汚名を被ったとしても ~聖女の姉を救うため、過去へ戻り偽聖女と神殿への復讐を誓う~   作者: shiryu


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第21話 足切り


 数日後。

 辺境派遣は終わり、私たちは王都へ戻る馬車に揺られていた。

 窓の外には、乾いた草原が流れていく。遠くの山並みが、薄い霞に溶けている。


「……疲れたわ」


 思わず零れた呟きに、お姉様が小さく笑った。


「お疲れ様、レイナ。あなた、本当に頑張ったわ」


「お姉様もよ」


 私は背もたれに頭を預ける。


「治療してる時の顔、すごく真剣で……見てるこっちが息をするのを忘れそうだったわ」


「ふふっ。レイナにそんなふうに言われるの、なんだか照れるわね」


 向かいの座席で、お姉様は膝の上に手を重ねる。

 白いローブはきちんと整えられているのに、袖口の内側だけが薄く擦れていた。

 治療のたびに腕を動かし、汗を拭っていた痕だ。


 私の隣には、ヴァルト様が座っている。


「……いろいろあったな」


 ヴァルト様が、面倒くさそうに言う。

 その声が、妙に優しい。


「いろいろ、ね……」


 私は苦笑した。


「偽治療薬に、魔物誘引に……。普通の派遣なら、一つでも十分重たいのに」


「お前が普通じゃねえことに首突っ込むからだろ」


 ヴァルト様が、ちらりと私を見る。


「師匠がいるからでしょう」


 即答してやると、彼は鼻で笑った。


「口だけは達者だな」


 お姉様が、私たちのやり取りを見てくすりと笑う。

 その笑みが、辺境で見せていた緊張の影を少しだけ薄めている。


(……久しぶりだわ、こういう時間)


 実家に戻っても、お姉様と私の生活は別れている。

 同じ屋敷に住んでいた頃でさえ、聖女としての務めと私の立場のせいで、ゆっくり話せる時間は少なかった。

 こうして馬車の狭い空間に閉じ込められているのが逆にありがたいなんて、変な話だ。


 ふと、お姉様が真顔になった。

 窓の外を見ていた視線が、ゆっくり私へ戻ってくる。


「……ねえ、レイナ」


「なに?」


「あなた……どうして闇魔法を学ぼうと思ったの?」


 胸の奥が、きゅっと軋んだ。

 来た。

 いつか聞かれると思っていた。

 辺境での騒ぎを経て、なおさら。


「それは……」


 言葉が喉の奥で止まる。

 嘘をつけば、お姉様はきっと悲しむ。

 でも本当のこと――回帰前のことなんて、言えるわけがない。


(どう言えばいいか。どこまでなら、言っていいのか……)


 迷っている間に、横からヴァルト様が、あっさり割り込んできた。


「愛しの姉を助けたいから、俺に闇魔法を教えてくれって頭下げに来たんだよ」


「……は?」


 私は思わず声を上げた。

 勢いよくヴァルト様を睨む。


「師匠! 言い方ってものが……!」


 否定したい。

 愛しのとか、余計な修飾までついているし。


 ――でも。


(……否定できない)


 喉が詰まって、言葉が出ない。

 だって、根っこはそれだ。

 お姉様を守りたい。助けたい。取り返したい。

 そのために、私は闇に手を伸ばした。


 お姉様が、目を大きくした。

 驚いたように私を見つめ、それから――ふわりと花が咲くみたいに笑った。


「……レイナ」


 その声が、やわらかい。


「そんな理由だったの?」


「ち、違……」


 反射で言いかけて、口を閉じた。

 違わない。

 違わなすぎる。


 お姉様は、胸の前で手をぎゅっと握った。

 嬉しそうに、少しだけ涙ぐんでいる。


「嬉しいわ」


「お姉様……」


「私、ずっと……あなたが私を嫌っているんじゃないかって、勝手に不安だったの」


 お姉様は笑いながら、でも真剣に言う。


「だってレイナ、最近はあまり甘えてくれなかったから。家でも離れの小屋にいて、何を考えてるのか、わからなくて……」


 胸の奥が、じくりと熱くなる。


(嫌うわけないでしょう。守りたいから、ここまで来たのに)


 ヴァルト様が、楽しそうに肩を揺らした。


「ほらな。言った方が早い」


「師匠は黙っててください」


 私は頬が熱くなるのを誤魔化すように、睨みつける。

 ヴァルト様は悪戯っぽく笑い、わざとらしく両手を上げた。


「はいはい。だが、事実だろ」


「……っ」


 それ以上言われたら、本当に黙らせたくなる。

 でも口を開けば開くほど、墓穴を掘りそうで怖い。


 お姉様は私の手にそっと触れた。

 指先が温かい。


「ありがとう、レイナ」


「……やめて。そういうの、慣れてない」


「ふふ。じゃあ、慣れていこう?」


 私は返事ができず、窓の外に視線を逃がした。

 でも、胸の奥のざらつきが、少しだけ溶けた気がした。


 ――馬車が王都へ近づくにつれ、外の景色は草原から石畳へ変わり、人の声が増えていく。


「帰ってきた、って感じがするわね」


 お姉様が小さく呟いた。


 馬車は大神殿の前で止まった。

 白い石造りの建物が、いつ見ても眩しいほどに整っている。

 その清潔さが、逆に気味が悪い。


 扉が開き、私たちは外へ降りた。

 神官たちが忙しなく動き、兵士たちが荷を下ろし、派遣の片付けを始めている。


 その人波の向こうから、ゆっくりと近づいてくる影があった。

 黒い祭服。整えられた髪。柔らかな笑み。


 神殿長、カルディスだ。

 その隣には、ミネルヴァもいる。


 私は無意識に背筋を伸ばした。


「お疲れ様でした」


 カルディスが、穏やかな声で言う。


「辺境派遣、ご苦労だったでしょう。特に、聖女エリシア様。大変な務めを果たされましたね」


「ありがとうございます、神殿長様」


 お姉様が丁寧に頭を下げる。

 カルディスは満足そうに頷き、それから――ふと、私へ視線を向けた。

 笑みは崩さない。

 けれど目だけが、刃みたいに細い。


「エリシア様……あなたの妹様は、魔女だとか」


 周囲の空気が、微かに揺れた。

 神官たちが手を止め、兵士たちが耳を澄ませる気配がする。


 私は、わざと落ち着いた顔で返した。


「そうですが、何か?」


「レイナ……」


 お姉様が不安そうに私の名を呼ぶ。

 私は大丈夫だと示すように、視線だけで返した。


 カルディスは、心配しているふりをするように眉を下げた。


「闇は人を堕とします。悪いことは言いません、学ぶのはやめなさい」


「……へえ」


 私は笑いそうになるのを堪えた。

 心配している?

 あなたが?


(滑稽すぎるわね)


「問題ありません」


 私ははっきり言った。


「すでに堕ちておりますので」


 カルディスの笑みが、一瞬だけ止まった。

 ほんの一瞬。


(……驚いたのかしらね)


 回帰前の私は、人を殺した。

 お姉様を奪われた復讐のために。


 闇に手を染めた、どころじゃない。

 それを言わないだけで、私はすでに充分に堕ちている。


「……なるほど」


 カルディスが、薄い声で言った。


 その瞬間、ヴァルト様が一歩前に出た。

 私の横に立ち、肩を並べる。


「こいつの面倒は俺が見てるんで」


 淡々と。でも、誰にも譲らない声音で。


 カルディスとヴァルト様の視線がぶつかる。

 カルディスは、ゆっくりと笑みを深くした。


「そうですか。――エーデルワイス侯爵家の嫡男様が」


 妙な言い方だ。

 褒めているようで、どこか棘がある。


(……嫡男ね)


 ヴァルト様は、『嫡男なのに次期当主として認められていない』と、周囲にそう囁かれている。

 それがなぜなのかは知らない。


 噂では、精鋭魔術師で実力もあるのに、変人だからだろうと。

 嫡男、という言葉をわざわざこの場で言う――つまり、挑発だ。


 ヴァルト様のこめかみが、ぴくりと動いた。


「……神殿長様は、他家の事情にも詳しいんですね」


 ヴァルト様が低く返す。


「神の導きは、あらゆるものへ届きますから」


 カルディスは余裕の態度を崩さない。

 まるで、盤上の駒を眺めているみたいに。


 ――そのときだった。


「神殿長様!」


 遠くから、焦った声が飛んできた。

 振り向くと、兵士が数人、誰かを連行している。

 手錠。縄。引きずられるような足取り。

 あの眼鏡神官だった。


「……っ」


 私は反射で息を呑んだ。

 あの男が、ここまで連れてこられる。

 軍法案件として処理されるのなら、証言の場があるかもしれない。


(カルディスの指示だって、吐け。吐いてくれれば――)


 そう思った瞬間、眼鏡神官がこちらを見つけた。

 顔が歪み、目が潤む。


「神殿長様! 助けてください!!」


 泣き声に近い叫び。


「私は……私は神の御心に従ったまでで……! 神殿のために……!」


 周囲がざわめく。

 神官たちが顔をしかめ、兵士たちが眉をひそめる。


(言え。今ここで、誰の命令か、言ってみなさい)


 私の胸の奥が、妙に熱くなる。

 期待と、確信と、怒りが混ざった熱。


 ――けれど。


 カルディスは、一切表情を変えなかった。

 ただ、静かに一言。


「黙りなさい」


 それだけで、場の温度が下がる。

 眼鏡神官の口が、ひくりと引きつった。


 カルディスは、まるで汚れたものを見るように視線を落とす。


「あなたのような人は、知りませんね」


 さらりと。

 何の痛みも感じていない声で。


 眼鏡神官の顔から、血の気が引いた。


「……え?」


 声が裏返る。

 助けてくれるはずの主が、助けない。

 それどころか「知らない」と切り捨てる。


 理解した瞬間、眼鏡神官の表情が絶望に変わった。

 崩れ落ちそうになる身体を、兵士が乱暴に引き上げる。


「う、嘘だ……神殿長様……! 私は……私は……!」


 叫びは、鎖の音に飲み込まれていく。

 引きずられていく背中が、小刻みに震えていた。


(……そういう男よね、あんたは)


 不要になったら捨てる。

 駒が壊れたら、次の駒を出すだけ。

 神殿長カルディスは、そんなふうに笑っていられる男だ。


 ミネルヴァが、カルディスの隣で小さく微笑んでいる。

 まるで最初から何も知らなかったかのように。


(……こいつら)


 私は奥歯を噛みしめる。


 カルディスは、こちらに向き直った。

 さっきまでの会話が途切れたことを、まるで気にしていない。


「では」


 穏やかな声。


「また後日、会いましょう。神殿はいつでも、あなた方を歓迎します」


 歓迎。

 その言葉が、気持ち悪い。


 カルディスは笑みを保ったまま背を向け、ミネルヴァを伴って大神殿の奥へ消えていく。


 私は、そっと息を吐いた。


(今回の辺境派遣は、お姉様を守れた)


 魔物の牙からも。神殿の陰謀からも。

 完全じゃないけれど、少なくとも、奪われずに済んだ。


 私はお姉様の横顔を見た。

 少し疲れている。けれど、優しい目をしている。


(これからも、絶対に守ってやる)


 闇に染まったこの手で。



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