表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】魔女の汚名を被ったとしても ~聖女の姉を救うため、過去へ戻り偽聖女と神殿への復讐を誓う~   作者: shiryu


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/19

第17話 魔女狩りへ


 その夜。神官用宿舎の一室。


 安物の机と椅子がひとつ。

 窓には薄い布が打ちつけられ、外の月明かりさえまともに入ってこない。

 机の上には、黒い光を湛えた水晶球が置かれていた。


 眼鏡の神官は、水晶球にそっと手を触れた。


「……王都大聖堂、神殿長カルディス様。こちら、辺境派遣中の神官にございます」


 定型句を唱え終えると、球の中に黒い靄が渦を巻き、やがて人影が浮かび上がる。


『……聞こえていますよ』


 落ち着いた低音。

 それだけで、神官の背筋はぴんと伸びた。


「か、カルディス様……!」


『例の件に、進展があったのですね』


 穏やかな声。

 だが、その奥に冷たい刃が潜んでいるのを、彼は知っていた。


「は、はい。本日、予定通り、現聖女エリシア様の治療薬に不良品を混ぜ、評判を落とす作戦を実行いたしました。しかし――」


『しかし?』


 わずかに声が低くなる。

 神官の胃がきゅっと縮んだ。


「結果から申し上げますと、失敗に終わりました。申し訳ありません……!」


 部屋に沈黙が降りる。

 水晶球の向こうから、冷たい圧だけがじわりと滲んでくる。


『そうですか。失敗、ですか』


「も、申し開きの余地もございません。ただ……聖女エリシア様ご本人は、自分の力不足だと受け止めておられました。あの方だけなら、いくらでも罪を被せられたはずなのです」


『ふむ、それで?』


「邪魔が入りました。聖女の妹――あのレイナという娘が」


 あの時の光景が蘇る。

 瓶を手に取り、「これはお姉様の治療薬ではありませんわ」と、あっさり見抜いた黒髪の少女の姿。


「あいつさえいなければ、作戦は完璧に成功しておりました」


 悔しさ混じりに吐き出すと、水晶球の靄がわずかに揺れた。


『……やはり, あの子が』


 カルディスの声が低く落ちる。


『邪魔ですね』


 その一言に、神官の背中を冷たい汗が伝う。


「さらに、報告すべきことがございます」


『聞きましょう』


「レイナという娘は……魔女です。前線で闇魔法を使っていたと。兵士も魔術師も見ております。影から黒い槍を生やし、魔物を貫いたと。本人も、闇魔法を使ったと認めました」


 短い沈黙。

 やがてカルディスは、抑えた息を漏らした。


『……闇、魔法』


 驚愕とも興味ともつかない響きが混じっている。


『まさか、本当に「闇」の担い手が現れるとは』


 聖女の癒しが、神からの奇跡ではなく「光魔法」であること。

 その対極に「闇」があること。

 カルディスは、そのどちらも知っている。

 光を「神の奇跡」に仕立て上げ、闇を「絶対悪」に落とす。

 その構図こそ、神殿が求めてきたものだ。


「異端者として吊るし上げたいくらいですが……しかし、闇魔法そのものは法律で禁じられておりません。教義上の禁忌に過ぎず、闇魔法を使ったからといって即座に罰することは難しい……」


『ええ。そこが少々、面倒ですね』


 と言いながら、カルディスの声はどこか愉快そうだった。


『ですが――「闇魔法を使う魔女が災厄を引き起こした」となれば、話は変わるでしょう?』


 神官の心臓が、どくんと跳ねる。


『人々は、真実ではなく物語を信じる。聖女の奇跡の物語を信じる者は、魔女の呪いの物語も、同じように信じるのですよ』


 静かな声で、残酷なことをさらりと言う。


「し、しかし今は、偽治療薬の件もあり、私ども神官にも疑いの目が……。下手に動けば、こちらに火が――」


『だからこそ、ですよ』


 カルディスは、彼の言葉を遮った。


『そこには、都合よく「魔女」がいるじゃないですか』


 神官は、はっと息を呑む。

 ――そうだ。なぜ最初にそれを思いつかなかったのか。

 原因が何であれ、「魔女の仕業」と人々が思い込めば、それでいい。


『あの作戦を、実行しなさい』


 カルディスが静かに告げる。


 神官は唇を噛む。

 恐怖と同時に、ぞくりとした高揚が胸を満たす。


「……承知しました。次こそは、必ず作戦を果たしてみせます」


『期待していますよ』


 水晶球の靄が、すっと薄れていく。

 静寂だけが、狭い部屋に取り残された。


 神官はしばらくの間、固く握りしめた拳を見つめていた。

 やがて、水晶球に布をかぶせ、小さく呟く。


「今度こそ――魔女を、焚きつけてやるぞ」


 そして、王都の大神殿で――カルディスは、水晶球から手を離し、ゆっくりと椅子の背にもたれかかった。


「聖女の妹が魔女、か」


 薄く笑う。

 物語として、これ以上なくわかりやすい構図だ。


「神はおらず、聖女の癒しは光魔法。……それでも、人々は『神の奇跡』を望む」


 ならば与えてやればいい。

 信じやすい奇跡と、憎みやすい悪役を。


「光を際立たせるには、濃い影が要る」


 窓の外には、夜の王都の灯が瞬いている。

 カルディスはその光景を眺めながら、静かに呟いた。


「辺境でひとつ、炎を焚きましょうか」


 人々が、喜々として魔女を探し出すように。

 聖女と神殿を「正義」として仰ぎ見るように。


「――魔女狩りです」


 その言葉に応えるように、燭台の炎がぱちりと音を立てて揺れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ