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【連載版】魔女の汚名を被ったとしても ~聖女の姉を救うため、過去へ戻り偽聖女と神殿への復讐を誓う~   作者: shiryu


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第12話 辺境先に着いて


 馬車に乗って一週間。

 朝に出て、夕方に止まり、簡素な宿や野営地で眠る――それを繰り返して。


 やがて、馬車の外の空気が変わった。


(……着いたのね)


 窓の外に、北の辺境の町が見えた。

 聞いたことがある、この地方随一の交易拠点――の、はずなのだけれど。


 かつて賑わっていたという広場は、閑散としていた。

 開いている店はまばらで、店先の看板もどこか色あせている。

 行き交う人々の足取りは重く、顔には疲労の影が濃かった。


(やっぱり、魔物災害の影響かしら)


 町の外周を守る柵や防壁は、ところどころ補修の跡がある。

 巡回する兵士たちの鎧も、急ごしらえの修理跡が目立った。


 広場に馬車が止まると、すぐに神官と兵士たちが動き出す。


「宿舎の確保を急げ! 神殿の一行はこっちだ!」

「負傷者の搬送状況を確認しろ! 重傷者は治療院へ!」


 怒鳴り声が飛び交い、荷物が運ばれていく。


 神殿長カルディスの姿はない。もちろんだ。

 あの男は、こういう場所に自分から足を運ぶ類いではない。


(後ろで盤面を眺めている方が、性に合っているんでしょうね)


 聖女二人は、到着早々、治療院へ向かうことになった。


「現地の状況は、治療院で説明を受けていただきます。すぐに動けるよう、ご準備を」


 そう言われ、お姉様とミネルヴァ、それに神官数名が白いローブを翻して歩き出す。

 私と師匠も、その護衛という名目で同行することになった。


 町の中心部へ向かう道を歩いていると――。


「聖女様……!」


 か細い声が、路地の脇から飛んできた。

 見ると、道端にしゃがみ込んだ女の人が、小さな子供を抱きしめていた。


 子供の足首は包帯でぐるぐる巻きにされ、その赤い染みが滲んでいる。


「お願いです……! この子を、助けてください……!」


 母親の顔には疲労と恐怖が刻まれていた。


 ミネルヴァが、そちらへ視線を向ける。

 その青い瞳が、一瞬だけ細められ――すぐに、薄く笑った。


「今は急ぎで治療院へ向かっているところですの。勝手に治療をしてしまっては、現場の判断とも食い違ってしまいますわ」


 言葉は柔らかい。

 けれど、その実は「見捨てる」という宣告だ。


(……そう来たのね)


 その親子の横を、ミネルヴァが通り過ぎるかと思えば――。


「待ってください、皆様」


 お姉様は足を止めた。

 彼女は迷いなく母子の前にしゃがみ込む。


「お怪我を見てもいいかしら?」


「せ、聖女様……!」


 母親の目に、涙が溢れる。


 お姉様は子供の足にそっと触れ、その顔を覗き込んだ。

 子供は熱に浮かされているのか、うわごとのように何かを呟いている。


「大丈夫よ。すぐに楽になりますからね」


 静かな祈りの言葉。

 彼女の掌から、淡い光が溢れる。


 闇に慣れてしまった私の目には、その光が眩しくてたまらない。


 ほどなくして、子供の呼吸がゆっくりと落ち着いていく。

 足首を巻いていた包帯の赤が、みるみる薄くなっていった。


「……あれ?」


 子供が、かすれた声を漏らす。


「足が、痛くない……」


「ええ、もう大丈夫よ」


 お姉様は優しく微笑む。


「聖女様、本当に……本当にありがとうございます……!」


 母親が、地面に頭を擦りつける勢いで感謝の言葉を述べる。

 子供も「ありがとう、お姉ちゃん」と、小さな声で呟いた。


(……さすがお姉様)


 胸の奥が、じん、と熱くなる。

 こういうところが、私はたまらなく誇らしい。


 けれど――。


「エリシア様」


 冷や水をかけるような声が、すぐに飛んできた。

 先ほどから一行を案内していた神官の一人だ。


 年の頃は三十前後。やせた顔に、いかにも真面目そうな眼鏡。

 だが、その目は冷たかった。


「勝手な治療行為は、お控えくださいと事前に申し上げたはずです」


「……申し訳ありません。ただ、目の前に苦しんでいる子がいたので」


「お気持ちはわかりますが」


 神官は眉間に皺を寄せる。


「聖女様の力は神聖なるもの。限られた神の加護を、無制限にばらまくわけにはいきません。ここで一人をお救いになったことで、後で救えない誰かが出るかもしれないのです」


 内心で、盛大に悪態をつきたくなった。


(はっ、何もできない神官ごときが、神聖なる力がどうとか、限られた加護がどうとか、偉そうに講釈垂れないでほしいんだけど)


 もちろん、口には出さない。

 代わりに、じろりとその神官を値踏みするように見た。


 こいつはおそらくミネルヴァ派閥の人間。

 覚えておく必要がありそうだ。


「……以後、気をつけます」


 お姉様は、素直に頭を下げた。

 それがまた、癪に障る。

 お姉様は悪くないのに。


 だが、ここで噛みついても得るものはない。

 私たちはそのまま歩を進め、治療院へ向かった。


 辺境の唯一の治療院は、想像以上に逼迫していた。

 ベッドは足りず、簡易の寝台が廊下にまで並んでいる。


 包帯と血の匂い。荒い呼吸とうめき声。


「聖女様、お待ちしておりました!」


 院長らしき壮年の男が飛び出してきて、深々と頭を下げた。


「戦線から運び込んだ負傷兵が多く、回復が追いついておりません。どうか、お力をお貸しください……!」


「もちろんですわ」


 ミネルヴァが、先に口を開く。


「神の御心のままに、できる限りのことをいたします」


 彼女の手には、例の銀の杖。

 宝玉の奥では、増幅陣の気配が淡く揺れている。


(……さすがに、ここで邪魔するわけにはいかないわね)


 意地悪をするには、場所が悪すぎる。

 彼女の邪魔をしてここで誰かが死ねば、後味が悪いじゃ済まされない。

 だから今日は、偽物にもちゃんと働いてもらう。


 治療院の奥へ進むと、重傷者から順に案内されていった。


「こちらの列をエリシア様に。こちらの列をミネルヴァ様にお願いいたします」


 再び二手に分かれる列。

 兵士たちの中には、噂に聞いていたのか、「本物の聖女」だと囁く声も混じっていた。


 ミネルヴァの方へ向かう者もいるが、その目には期待と不安が半々だ。


「お前はどちらのそばに?」

「もちろん、お姉様の方に決まってますわ」


 即答すると、ヴァルトが「だろうな」と苦笑した。


 治療が始まる。


 ミネルヴァは、教科書通りの所作で祈りの言葉を紡ぎ、杖を掲げる。

 宝玉から放たれる光は、前よりも幾分強くなっている気がした。


 ちゃんと働きさえすれば、それなりには癒せるのだろう。

 兵士たちの表情も、先日の共同施療のときよりいくらか明るい。


 一方、お姉様は――。


「大丈夫ですか?」


 血まみれの包帯を外し、傷口にそっと手を当てる。

 その動作は、何度繰り返しても変わらない。

 ただ、ひたすらに穏やかで、優しい。


 そして、その光も。


(……相変わらず、底が見えないわね)


 ミネルヴァの癒しが「強化された治癒」だとするなら。

 お姉様のそれは、もはや別物だ。


 傷口が一瞬で塞がるわけではないが。

 けれど、痛みがすっと引き、熱が静まり、血の巡りが落ち着いていく――その過程が肌でわかる。


「お、おお……腕が、動く……!」

「こんな短時間で、ここまで……」


 兵士たちが驚き、感嘆する声が何度も上がった。


 ミネルヴァの方でも歓声は上がっている。

 決して、彼女が「無能」というわけではない。


 けれど――。


「ミネルヴァ様、そろそろお休みになられては」


 しばらくすると、付き添いの神官がそう進言した。

 確かに、ミネルヴァの額には汗が滲み、呼吸も荒い。


 増幅陣で底上げしているとはいえ、元々の器がそれほど大きくないのだろう。


「わたくしは、まだ――」

「無理は禁物です。神力の枯渇は命に関わりますから」


 宥められ、ミネルヴァは渋々ベッドから一歩退いた。


 一方、お姉様は――。


「エリシア様、神力のほうは……」

「大丈夫です。まだいけます」


 息は少し上がっているものの、顔色は全く変わらない。


(……ほんとにどこまでいけるの、この人)


 前の時間軸でも、何度も見た光景だ。

 お姉様の癒しの力は、ほとんど「無尽蔵」と言っていい。


 もちろん限界はあるのだろうけれど、普通の聖女候補を基準にしていては見誤る。


(ミネルヴァが弱いんじゃない。お姉様が、異常なだけ)


 改めて、その事実を思い知らされる。


 やがて、重傷者たちの治療が一通り終わり、残っていた軽傷者も癒されていく。


「本当に、助かりました……!」


 治療院の院長が、両手を合わせるようにして何度も頭を下げた。


「この町の戦力が、どれほど救われたか……! 聖女様には、感謝してもしきれません!」


「私たちは、できることをしただけですわ」


 お姉様が少し照れたように笑った。

 院長はお姉様の手を握って「ありがたや……」などと呟いている。


 その後ろでは休憩していたミネルヴァが少し悔しそうに顔をしかめている。

 まあ、明らかにお姉様のほうが人を癒したから、院長の態度に差が出るのは仕方ない。

 ミネルヴァも悔しそうにしているのでいい気味だ。


 ……にしても、院長は私のお姉様の手を握るのが長くない?

 思わず「院長先生、お引き取り」と間に入ってしまった。


「あ……ふふっ、レイナったら」


 お姉様に嫉妬で間に入ったと思われているみたいで恥ずかしいけど……。


 しかし、聖女の仕事は、これで終わりではない。


「これから、治療薬の作成に移ります」


 お姉様の言葉に、私は小さく頷いた。


 聖女は、直接癒すだけが仕事ではない。

 癒しの力を水に込め、治癒薬として配布することもできる。


 薬草から作られたものよりも効果が高く、保存も利く。

 それは、戦場や辺境では何よりも重宝される資源だ。


「こちらの部屋で、お願いします」


 案内された部屋には、大きな水桶と、その周りに並べられたガラス瓶がいくつも置かれていた。

 すでに簡単な浄化と調合を終えた水らしく、ほのかに薬草の匂いがする。


「では、しばらくは室内での作業になりますし、外の警備は私たちが」


 ヴァルトがそう申し出て、院長も即座に頷いた。


「助かります。最近は町中にまで魔物が入り込むこともありますので……」


「わかりましたわ。お姉様、あとでまた顔を出します」


「ええ、レイナも無理しないでね」


 そう言って微笑むお姉様の姿を目に焼き付けてから、私は部屋の片隅に立ち、しばらくその様子を見ていた。


 水桶に手をかざし、祈りを捧げる二人の聖女。

 水面が、淡い光を帯びていく。


 同じ作業をしているはずなのに――。


(やっぱり、お姉様の方が速い)


 エリシアの周りの空気は、静かに満ちていくような印象だ。

 ミネルヴァの方は、光が一瞬ぶわっと強まり、それからじわじわと水に溶けていく。


 効率も、安定性も、明らかに差がある。


 しばらくすると、ミネルヴァが額の汗を拭った。


「……すみませんわ。少し、休ませていただいても?」


「もちろんです、新聖女様!」


 神官たちが慌てて椅子を用意する。

 どうやら、薬の生成だけで限界が近いらしい。


 一方、お姉様はまだ手を止めない。


(本当に、桁が違うわね……)


 そんなことを考えながら、私は部屋を出ることにした。


「じゃあ、俺たちは外の様子を見てくる」


 ヴァルトも一歩退く。

 私もそれに続いて治療院の廊下へ出る――そのとき。


 ちらり、と視界の端に何かが映った。

 先ほどお姉様を叱っていた神官が、部屋の出入り口の影で、口元を歪めていた。


(……今の、顔)


 あからさまに悪い笑み。

 けれど、一瞬のことだったので、周囲の神官たちは気づいていないようだ。


(あの神官……やっぱり、要注意ね)


 私はその顔と立ち居振る舞いを、しっかりと脳裏に刻み込んだ。


 治療院の外に出ると、辺境の町の空気が改めて肺に流れ込んできた。

 冷たい。

 けれど、どこか澱んでいる。


「……やっぱり、戦場の手前だな」


 ヴァルトが、空を見上げながらぼそりと呟いた。


「魔物の気配が、そこかしこにこびりついてやがる」


「師匠には、そういうのがわかるんですの?」


「魔物も魔力を持っているからな。人間の魔力と嗅ぎ分けるのは簡単だな」


 軽く肩を竦めた後、彼は私の方を見た。


「それにしても――やはり、聖女の力は面白い」


「今さらですわね」


「ああ。だが、確信が持てた」


 ヴァルトの目が、どこか楽しそうに細められる。


「俺の考えは、間違っていない」


「どういう意味ですの?」


 問い返すと、彼は周囲を一瞥し、私の耳元に顔を持ってくる。


「――神なんて、いないってことだ」


 灰青の瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜いた。

 その言葉の重さに、思わず息を呑む。


(神殿の根底をひっくり返すような考え方ね)


 神の奇跡。神の御心。神の加護。

 この世界の聖女の癒しは、全部それで塗り固められている。


 その土台そのものを、「ない」と切り捨てる人間がいる――それも、王都有数の魔術師が。


(やっぱり、この人もそう思うのね)


 胸の奥でぞくりという寒気と、妙な安堵が同時に走った。


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