一人と、一匹
略奪した場所をどうするかは、状況によってまちまちだ。
あまり旨味のない村なら奪えるものは奪って焼け野原にする。頭のいい指揮官がいるときは、村人を何人か生かして畑を耕す奴隷にするらしい。高位の人間の中には、今の私には無縁なことだが、専属の奴隷を抱えるもの好きもいると聞く。喋る食料を飼うということに、私は頭を傾げたくなってしまうが。
奪った場所を定住化することもある、果人の作った街を得た時は特にそうだ。奪い返しに来る奴らとの対峙が続くこともあるが、柵より強固な壁に囲まれた地で過ごし続けることを望む者は多い。
人間は、成長に伴って千差万別な育ち方をする。厄介で強力な魔法を扱えるようになっていく者、頭が育ち戦局を指示する立場になったり商売をしたりして戦地に直接関わらずに生きていけるようになる者。私は、背と肉ばかり育ったお陰で戦地を転々とするばかりの生活を送っている。それ以外の生き方を結局は知らないのだが、果人を略奪して生きながらえている。
ある日、略奪した家の中で足者には平伏して縋る雌の果人が居た。その番はすでに殺している、家の外で。野ざらしに寝るより奪った家の中で過ごす方が疲れはよく取れその住まいを他の兵士に奪われない程度の腕っぷしは既にあった。そうした時、死骸が家の中で腐って住み心地が良くないという程度には、略奪がうまくなっていた。
そうした中、こうして命乞いをされることも多い。すでに逃げたとしても未来はないことが分かっているのか、それでも飼う気にも飼い方も分からない中では今までは気にせず殺していた。
だが、ふと、その部屋の本棚に目が留まる。一つを手に取ると、それは絵本だった。母と共に読んだ頃とは太くなった指で頁を捲っていくが、記された文字は果人のもので読み解くことができない。
「おい。これは、何と読む」
伏したままの面を上げさせ、開いた絵本に書かれた文字を指指す。困惑したようにか細い声で何か帰ってきたが、当然何を言ってるのかは知らず根気よく詰め寄った。そして、絵本の赤い果実を指さした。
今まで何かを望んで戦場に立ったとこはなかった。生き延びるには戦うしかなくがむしゃらに敵を殺し、次第に戦地が苦でなくなっていく時も、貯えを武器や飯に変えていくばかりで欲しいものはずっと無かった。
だが、一つ知識が増えたことに、自分でも不思議な興味が湧いていた。この調子で雌果人を次々と質問攻めにし、日が暮れた辺りで声が出なくなってしまったため、持っていた水を飲ませた。果人も飯と水が必要らしいことは、知っていた。枷など特にしなかったがこいつが逃げ出すことはなかった。そのせいで次の戦場に移るとき、荷物がいくつか増えることになった。いくらかの本と、雌果人、一匹。
いつもの調子で行軍をすると果人が弱ることが分かったので、移動はもっぱら肩車をして運んでいた。駆け出しの少年兵だったころとは比べ物にならないほどに腕は筋肉の鎧を纏い、強く血を踏みしめる脚は多少重りを加えた程度で進みを遅くすることはない。だが、今まで武具と食料以外に興味を示さなかった男が急に果人を肩車して現れたとなれば周囲の人間の目は奇怪なものを見るように変わっていく。
「よう、セイ。珍しいもん持ってきてるじゃねぇか」
先に声をかけたのはジェスパーという男だった。私と同じく戦場ばかりをうろつく生き方をしており、最近は同じ戦地を駆けている。酒が好きで戦勝の時にはいつも酩酊しているが、いざというときに判断を鈍らす毒を好む性は私とは異なっていた。
「ああ、拾ってな。飽きたら捨てる」
「女にも興味ねぇって面だったのに、そんなに具合がいいのか?なぁ、後で俺にも貸してくれよ」
欲望に正直な瞳が果人の身体を舐めるように注がれる。腿越しに、震えが伝わった。だがその物言いに疑問に思うままに首をかしげる。
「細いし、食い甲斐はないと思うぞ。お前、そんなに飯に困っていたのか?」
「……なんで本当にその雌を持っていこうとしてんだ?つくづく、お前は変な奴だな」
呆れたような物言いをされて背を向けられてしまった。他にも顔見知りから揶揄うように声をかけられたが、皆おかしなものを見るようにして立ち去ってしまった。食わすにしても死んでしまうし、私の果人語の教材が居なくなってしまうのは今は惜しい。「飯連れのセイ」、そんな奇妙な二つ名が流れていたような気もしたが、私は戦地を一人と一匹でその時から駆けるようになった。
一人ではなく一匹増えた生活は、正直言って面倒だった。戦場に連れては死ぬだけなので隠さなければならないし、最初は己の所有物と分かるように武器と共に待たせたりもした。食えるもの食えないもの、食えるとしても嫌うものがあるようで人間用の飯を覚えて探すのに最初は苦労した。私よりずっと身体が弱く、多少の寒さで風邪をひいて死にかけさせた事もあった。生き物を飼うのはとてもとても面倒だった。
だが、彼女は生きた。逃げ出すこともなく、他の兵士が奪おうとした時も運よく私が戻って運命を繋ぎ、焼いたばかりの村で過ごす時は飯を食わなかったときもあったものの今はもりもりとその村から略奪したパンというものを食らっている。弱い果人も、環境というものに順応していくらしい。何も知らない少年兵でしかなかった私も、戦場暮らしで食い繋いでいくようになったように。
そして、果人の言葉を私に教え、文字は読めないものが多いもののある程度の言葉を交わせるようになった。初めて、彼女の名を知った。生きさせてやるのも面倒だが、その面倒さも、次第に生活の慣れ親しんだものへと変わっていった。
『おはようございます、セイ様』
頬を撫でられぱちりと目を開ける。いつしか、私の傍らで眠ることを望むようになった。寒さか不安か最初告げられた理由は忘れたものの、番を殺した相手と時間を過ごし簡単に殺される距離で眠ることを望むようになる心理が果人特有なのか、生存のために感覚を狂わせた故なのかは私には分からない。何故だとしても彼女に私は害せない、そんな力はないし彼女を殺すことに何一つ躊躇わないのも知っているだろう。されど今日も私を起こし、同じ食卓を囲む。
スープに物持ちの良い硬いパンを浸して食う相手と対照的に、私は焼いた果人の腕や足をこんもりと並べ骨ごと齧って腹を満たしていく。同族を目の前で食われていく様も虹彩の失われた瞳は何の感情も浮かべることはなく、そうした食事の中で交わした会話で、私はこの世界のことも知っていった。
果人と呼んでいるものは、自身のことを人間だと考えているらしい。そして私たちのことを、魔物と呼んでいる。人を食い、土地を荒らし奪っていく魔の物、魔物。ずいぶんと傲慢な物言いだと思ったが、私たちも彼らを果人、潰した時に果実のように真っ赤な血を噴き出して死ぬから、とそう呼ぶようになったのだから同じなのかもしれない。
彼らとはずっとずっと、長い間戦いを続けている。冒険者と呼ばれる果人の中でも力を持つものがパーティを組み、彼ら自身で、あるいは彼らの国の兵士たちと連携して魔物から人間を救おうと戦いを続けている。そして中でも傑出した力を持つ者を勇ある者──勇者と呼び、魔王を倒して平和を得ようと旅を続けている、らしい。
魔王。私の世界の中でそう呼んだことはないが、高位の力を持つ者の頂点として王がいることは知っていた。兵士たちの長、人間の中で最も恐ろしく最も力を持つ者。だが、それはただ一人を指すというより、肩書のような印象だった。今誰なのかは知らないし、そいつが死んだとして、次に強い奴が王と呼ばれるようになる。殺したのが人だってそいつに恨みなど持たないだろう。どうにかなったとして、生きるのに必要ならば、王がいなくたって略奪を続けるのには変わらない。国も、知らない。生まれた村はあったが、それは今の地図のどこにも記されていない。
『お前のいた村には』
『ミリアです』
『いなかったのか、勇者は』
『ミリアです』
『どうだったんだ、……ミリア』
時に、強情さを見せる時があった。添い寝を強請るときも、呼ぶときにはおい、やらで良かったのが今では名を呼ばせるようになっていることも。彼女の飼い主として舐められているのなら改善しなくてはいけないのだろうが……まあ、いい。
『冒険者様はいましたが、勇者と呼べるものは。あの者たちを、勇者と呼びたくはありません』
聞けば、ある程度力をつけた冒険者は敬意をもって接しなければならないらしい。敵に対する唯一の力なら、ある意味合理的かもしれないが。望むままに飯も金品も、あるいは女まであてがわれながら村も守れず死んだ野郎に対しての愚痴を彼女はつらつらと並べていた。その恨みは奪った側に向かわないのかと聞きたくなるが、まあ、なんだが彼女を不機嫌にさせてしまった。
別にペットごときがどんな感情を持とうが知ったことじゃないが、こうしてまあまあな時間を共に過ごす者がこうな時間が続くのもよくはない。ふと、彼女の装いを見て思いついたことを口に出した。
『今日は、買い物にでも一緒に行くか。おま……ミリアにも色んなことを教えてもらったしな。服でも、買ってやる』
彼女の装いは、とても素朴なものだ。飼っているだけの食料なのだがら気にすることもないが、教わったほかにも炊事や洗濯と生活のことをよくやってくれている。どこかで女は服を買ってやれば喜ぶ、とか吹いていた奴がいた記憶があった。だが、彼女は驚いたように目をまん丸にし、そして訝しむようにして細めまっすぐに見つめてくる。
『セイ様がそんなことを仰るなんて、珍しい。どこかで口説き方でも教わってきましたか』
『……嫌なら、いい。変なことを言ったな』
慣れないことをするものではなかった。そう話を切り上げようとしたが、ミリアは小さな頭をぶんぶんと横に振った。
『行かないとはいっていません。嬉しいです、セイ様』
普段何も浮かべない表情に、初めて笑顔を見た気がして、一瞬戦場に居るときのように鼓動が高鳴った。それを不思議に思いながらも、食事を済ませ、街に出るための準備を始めた。




