初陣
身寄りのない子供一匹が辿り着く先は、屍か兵士になるしか道はなかった。村を襲った敵──果人、と呼ばれているもの。ひょろりとした体躯の者が多く肌は白い、肉も柔いが頭は姑息で狡猾だ。奴らは毎日のように村を襲い、洞窟を焼き、命も土地財産も根こそぎ奪い去る。それに容赦など覚えない。我々を人間ではない、化け物のように扱い、許していけば思いのままに境界線は書き換えられ最後の一人も生存をさせず絶滅させていく。抗うなら、奪い返すしかない。奴らのように殺して、村を奪って生存権を広げていくしかない。空腹に魂を持っていかれる前に拾われ、簡単な訓練だけを受けさせられて擦れて出来た怪我も治らないまま初陣を迎えていた。
「進め、進め、進め!」
覚えた事は一つだけ、突撃の合図が出れば手にした楔を枝に括りつけられただけの獲物を手に突っ込むことだけ、退くための合図は知らされていない。
何の遮蔽物もない草原の中、その脚を最初に止めたのは一緒に訓練を受けた中で一番に足が速くそれを自慢にしていた子供だった。空を見れば子蠅のような黒い染み、それが地に、隣にいた子供の身体を貫いて初めて矢だと気づく。足がすくむ者、地面に伏せる者、そしてその恐ろしさに背を向け逃げ出した者をつい視線で追ってしまうと、それは大きな足に踏みつぶされ地の染みになっていた。逃亡兵は、死罪。ああ、そんなことも教えられていたか。
まるで夢の中で走っているときのようにふわふわとした力しかないままに血と矢が降り注ぐ戦場を無理やりに突き進んでいれば、背後から大きな火の玉が飛んでいき、柵の上に着弾すると喉を張り割くような絶叫が地面に落ちていく。どうやら柵の上で狙い撃ちをされていて、それが味方──それにも命を脅かされているのだが、それが処理してくれているらしい。それでも矢は前線を駆けるものばかりを貫いていく中で、運よく、目的の柵にたどり着いた。
目的地に着いたとしても、大きな入口の扉は当然固く締められている。それを前に戸惑う中、火球が扉に着弾し大きな音が響く。
燃え盛る扉はいくらか脆くなったといえ、未だに侵入者を拒み続けている。だが下される命令、背後からより大きくなる足音、そして降り注ぐ矢や槍に必死にすし詰めになりながら少年兵たちは扉に向かって進撃を続ける。しっかりとした木で編まれた扉も限界を迎え、その先に進む道を作り出した時、突っ込んできた盾に正面から吹き飛ばされ私の身体は宙に浮いていた。
地面に身体を強く打ち付け、肺から空気が抜けかすむ視界の中で眺めた目の前の光景は物語の中に迷い込んだのかと思う景色だった。大盾を構えた果人の中でも屈強な者が先頭に立ち、既に距離を詰めた大柄な兵士がそれに拳を打ち付け地震のように地を揺らしている。それで稼いだ時間に間髪入れずに扉の中から放たれる眩い光線、それに身を貫かれる者もいれば死んだ仲間を盾にして突き進む者、返しと放たれた火球との間で巻き起こされる幾多の爆発音。ちっ、冒険者がいたか──そんな呻きの後に放たれた号令と共に兵士たちは隊列を組み直し、より苛烈な殺し合いへと様相を変えていく。が、甲高い悲鳴と共に眩い光線が放たれなくなって、扉と同じように果人の隊列は踏みつぶされ兵士たちは扉の奥へと殺到していく。
「餓鬼、お前、まだ生きてるな」
このまま他の子供たちの亡骸のように地の染みになっていれば生き延びる事は出来るのではないか、そんな考えは片手で簡単に私の頭など覆える手に鷲掴まれる事で断たれた。その男は、私を拾い扱くだけ扱いて前線に送り出した指揮官級の兵士だった。腹を殴られ、溜まった胃液と血を吐き出し、むしろ身体が軽くなる。
「寝てるだけの餓鬼に食わせるための飯はねぇ、走れ、殺せ、奪え。手ぶらで生きて帰ってみろ、その時は俺が殺してやる」
はい、と掠れた声で答え解放されるや逃げるように私は走っていく。少年兵に、それどころか兵士たちの大半に報酬などというものはない。生きたければ、より良い生活を送りたければ、戦場で略奪したものを身に着けていくしかない。地に転がっていた死骸から矢を引き抜き、それだけを手に村の奥へと駆け込んだ。
村を守る柵や冒険者を失った村は、一方的なもの。たくさんの家が燃え、鍬や箒まで持ち出して応戦する果人の村人がどんどんと地に伏していき、金目の物を手にでき咆哮している兵士、全裸に剥かれ叫んでいる雌の果人もいる。
私も何か略奪しなければ、少しの間探しているとまだ燃えていなく血の匂いもしない家を一軒見つけた。前線から少し離れ、他の者が見つけるにも時間がかかりそうな場所。何も考えず急いてその扉を蹴り開けた時、銀に瞬くものが飛び出し咄嗟に裂けたところで地面に押し倒されてしまった。
「魔物繧√、家族縺ォ縺ッ指一本触繧後縺輔縺帙繧薙縺懊!」
それは雄の太った果人だった。手にしたナイフを突き立てようと力を込めて振り下ろそうとしており、その手を握って抗うものの、その切っ先は少しずつ私の顔へと近づいていく。
死から避けるように顔をずらし、刃の先端が頬に傷を作り青い血を垂らすその時、果人の表情が怒りから一瞬悲しみを孕んだものになり、手の力が一瞬緩んだ。無我夢中で腹を蹴ると互いの身体に隙間ができ、無防備な首筋に嚙みつくと、簡単に噛み千切ることが叶ってしまった。その肉は瑞々しいがしょっぱい、されど久しぶりの飯を咀嚼し嚥下する中で果人は首筋を抑えながら何かを叫んでいる。
「逃縺偵繧阪…早縺上…遠縺上縺ォ…」
再び首に噛みつき肉を抉ったところでそれは声を発さなくなり、腹も満ちた所で物品探しと家に入れば、その中にはまだ二人の果人がいた。顔を真っ青に染めていたが、家の外の死骸を見たのか目から透明な液体を溢れさせる。武器も手にしていないので害意は感じなかったが、大きい方があまりにもうるさかったので首に手をかけ胴体と頭を切り離してやったら静かになった。もう一人は、子供だった。少し悩んだ後にそれは放っておくことにし、大きい方かつけていた装飾品を奪い、部屋の探索に時間をあてる。
物色を続ける間、小さい方は逃げもせずずっとこちらを見ていたが、構わず金になりそうなものを片っ端から部屋にあった麻袋に詰め込んでいく。飯も見つけ胃袋にも納めていた時に気づけばその姿は消えており、前線が近づいてきた所でその家を後にする。
略奪したもののほとんどは結局、私を拾った兵士に奪われた。それでもその日は十分に腹を満たすことができ、素朴な槍ではなくナイフを懐に持つことができた。その一本だけで、これからの略奪には大いに役立った。
初陣は、こうして運良く、私は生き延びる事が叶った。その次も、その次の次も、私は生き延びた。飯を食らったことで体躯は大きくなっていき、略奪したものを奪われる量も少なくなっていった。未だに戦場以外の世界を、あまり知らないまま。




