拳闘少女の見つめる先
ムツミが幻霧山から下りてきてから様子がおかしい。
いや、原因は分かっている。
ミューラフォグオルムという神竜と会話してからずっと様子がおかしい。
どうしてそのことを私たちに相談してくれないのかとずっと言ってくれるのを待っているのだが、なかなか踏ん切りつかないらしくて話してくれない。
ムツミはああ見えて臆病だ。
街中を歩けば、道行く人が振り向く美人で、誰も彼女を放っておかないだろう。
規格外の魔力を持って、普通の魔法使いが人の寿命では到達できないところまで彼女はいっている。
そんな彼女が何に怯える必要があるのか。
それに悩むとしたら本来なら私たちの方で、ムツミは一切悩む必要ない。
どちらかと言えば、不満に持ってもおかしくない。
そういうところがムツミらしいんだけど。
今は焚火を囲んで、食事も終わってのんびりとした時間を過ごしていた。
ムツミに懐いていたドラゴンは知らない間に赤い方はノナの服に入っていったし、青い方はミレイさんの方に向かって行った。
どのような基準で動いているのか全く理解出来ない。
それはともかくムツミはあれからずっと黙っていた。
こちらから話を振っても良かったのだけど、それではムツミのためにならないだろう。
だから、どれだけ待っても私からは話を振ってあげない。
意地悪かも知れないけど、意地悪じゃない。
いつも助けてあげるけど、今日だけはごめんね。
助けてあげない。
さっきから焚火を見つめる振りをして、ちらちらと私たちの方を見ているのはバレバレで、子供が怒られないか不安がっているようにしか見えない。
このおどおどしている超絶美人のエルフさんがSランク冒険者と一対一で戦えるなんて誰も思わないだろう。
私が気が付いているってことは他のみんなもそれを察していることだろう。
イヴェットさんだけは分からないけど、異様な雰囲気に包まれていることぐらいはなんとなく察している気がする。
このまま今日が終わってしまっても仕方ない。
ムツミが話してくれない以上、私たちはそこまで踏み込まない。
ムツミはずっと私たちに遠慮している。
戦う時だって、ムツミの魔法があれば私たちが手を出す前に終わってしまう事が多いはず。
それを彼女はしない。
多分、自信がないから。
ミューラフォグオルムさんとの戦闘はどういう原理か不明だけど、私たちに見える形にしてくれていた。
ムツミの構え方も殴り方も全部ずぶの素人。
だけど、拳を振るってしまえば、私では出来なかったミューラフォグオルムさんの爪を破壊した。
素手で力比べにだって、耐えていた。
一人で魔法を使えば対抗できていた。
本当は一人でだって十分戦えるはずなのに、彼女は絶対にそうしない。
私たちが危機的な状況にならない限りは一歩引いたところでみんなの後ろでサポートに徹している。
隠しているわけでもない。
なんでそんな事をしているのか、きっとヒントはあの時の言葉にあるはずだと私は踏んでいる。
記憶喪失といった彼女からは決して言えるはずのない言葉を彼女は言っていた。
パチパチと火が爆ぜる。
そろそろ夜の番の順番になるだろう。
そんなことを考えていると、ムツミが怯えたように上目遣いをして声を上げた。
「あの……少し話をいいでしょうか?」
「それはチームの話ですか?」
「……はい」
エウラリアさんが立ち上がるとキャロライナさんも一緒に立ち上がり、イヴェットさんは訳も分からないまま連れていかれた。
「みなさんが最初で後から私たちが夜の番をしますので、どうぞごゆっくり」
そう言って、二人とも横になってしまう。
イヴェットさんも最初は私たちと二人を交互に見ていたのだが、諦めたように横になった。
「すみません……」
「何もしてないのに謝ることはない」
ノナの返答は正しい。
彼女が謝ることじゃない。
「私のせいでみなさんを危ない目に合わせてばかりで……私にはそのよく分からないのですがすごい力があるみたいです」
「ええ、知ってますわ」
「普通とはかけ離れた力です」
私はムツミが全部言うまで何も言うまいと口を噤む。
ノナもミレイさんもムツミにはとても甘い。
二人とも返しきれない恩があるから、そうであるのは分かる。
私だってそこまでされたら同じような対応になるだろう。
普段からムツミにはベタベタしていると言われると、ムツミが甘やかしてくるのだから、ついついそれに甘えてしまうだけ。
同年代だと言っていたけど、包容力が全然違うから、つい甘えてしまう。
「それで私が思うがままにした方がいいと色々な人に言われました。ただ、それをした場合にみなさんを傷つけてしまうか、私みたいなのがここにいていいのか分からなくなってきてしまって……」
ムツミの言葉もどこか歯切れが悪い。
きっと考えながら、何とか言葉として排出しようとしている感じが見て取れる。
私が口を開くべきだろうなと思っていると、ずっと黙っていたジーンが先に口を開いた。
「ムツミはどうしたいんだよ」
難しいことは……多分、言ってないはずだからジーンにも分かってると思う。
「私は……」
「チームを抜けたいか、抜けたくないのかどっちなんだよ」
その言葉を聞いて、勢いよくムツミが顔を上げた。
「絶対に抜けたくないです。みなさんと一緒にいたいです」
見捨てられた子供ってこんな顔をするのかなってぐらい、必死で泣きそうな目をジーンに向けている。
普通酷い形相になりそうでも、ムツミの顔だと綺麗に見えてしまうのは女性でも格差を感じる。
ただ、彼女は自分がどれほど綺麗なのか自己認識が私に接するときの甘さ以上に甘い。
「だったら、それでいいだろ」
「いえ、そう言うことではなくて……」
「それにな、ムツミ。ムツミが上で、俺たちは下なんだよ」
ムツミが本気で分かってない顔をして、首を傾げる。
「力関係って奴」
「それは」
「違わねーよ。誰がどう見てもそうだろ」
何も言わない私に救い手を求めるように見つめられても困るんだけどな。
「私もジーンと同意見。あ、幼馴染贔屓とかじゃなくて、本当にそう思ってるから」
「だから、ムツミはこう言えばいいんだよ」
ジーンはニッと歯を見せる悪い笑みを浮かべた。
「もっと強くなれよ、ってな。私と同等になるぐらい強くなってよ、って言えばいいんだよ」
「絶対言わない」
「分かってるよ。けど、言われたらそうするだろ?」
「ジーンと違って言われなくてもするから」
ムツミを置いて、二人だけで会話が進んでいく。
「そんなこと……」
「みんなムツミの足を引っ張ってるの分かってるからね」
ムツミの顔が暗く沈む。
だから、ムツミの近くに行って、俯きかけている顔に手を伸ばす。
両手でムツミの頬を抑え込みながら顔を上げさせる。
微かに潰れた頬で、普通なら変な顔になりそうなものなのに綺麗に見える。
「だから、みんな頑張るんだよ? ムツミが思いっきり力を出せるように、同じぐらい強くなりたいって思ってるんだよ?」
「そうですわね。私たちにとってはムツミさんが強さの目標ですから」
ムツミは照れたのか頬を赤く染めていた。
それはちょっと珍しい反応だし、見たことがなかった。
美人の照れ顔というのは同性でも破壊力がものすごい。
「……いいんでしょうか、それで」
「いい。私は助けてもらった恩もある。ムツミが望むなら、絶対にそこまで到達する」
「それなら私もですわ」
「時間もかかりますよ? 辛い道で逃げたくなると思いますが」
ムツミの言いたいことは分かる。
目標ははっきりしているのに、その過程がはっきりしない。
そして、強くなればなるほど、この世界に腕試しが出来る相手も減っていく。
どれだけ強くなったのかはっきりしないからどんどん精神的に追い込まれていくみたいだ。
「目標は見えてる。過程も分かってる。こんな恵まれているのに他に何が必要?」
「けど、辛いのでは……?」
「だったらムツミが実力見せたところで逃げている」
ノナの言う通りだ。
「ムツミ、私たちのことはそんなに気にしなくても大丈夫だよ。みんな分かった上で一緒にいるんだから」
ムツミは難しい顔をしている。
彼女は優しいから、色々私たちのことを考えて、傷つけたくない、傷つけないようにしたいのだろう。
だけど、時には傷つくことも大事なんだよ。
私はそう思う。
ムツミに言っても納得してくれないと思うけど、こればっかりは飲んでもらいたい。
「……分かりました」
到底納得していない顔でムツミが告げた。
「私もさ、ムツミに訊きたいことがあるけどいい?」
「何でしょうか?」
ムツミは話してくれないかもしれない。
ただ、せっかくの機会だ。
出せる膿は出してしまった方がいいだろう。
ムツミはよく溜め込むからね。
憂い顔も様にはなるが、やはり明るい顔をしていた方がみんな嬉しいだろうから。
「ムツミって記憶喪失じゃないよね?」
謝辞
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