下山
ミューラフォグオルムさんの腕を治してあげて、私が吹き飛ばした腕の方は氷漬けにした。そして、氷漬けにした腕の下に壁を出して浮き上がらせる。
何とか幻霧山を下りてきた私を出迎えてくれたのはイヴェットさんを含めた三人。
「ミューラフォグオルムさんの腕、しっかりともらってこれたみたいですね」
「な、なななんすか、これ!」
エウラリアさんは相変わらず目元が隠されているので、口元がニコニコしているのでよく分かる。
イヴェットさんがあんぐりとした口が元に戻らないような驚いた反応が初々しく見えてしまうのはそれだけいろいろ経験してきたせいかもしれない。
それをエウラリアさんに言えば、まだまだですねとか言われそうだから口が裂けても言えないわけだが。
「もらってというか、私が爆発させて千切ったみたいな……感じで」
「これ以外にも得るものはありましたか?」
「……はい」
この世界は長命な種族が存在している。
それに長命な種族ではなくても目の前の人物たちみたいに長く生きている人たちがいる。
私も日本とここで合わせて、四捨五入して多分だけど、五十年近く生きていると思う。
それよりも長く生きるというのは、どういう感じか理解も出来ないし、想像もつかない。
ただ、そんな私でさえも導いてくれる存在がいるというのは、ありがたく思う。
「お前らどうだった?」
ジーンが唇を尖らせる。
「全く歯が立たなかったな。切れる気がしなかった」
「全然無理」
「思いっきり受け止めたので手甲壊れちゃいましたー」
「私も折れてしまっておりますわ」
クリスが腕を掲げると、手甲は弾けてしまったのか手から下を覆う部分しか残っていなかった。
ミレイさんの槍はものの見事に折れてしまっていて、全く使い物にならない有様。
「ちょうどいいですから、武器の新調しましょうか。こうして素材も取ってきてもらいましたし」
それが狙いだったのではと思ってしまった。
「どこにでしょうか?」
「王国領を少し入ったところに、ドワーフのおじいさんが住んでいると思うんですよね」
あやふやでなんだか心配になる。
この人一応、この中では一番長生きしているわけだから、曖昧になっているのではないかとつい思ってしまう。
「……一応聞いておきますけど、最後にお会いしたのはいつでしょうか?」
「もう! ムツミさんったら、そんな疑うような感じで聞いてくるなんて失礼ですね!」
エウラリアさんにはそう言われたのだが、もし今は違う人が住んでいたら溜まったものじゃない。
「そうですねー……確か、キャリーのその剣を打ってもらう時だったでしょうか?」
「そうだな。百年ぐらい前だったか」
「だったら死んでるだろ」
ジーンのキレのいいツッコミが入る。
私もそう思うのだが、聞いておくことがある。
「ドワーフの方の寿命はどれぐらいなのでしょうか?」
「確かー……人の倍か、もうちょっと長いぐらいだったでしょうか」
ギリギリ生きているぐらいだが、出会った時の年齢が分からないから、何とも言えない。
「息子さんもドワーフでその時、工房で働いていたので大丈夫ですよ」
「けど、武器を新調といっても簡単な話ではないと思いますが……時間かかりますよね? あまり私たちには時間がないのですが……」
手紙では確かに知らせたのだが、それでも気になるところではある。
亜人領からどのルートを辿って、私たちの生活圏に進行して来るのか。
それにイヴェットさんの話を聞く限り、どうも凄い数になっているみたいだから、私たちも備えておかないといけないと思う。
「王国のドワーフたちの多くはそこの工房で過ごしているはずだったので、大丈夫ですよ。人数も腕前も、私が保証しますから」
みんな自然とエウラリアさんを胡乱な目で見てしまう。
「言ってることは信用できないかもしれんがな、腕前だけは確かだ。こいつはいい剣だからな」
後ろに背負っている剣を親指を立てて、示す。
キャロライナさんにまで言われてしまえば、信じてみようという気持ちにもなる。
「酷いですねぇ、私のことは信用しないでキャリーばかり信用して」
「日頃の行い」
「いつも善行しか行っていないはずなのですがぁ」
何をしているのだろうか、と首を捻ってしまった。
「ちゃんとこの地のことを考えて色々とやっているんですから見てないといけませんねぇ」
「私たち今降りてきたばかりなのですが……」
「どんなことしてたんですかー?」
クリスの発言だけエウラリアさんは答えた。
「適当に大型になりつつあるここら辺の魔物を刈ってましたよ。なので、しばらく食べるものには困りませんから」
それは確かにいいことかもしれない。
キャロライナさんが先頭に立って、移動を開始する。
「どうでしたか?」
私の隣に立ったエウラリアさんが聞いてきたが、何がどうなのか理解が追い付かなかった。
本当は仲間たちと話すべき事だと思う。
ただ、確認がしたかったから、聞いてみた。
私の心が弱いから。
「……エウラリアさんは仲間はいましたか?」
「……どっちだと思います?」
「質問に質問で返すのは卑怯かと思います」
「そうですねー……ここ百年かそこらはキャリーと一緒にいましたが、ずっと一人でしたよ。呪いもありましたし」
「……そうですか」
けど、一応エウラリアさんも聖女だったのだから、みんなを率いる立場だったはず。
「ミューラフォグオルムさんに周りと合わせないでいいって、規格外だったらその規格外の力をそのまま振るえばいい的な感じのことを言われました」
「ええ、そうしたらいいんじゃないですか?」
「……私がそう振舞って、みんなの心折ってしまう事になったらと思うと……」
私がそう言うとエウラリアさんが口元を抑えた。
何かあったのかと思うと、笑いを堪えてるみたいで声が漏れているし肩も震わしている。
それならしっかりと笑ってくれた方がいいのだけど。
「傲慢な考え方ですねぇ」
「傲慢というか、そうじゃないですか。私の力はおかしいです。どうやって自分がこの力を得たのか分かりませんが、普通の人がエウラリアさんやミューラフォグオルムさんといった知識と研鑽を積んだ相手に後れを取らない戦いが出来るなんておかしいです」
私がそこまで言い切ると、エウラリアさんが目隠しで覆われているのだが視線をしっかりと感じた。
それにもう笑いは収まっている。
ジッと数秒見つめられると、そのままの姿で口を開いた。
「ムツミさん」
「……はい」
「いえ、何でもありません。そう言うことでしたか」
うんうんと一人だけ納得するように頷いているのだが、何がどういうことなのかしっかりと説明して欲しい。
「あの、エウラリアさん」
「何ですか?」
「さっきの話なんですが……」
「あぁ、はいはい。それなのですがムツミさんは言わなくてもみんなにはしっかりと何が心配事なのか伝わっておりますので、ちゃんと話し合えば大丈夫ですよ」
「えっと、どういうことでしょうか?」
なぜ、私のことをそんなに察知できるのだろうか。
ここにおりてくるまでそれを話題にした事もなかったし、誰にも話していない。
だから、分からないはず。
ただ、ノナさんみたいに気配を読んだり特殊技能持ちであった場合は話は別になる。
けど、それが突然開花したのなら言ってくれるはず。
だからありえないはず。
そして、エウラリアさんは私の問いには答えてくれないで歩きだしてしまった。
いくら頭を捻ったところで答えは出ない。
氷漬けになっているミューラフォグオルムさんの腕を壁で浮かせて、私はエウラリアさんの跡を付いて行った。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
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