肉体派の魔法使い
私が駆けだしたところで、頭上からミューラフォグオルムさんの腕が降ってくる。
ジーンみたいに素早く駆けられればいいのだが、私にはそんな身体能力はない。
だから、降ってくる腕を両腕で受け止める。
「っ!」
振ってきた腕は重さもあるのだが、速度もある。
足が地面に沈む。
痛さはないのだが、何分重たい。
力を込めても押し返せない。
だったら、どうしたらいいのか。
こんなところで時間を潰しているわけにはいかない。
力を込めると、指がミューラフォグオルムさんの腕に食い込んだ。
『我らの鱗に食い込むか』
ミューラフォグオルムさんの手が離れるのだが、その際に血が顔にかかる。
動き出そうとした時に横凪に腕が振るわれる。
まともに受けてしまうのだが、吹き飛ばされる前に、壁を体の横に展開する。
勢いよく壁に叩きつけられるのだが、痛みはない。
エウラリアさんとの戦いで分かってしまった、自分の戦い方。
自分の体に傷がつかないのを良いことに、肉を切らせて骨を断つ戦法が使えてしまう。
ミューラフォグオルムさんは私が吹き飛んでいないと分かると、そのまま壁に押し付けて、潰してしまうようにどんどん力を込めてくる。
体が頑丈だから押しつぶされることもないのだが、片手をミューラフォグオルムさんの腕にもう片方を壁を押すようにして力を込める。
「ぐぅっ!」
気合を入れて押せば、何とか隙間が広がる。
もっと、と思った瞬間に浮遊感に包まれた。
さっきまで押していたはずのミューラフォグオルムさんの腕がいつの間にか無くなっていた。
『力で我らが負けるとはなっ!』
楽しそうな声が頭上から響く。
怒りの感情はまだ確かにそこにある。
大丈夫。
まだ戦える。
何十個もの私の体サイズの火の球を出現させる。
そのまま声がした方向にどんどんと打ち込んでいくのだが、当たった感触が全くしない。
背筋が凍るような感覚がして背後を向けば、大きな爪が私に向かって振り下ろされるところだった。
「まだっ!」
壁を三重に出現させるのだが、ことごとくが粉砕されてしまうのだが、そのおかげで少しだけ時間の隙間が出来た。
クリスのようにしっかりとした構えじゃない。
人なんて殴ったことがないし、格闘技なんて皆無の人生だった。
降りてくる爪に向かって、力いっぱいの拳を叩きつける。
パキっと骨を折るような音がした。
ついに自分の体も傷ついたのかと思っていると、体の後ろにミューラフォグオルムさんの鋭い爪が落下した。
『我らの爪が折られたのなど何時振りか!』
傷つけたと言うのにまだ全然元気な声に違和感を覚える。
普通は怒り狂ったりするものだろうと。
これぐらいは想定内であったということなのだろうか。
自分でも驚くような出来事があったせいで、どこかで冷静になっていた。
どこかで風の鳴る音が聞こえた。
大量の岩が私目掛けて飛んでくる。
魔法を素早く展開。
同じ質量の棘を地面から射出していく。
一つの方向を対処していると、今度は反対側からも飛んでくる。
激しい音を立てながら岩と棘がぶつかり、空中で粉々になっていく。
工事現場のような激しい音が響き渡る中、どこにミューラフォグオルムさんがいるのか探ってみるのだが、音が邪魔で私には分からない。
ノナさんのように気配でも読めればいいのだが、私にはそんな特殊技能はない。
けど、こうした打ち合いでは決着がつかないだろう。
だから、絶対にどこかで仕掛けてくると思う。
霧の中から飛んでくる岩が止まった。
私も魔法を使うのをやめて周りを警戒する。
勘もいいわけじゃないからとにかく警戒していることしか私には出来そうにないから。
そうして周りを警戒していると、霧の中から突然巨大な尻尾が現れる。
私をすくい上げるようにして尻尾は振るわれるのだが、さっきと同じように壁を後方に出現させるのだが、それを読んでいたかのように尻尾が急に引っ込み霧の中に消えた。
後方の壁に私だけ叩きつけられるのだが、空中に浮いている私。
浮遊なんてことは出来るわけもなく、自然落下するに任せるのだが、移動が出来ない事に気が付く。
気が付いた時には頭上から振り下ろされた腕によって地面に叩きつけられていた。
「っ!」
衝撃で肺の中の空気が漏れる。
普通の人ならこんな風に潰されたらひとたまりもないだろうが、私はただ叩きつけられたことに驚いていた。
脱出しようにも力では難しい。
私がちゃんと身体強化が使えていたら叶ったかもしれないが、私は自分がどうやって身体強化を施しているのかすら分かっていない。
エウラリアさんからも特に教えられなかった。
エウラリアさん、で一つ思い出した。
私にできる魔法。
純粋な魔力を相手にぶつける。
うつ伏せで押しつぶされているからイメージが難しい。
目を閉じてイメージする。
ミューラフォグオルムさんの腕の付け根。
そこにイメージできるだけの魔力を送り込む。
目を開けた瞬間、鼓膜が破けるほどの爆発音が聞こえて、抑えつけていた圧力が消えると同時に滝のような血を全身に浴びることになった。
「……まだやりますか」
まだやるのであれば、もっと大量の魔力を込める必要がある。
私が霧に向かって呟けば、徐々に霧が晴れていった。
『いや、もうこれぐらいでいいだろう』
片腕を無くしたミューラフォグオルムさんの姿が見えた直後、その下にみんなの姿を見つけることが出来た。
「ジーン! クリス! ノナさん! ミレイさん!」
嬉しくて駆けだすのだが、クリスがギョッとした顔をこちらに向けてきた。
「ちょ、ムツミ! それどうしたの!」
「え?」
駆けだした足は歩みに変わり、止まってしまう。
自分の姿を見ると、ミューラフォグオルムさんの血で真っ赤。
それもドンドン乾いていっているみたいで、ちょっとずつ凝固していっている。
「あーもう! ムツミ一回自分に水ぶっかけて!」
言われるがまま水をかけるのだが、凝固し始めているのでうまく取れない。
ただ、私がずぶぬれになるだけだった。
水をかけるよりもちゃんと洗った方がいいかもしれないと思って、大きな水の球を作り出して、そこに手を入れて軽くこすっていけば、はがれていつもの私が肌が見えてきた。
「あの……ミューラフォグオルムさん、どうしてこのようなことを?」
『イベリア様の器と戦って見たかったというのは我らの本心。そもそも戦いが成り立つものが合われること自体が稀だからな』
ミューラフォグオルムさんと戦いが成り立つ相手なんて、同等のドラゴンしかいないのではないかと思うと同時に、同等な存在は神竜であるから戦いなんてしないだろう。
だから、これも何百年に一度あればいい方なのかもしれない。
そう思うと、神竜の人たちは何をして普段過ごしているのかと思考が別方面に動いてしまう。
「鱗ぐらい傷つけれるようには次来た時になってやるから、相手してくれよ」
ジーンの言葉にミューラフォグオルムさんは呵々と笑う。
『あれほどの力の差を見ながらまだ挑むというか。まぁいい、我らも暇をしているからいつでも相手になってやるぞ』
「私も今度は切る」
ノナさんまでやる気満々のようで、その瞳には闘志が漲っている。
『それに最近、ここも瘴気が溜まっていたところだからな。こうして発散できたのであれば幸いだ』
「それでムツミさんを怒らせるような真似を? 悪趣味ですわね」
『そう言うな。この者、自分のためには全く力を振るおうとしない。他の物は全力を持って挑んでいる中、気の抜けた力で一人いるのだぞ?』
「……そんな事ないと思いますが」
『我らと一対一になった時の魔法の使い方をもってしてもそういうか?』
そう言われてしまうと、反論が思い浮かばない。
『イベリア様の器よ、周りに合わせようとするな。特別な物には特別な理由がある。お主の力は規格外だが、今回のように抑えているとまた同じことを繰り返すことになるぞ?』
「……」
そうだ。
今回は前にエウラリアさんと戦った時と一緒だ。
『我らが言うことではないのだが、少しは仲間を信用してはどうだ? その規格外の力を振るった程度で壊れるような仲だというのか?』
「……いいえ」
絞り出すようにそれだけ言葉にした。
怖かったんだと思う。
普通を知ると、自分がどんどん普通とは違う事に気が付いて。
社会では、はみ出したものが叩かれる。
だから、私もそうなってしまうのかと思うと、怖くて身が竦んでいた。
「ありがとうございます、ミューラフォグオルムさん」
まずは私がみんなを信じないといけない。
話さないといけないこともある。
『気にするな。我らのような年老いた者たちは若い芽を育てるのこそ役割なのだから』
先程まで私を倒そうとしていたミューラフォグオルムさんの雰囲気とはずいぶん変わってや若さを感じた。
『腕は持っていけ……ついでにこの腕の治療をしていってくれよ』
完全に忘れていた。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「かくして、私は旅に出る」をよろしくお願いします




