霧の中で輝いて
私たちが山頂らしき場所に辿り着いたと思ったのだが、そこは岩だらけであるのだが平地になっていてしっかりと整備された空間だった。
どうして山中にそんな場所があるのかと思ったのだが、きっとここがミューラフォグオルムさんの住まいなのだろう。
『……あの者の言う通りに本当にここまで来るとはな』
頭上より呆れた様な声音で大きな体のミューラフォグオルムさんが呟いていた。
呆れられるのも分かる。
どうやっても敵う相手ではないのだから。
「すみません、けど、力試しさせてもらいます」
『そこを譲らんところが子弟の血を感じるところだな』
なんだかエウラリアさんの弟子と言われると喜んでいいのか分からない。
あの人のせい確かなり悪いから、正直悩むところではある。
『まぁよい。そちらはどうもやる気みたいだからな』
私以外のみんなは武器を構えていた。
私がどれだけ言葉を尽くしたとしてもみんなは構えを解かないだろう。
だったら、もうやるしかない。
『そちらがやる気のようだし、そちらのやりやすい形にしてやろうか』
頭上にいたミューラフォグオルムさんが降りてきた。
正直、空中にいた状態だとこちらも手が出せないのだから、助かる。
『我らの相手をしようなんて、久しぶりだからな。我らの前に立とうものなら戦意を無くす者ばかりだ』
巨体が地面に付くのだが、先が見えない。
『さぁ、いつでもかかってこい』
そうミューラフォグオルムさんがいうやいなや、突っ込んでいったのはジーンである。
その後に私以外のみんなが続いていく。
ミューラフォグオルムさんの尻尾が振るわれて、音を立ててジーンを襲う。
しかし、ジーンは止まらない。
尻尾に対して、対応したのはクリス。
振るわれた尻尾を受け止めるように手甲をかち合わせると、
「ムツミ!!」
叫び声に近い声で呼ばれて、クリスの背後に壁を出現させると、クリスは壁に足をつけた。
『ほう、少しは出来そうだ』
「どうもっ!」
いつもニコニコと涼やかなクリスの顔は歪み歯を食いしばっていた。
私も助けに行こうと走り出したら、
「ムツミは援護!」
クリスに怒鳴られた。
立ち止まってはいられない。
私も遅れてみんなに付いて行く。
私の本分は魔法であるのだが、それ以外でも役に立てる場面はある。
ジーンたちはかなり近くまで走っていた。
ミューラフォグオルムさんが振り上げた腕が陰になる。
咄嗟に魔法で炎の球を飛ばすのだが、炸裂しただけで何も起きない。
落ちていく速度も変わらない。
まだ陰から完全に出る前にどうしてもミューラフォグオルムさんの腕が降ってきてしまう。
壁を出すが、あっけなく砕かれた。
強度が足りなかった。
もう一度と魔法を打つ間にみんなの姿が見えなくなった。
唇を噛んだが、まだ可能性はある。
よく見てみると、少しの隙間が空いていることに気がついた。
『耐えたか』
「いつまでも足手まといではありませんわ!」
槍を地面に刺して、指一本を止めているミレイさんの姿があった。
だったら、とミレイさんの周りで同じように地面から何本も土を隆起させる。
ミレイさんはそれで察してくれたらしくて素早く槍を抜いて、指の隙間に移動する。
『ここまで来れるか』
「試させてもらうぞ!」
ジーンが大上段に大剣を構えて、ミューラフォグオルムさんの首目掛けて振り下ろす。
しかし、身体強化を使って尚その鱗は傷一つ付かない。
「かてぇな!!」
弾かれるジーンと入れ替わるようにノナさんが切りかかる。
「……っ!」
悔しそうに何とか刃を通そうと、鱗に押し付けるのだが全く意味がなく首を捻る動きに飛ばされてしまう。
二人とも綺麗に着地を決めていることから、怪我はないようだ。
クリスもいつの間にか抜け出していたのか、私の隣にいた。
『なるほど、少しはやれるようになっているようだ……ならば、我らの力の本の一端を見せてやるべきだろうな』
それだけを言うとミューラフォグオルムさんの姿が見えなくなるように、どんどん霧が濃くなっていく。
「固まりましょう!」
私がそう声を張り上げた頃にはもはや手遅れになっていて、自分の周り以外霧で覆われてしまっている。
どうしたらいいのかと周りを確認するのだが、一歩先まで霧で覆われてしまって何も見えない。
地面に手をついて、風を起こす。
風で吹き飛ばしてしまえばいいはずだと考えたのだが、風を起こしても吹き飛ばした隙間からどんどん霧が入り込んでしまって全く量が減らない。
「ノナさん! ミレイさん!」
声を張っても返事が返ってこない。
「クリス! ジーン!」
どうして返事が返ってこないのか不安になっていく。
「どこにいますか!」
ノナさんが受けていた呪いや、イヴェットさんの魔法のようなものならこの体は突破可能なのに、そういう魔法ではないということ。
クリスだってさっきまで近くにいたはずなのに、どこに行ってしまったんだろうか。
「うぐっ! あああああっ!」
ジーンの声が響いて聞こえる。
「ジーン!? どこですか! 何があったんですか?!」
闇雲に動くことも出来ない。
風で吹き飛ばすことも出来ない。
魔法を打ち込んで、味方にあったなんて最悪だ。
「きゃあああ!」
クリスの悲鳴。
嘘だ。
さっきまで近くにいたはず。
だから、何かあったのなら私にも分かるはず。
「クリス! クリス! どこですか!」
どれだけ声を上げてもみんなの反応は全く返ってこない。
目の前でやられるよりも気持ちが焦る。
目の前だったら、魔法で防いであげられると思う。
けど、姿が見えないから私が手が出せない。
「あああああっ!」
ミレイさんの叫び声。
どこかにぶつかる音。
岩にでもぶつかったのか。
だったら骨と折れてしまっているかもしれない。
すぐに治療しないといけないのに周りを見ても霧で何も見えない。
「ミレイさん! 聞こえてるなら、返事をしてください! ミレイさん!」
返事はない。
何度も何度も霧を吹き飛ばそうと、自分の周りに風を起こす。
どんどん強くしていっているのに、全く霧が晴れてくれない。
範囲が狭いせいかと思って、先ほどよりも範囲を広げて霧を吹き飛ばすのだが結果は同じ。
どうやったらこの霧を突破できるのか途方に暮れかけたのだが、私にあって他の人よりも優れているのはこの膨大な魔力量しかない。
だったら、諦めるわけにはいかない。
「……くっ!」
ノナさんがうめき声をあげてミレイさんのように飛ばされる音が聞こえた。
「ノナさん! 何があったんですか!」
返事が返ってこないのはもういい。
だから、どうか早く霧が晴れてほしい。
それだけを切に願って、魔法を行使する。
『残るは貴様だけだな』
霧の向こうからミューラフォグオルムさんの声が響いた。
「他のみんなは……?」
『我らを倒せば霧も晴れる。そうなった後に知ればいいだろう?』
この人が本当にみんなをそんな風に傷つけているのかどうかは分からない。
ただ、それでもやっぱり仲間が傷つけられるのは許せることではない。
この世界に来てから私はやっぱりちょっと変だ。
日本にいた時はこんなに感情をむき出しにしたことがあっただろうか。
ないような気がする。
両親が亡くなった時も、こんな風に感情が振れることがなかった。
ある意味では私は親不孝な子供だったのかもしれない。
それに今の私はもう日本への帰り方も分からなければ、帰ったとしても変えるべき場所すらない。
こっちの世界の人たちの方が大切なんて、いけないことだというのは分かっている。
だけど、私の人生でここまで一緒にいてくれた人たちは彼女たちが唯一だ。
だから、特別だと思っても仕方ないじゃないか。
それを傷つける人を許せないという気持ちもふつふつと湧いてくる。
「すみません、ミューラフォグオルムさん、少しだけ痛いかもしれませんが我慢してください」
『あぁ、構わん。イベリア様の器と戦えるのなら腕の一本ぐらいなら対価として安い物だからな』
私は短杖を仕舞って駆けだした。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「かくして、私は旅に出る」をよろしくお願いします




