山登りとドラゴン
「そろそろ良い時期かもしれませんねぇ」
依頼が終わってから二週間ほど。
その間は幻霧山近くにずっととどまっていた。
みんなの身体強化も大分様になって来たらしい。
イヴェットさんは戦士として戦うわけでもないみたいで、そんな様子をずっと眺めていた。
いつだったか、驚いた顔をして、
「こちらの人間たちってこんな危険な訓練を繰り返しているんですか?」
と言われているが、ここでの訓練が特殊過ぎるだけだと伝えた。
手足を飛ばさない、骨だけで済ませてあげてるから優しいですよねとエウラリアさんが語っていたのだが、普通訓練で手足を飛ばしたりしないし、骨も折らない。
殺意というのは分からないのだけど、それでもしっかりと殺そうと剣を振り下ろしたりしている感じがするから、知らない人が見たら絶対にびっくりするだろう。
私もこの光景はずっと見ているが、慣れない。
本当は止めたいのだけど、それはきっとみんなが望んでいないのだからやらない。
骨が折れた人たちはこちらに回されて、私の治療魔法の実験に使われてしまう。
おかげで骨折に対する理解だけは深まりつつある。
そんな訓練を見ながら、先の発言である。
「何がいい時期なんですか?」
「ミューラフォグオルムさんに挑む時期ですね」
それは早いのではないだろうかと内心思うのだが、今回の特訓は全部エウラリアさんの胸三寸によるもの。
だから、私が口出しできることが少ない。
「やっぱり挑まなきゃいけませんか?」
「ええ、ダメですね。ムツミさん、あなたのためだけじゃないですよ?」
それはどういう意味なのだろうか。
「それは、ミューラフォグオルムさんの鱗や爪が欲しいからですか?」
「それはもちろん。だけど、それ以上にこの世界の頂点を知るのにちょうどいいじゃないですか。あなたにとってもですが、みんなにとっては目標が出来ていいんじゃないですか?」
それはそうかもしれないけど、とどうしても思ってしまう。
「ムツミさんは過保護ですね。お子さんとか生まれたら大変でしょうねぇ」
「その……私にその予定はありませんから」
「そうですかぁ? このチーム素敵な女性が多いようですが?」
「それを言うなら私も女性ですから」
そうでした、そうでしたって笑いながら言うのはわざとだろうか。
それにしても私が誰かと恋愛はちょっと考えられないというか、私自身が何者なのか分かってないのだから、そう言うことは考えられない。
日本でどちらの性別かなんて、こちらの世界での肉体には関係ないかもしれないのだが、私にとっては自分を形作るパーソナルとして大事なのだ。
ただ、ここだとどうもクリスのようにパーソナルスペースが近い子もいるから、どうしたらいいのか戸惑うことも多いわけだが。
果たしてこの記憶は戻るのだろうかと思ってしまう。
一時的な記憶障害であるのなら、いずれ思い出すことはあるだろう。
ただ、私の場合はなんだかちょっと違う気がする。
それこそ思い出すことは出来るのに、思い出せないことは完全な欠落のようになってしまっている。
そのせいで私の記憶が虫食いのようになってしまっているのでは。
全部予測にしか過ぎないのだけど、ただ私の状態について正解を出してくれる人はきっとこの世界にはいないだろう。
それこそ、私のこの世界に呼んだイベリア様しかいないのではないだろうか。
「とりあえず、ミューラフォグオルムさんのところには明日から向かってもらいますので、よろしくお願いしますね」
そう言って、そのことを伝えるためだろうキャロライナさんの方に行ってしまった。
☆
その日から山登りになるわけだけど、エウラリアさんが言うにはドラゴンに襲われなければ、その日の内には登れるというもの。
本当にそうなのかと疑ってしまうようなことを本人が良くしているせいでどうしてもその情報を疑ってしまう。
全員で、とはいかずイヴェットさんにはエウラリアさんとキャロライナさんのところで待っていてもらうことになっている。
私たち自身がまだ誰かを守りながら戦うのが不安であるのと、大分各上であるミューラフォグオルムさんに挑むにあたってそんな状態でまともに動けるわけがない。
一番は師事している二人が預かると言ったから、それに従ったところもあるのだが。
それに麓ではそうは思わなかったのだが、登っていくにつれて霧がどんどん濃くなっていく。
「これ霧は大丈夫なのでしょうか」
「どうなんだろう。とりあえずお互いが分かるように離れ過ぎないようにしないとね」
「その霧に捕まったらどうなるんだ?」
「幻覚とかで下に真っ逆さま」
「直接的な物でしたらいいですわね。ただ、精神的な揺さぶりも魔法でしたらありますわ」
物理的な物ならいいのだけどと思いながら、私の状態だと精神的な揺さぶりはどのようなものになるのだろうかと少しだけ興味は沸く。
この欠落した記憶でどんな揺さぶりをしてくるのかと。
そう考えると大きな声が山に響く。
「この音は?」
「ドラゴンじゃね?」
「こんな大きな声って……かなり大型のドラゴンでしょうか」
「分からね。さすがに声だけじゃあな」
そして、更に山を登っていくのだが、どんどん道は厳しくなっていく。
日本で山登りなんて一度もした経験がない。
それにしても冒険者として縄や鍵縄など用意しておいてよかったと思う。
というか、日本でも登山となればしっかりとした装備で登るものだが、冒険者以外にもこの世界の人たちはよくこんな装備で山を登る物だと思ってしまう。
それでもこの体のおかげでまだまだ耐えられそうなのがすごい。
斜面はどんどん勾配がきつくなっていく。
そんなことを思っていると、小さな蜥蜴が岩の隙間から二匹現われた。
綺麗な赤い蜥蜴と青い蜥蜴という珍しい組み合わせ。
日本では見ない色の蜥蜴だなという思いとちょっと触れてみたいという気持ちがあって、手を伸ばすのだが蜥蜴たちは口を大きく開けて、私の指に噛みついた。
噛みついてきているつもりらしいが、痛みはない。
あまり鋭い歯とか見えなかったはずだから、甘噛み程度かなと考えているが、それでもなかなか蜥蜴たちは離してくれない。
無理矢理引きはがして傷つけるのも忍びないし、どうしたらいいのかと思っているとクリスが近寄ってきた。
「何してるの?」
「あー……いえ、蜥蜴が私の手に甘噛みしてきていて……」
「へー……」
クリスが私の指を見る。
「甘噛みどころかガッツリ噛みついてるよ、牙あるし」
「え! あー……私の体のせいですね、これ」
他のみんなまで近寄ってきたのだが、ミレイさんだけが顔を引き攣らせていた。
「ムツミさん、それ蜥蜴ではありませんわよ」
「え、これどう見ても蜥蜴……」
どう見ても日本で見たカナヘビの青と赤の色違いにしか見えないのだけど、だったらどんな種類の蜥蜴なのだろうか。
「蜥蜴ではありませんわ。それはドラゴンの幼体です」
「……えっと、これがでしょうか」
「ええ、そうですわ。それにトカゲと違ってしっかりと翼も出来ておりますわ、ほら」
ミレイさんの指摘を受けて蜥蜴の背中を注視してみると、そこには確かに翼らしきものが折り畳まれていた。
「あの、これ引き剥がした方がいいでしょうか?」
「無理に引き剥がさない方がいいと思いますわ。ドラゴンというのは幼体でも高い知性がありますから、きっと理解してもらえると思いますわ」
本当に大丈夫かなと疑心暗鬼にかられながら、トカゲではない幼体のドラゴンに向けて、語りかける。
「あの、すみません、離してもらっても大丈夫でしょうか?」
そう言いながら、掴もうと手を伸ばすと二匹が口を離す。
あ、落ちると思ったところで背中の翼が開いて、浮き上がる。
「本当にドラゴンだな」
手を伸ばせば、ドラゴンたちがそこまで浮き上がり、腕に乗る。
「このまま連れていちゃっても大丈夫でしょうか……?」
みんなに聞いてみるのだが、それぞれ考えてくれているのだが首を捻るばかり。
それもそうだ。
ドラゴンなんて接したことないはずだから。
「ドラゴンが懐いてるのならいいんじゃね?」
「……可愛い」
ノナさんなどは私の腕にいるドラゴンを指で撫でている。
「えーっと、連れていってもいいのでしょうか?」
ドラゴンたちは二匹ぎゃうというような鳴き声を発したので、どうやら同意をもらえたらしい。
ドラゴン二匹は私たちの肩まで移動してきた。
そうして、私たちは山をひたすら上っていったのだが、山頂に付いたのは暗くなってきてから。
だから、山頂の手前で今日は休み、明日ミューラフォグオルムさんに挑むことにした。
謝辞
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