自分の魔法と他人の魔法
盗賊たちのアジトにはまだまだ食べるものが残っているので、それらを調理して朝ごはんにする。
その後にみんなでどうやってここから連れていこうかと相談したのだが、歩いて連れていくには距離があるし、何よりも捕まっていた人たちの体力がない。それに町まではどうしても距離があるから、徒歩で移動してもらうにはちょっと辛くなりそう。
それについてはあの壁が使えるのではと、意見が出た。
私の魔力が膨大であるらしいからできる事でもあるのだが、その当人である私は全くその膨大な魔力を感じられないし、分からないのだが。
全員が乗れそうな壁を出現させてみる。
これが動かせないのか、ということだ。
どうやって操作するんだろうか、と思っているけどやっぱり想像力が一番大事かもしれない。
魔力の出し入れもそうだったのだが、目を閉じる。浮いているところをイメージして手を翳す。
「すげーな」
ジーンの言葉を聞いて目を開けると、壁が中空に浮いていた。
動いてと思うと、ゆっくりと歩くような速さでススッと前に動いた。
どういう原理でこれが動いているのか、私にも分からない。
自分で分からない技術で、なんか動いているというのは日本でもそうなのだがこれほど怖い物はない。
いつどこで壊れるか分からない物、普通なら運用しない。
私だったら絶対に使わない。
だけど、この人数を連れていくには必要なことでもある。
だから、使わないといけない。
捕まっていた人たちにはちゃんと服を着てもらった。
これも盗賊が持っていたやつなのだけど。
道具に善悪はない。
使う人にあるだけなので。
食べるものと捕まっていた人たちを壁の上に乗せて、移動を開始すると当初はどよめきが起こった。
それはしょうがないことだし、私も乗れと言われて動き出したら、戸惑うだろう。
町への移動は順調そのもの。
一番の脅威は先に討伐した盗賊たちだったので、それがなくなったのであれば歩いてただ向かうだけだ。
そうは言っても警戒だけはちゃんとしている。
冒険者として、この魔物や野生動物が脅威となる世界では当たり前のことだ。
捕まっていた人たちにはちゃんと食事を提供していたので、だんだんと顔色も良くなってきた。肉付きについてはどうしてもこちらも提供できる量に限られているためにどうしても制限をつけないといけないために難しいのだが、それでも捕まっていたころよりはマシになりつつある。
そうして、辿り着いた町での引き渡し。
捕まっていた人たちを冒険者組合に保護してもらった後は、アジトの場所とどれだけの規模だったのか報告。
全滅させた盗賊については全部焼却しておいたことも報告した。
どうしても死体というのは疫病等の温床になりやすい。
この世界で虫が媒介になる病気があるのなら、死体はそういう虫たちにとってはいい餌になってしまうかもしれない。
それにそれ以外にもアンデッドに成ったり、スケルトンになって人の脅威になりやすい。
だったら、そうならないように燃やして灰にしておく方が脅威度を下げる。
冒険者組合の人にも頭を下げられたので、認識としては正しかったみたいで安心した。
報酬をもらって、必要な物を多めに買い込んでから町を出た。
そして、町の外に待機してもらっていたイヴェットさんと合流する。
「すみません、遅くなりました」
「いえ、大丈夫っすよ!」
猫人族であるイヴェットさんには人の耳がある場所には耳がなく、そのボリュームある髪に隠れるようにして猫の耳が存在していた。
だから、頭にはターバンのように布を巻いて耳を隠すようにしてもらったのだが、全部隠してしまうとそれはそれで音が拾いにくいと思ったので、隙間を開けてなんとか耳に音がいくようには努力した。
引き渡した人たちと一緒に保護してもらいたかったと思う反面、こちらの領では身分が保証されていない人でもあるので不審に思われて体を調べられたらそれこそ大変なことになりそうだったので当面は一緒に行動してもらうことにした。
本人からも了承をもらったので、後はエウラリアさんとキャロライナさんに紹介するだけだ。
あの二人と別れた場所までまた向かいながら、今日も野宿。
食べるものについてはノナさんとジーンが腕試しに狩りに出かけるので野宿でも困りはしない。
最近はミレイさんもそれに付いて行く。
最初のミレイさんからは考えられないほど、冒険者らしくなったような気がする。
刈った獣を焼いて食べることが大半の生活。
携帯保存食として冒険者組合で購入できるものもあるのだが、薄味で乾燥していて、高カロリーなのだが食べた気にならないと不評の品もある。
私としては味のしないカロリーメイトぐらいの感覚で齧っていたのだが、みんなが食べている表情が無だったことだけは強く印象に残っている。
今日も保存食ではなくて、刈ってきた獣を捌いて焼いたもの。
「答えたくなかったらいいのですが、イヴェットさんっておいくつくらいでしょうか?」
私の見立てでは同じぐらいの年齢だと思っている。
「これでも二十五で、そこそこお仕事も軌道に乗ってた頃なんすよね」
「どんな仕事してたの?」
「商人っすよ。色々な部族の村や町に行って、顔もようやく通ってきたころだったんすよ」
私たちのチームでは商人コンビがいて、そこにもう一人加わることになるわけか。
数字に強い派とそうでない派に分かれそう。
「私とは近いですわね」
ミレイさんが声を上げた。
「けど、商人が三人集まったのなら何か出来そうじゃない?」
「えっと、誰と誰がっすか?」
「私とミレイさん。私は商家の娘だし、ミレイさんもね」
夜の時間というのは日本であれば、スマホで色々なサイトを暇つぶしに見ながら、テレビでも賑やかしのついでに付けて、それを肴に一人寂しく夕飯を食べているだけだった。
この世界にはそのどれも存在しない。
そのせいで当初、一人宿にいる時間というのは何をして過ごせばいいのか分からなかったので、ひたすら寝ていた。
それぐらい暇でもあったから。
ただ、こうしてチームとして外に出て焚火を囲んでご飯を食べていると自然と会話が出てくる。
遠征であれば四六時中一緒にいると言うのにだ。
だから、私にとっては夜の時間というのはただ暇な時間からみんなと話せる楽しい時間となって、少し好きになりつつある。
ミレイさんとクリス、イヴェットさんがワイワイと商売について楽しく話しているのを聞いているが、内容についてはあんまり理解が及んでいない。
それに商売をやったとしても私たちには商品を運ぶ手段がない。
馬車を買うという選択肢はあるにはあるが、今度は馬車の置き場もないし、世話をする自信はもっとない。
商人トリオがそうした話題で盛り上がっているところにジーンが水を差す。
「商人でも戦えるんだろ?」
「うちっすか?」
「あぁ、そうだ」
キョトンとした顔から、背負っていた弓を外す。
これも盗賊のところからもらってきたもので、ちゃんとした造りで細かに装飾もされている。
「うちはこれ、弓っすよ。一応爪とか使った格闘は出来ますけど、猫人族の中では不得手な方で……だから、そうならないように先手必勝っすね」
猫人族は体も柔らかくて、身軽。
だから、殴る蹴るの格闘術とは違って、ひっかく締めるというのが基本らしい。
指程度はある大きさと太さと鋭さのある爪でひっかかれたら、一溜まりもない。
「あーあとうち、他の子たちよりもこれが得意なんすよ」
そう言って立ち上がると祈るように腕を組んで目を閉じた。
「『隠せ 秘めよ 隠匿せよ』」
それだけ呟くと、イヴェットさんの尻尾や耳が霞んでいるような印象になるのだが、しっかりとまだ見えている。
「どうっすか? 体の一部を隠してくれる魔法なんすけど」
「すっごい、尻尾は消えてるの? 無くなってるわけじゃないでしょ?」
「そうっすね、ちゃんとあるっすよ? ただ認識をずらして気が付かれないようにしているとかなんとか」
「スゲーな、これなら全然分からねぇ」
「ええ、見事ですわね」
「暗殺の時に使えそう」
皆が絶賛している。一人ちょっと変わったことを言っているけど、多分褒めていると思う。
みんなにはちゃんと見えなくなっているということか。
「あの、ここにありますよね?」
私が尻尾を触れば、イヴェットさんは驚いていた。
「え、なんで分かるんすか?! うち、この魔法村の中で一番だったんすよ?!」
「なぜだか分からないのですが、霞んだ感じになっているのですが、見えているので……」
私が答えると、イヴェットさんは四つん這いになって落ち込んだ。
「うち、これが自慢だったのに……こんなことって、こんなことってないっすよ……」
「何か……その……ごめんなさい」
落ち込んでいるイヴェットさんにはそれだけしか声がかけられなかった。
それにしてもどうして他の人には正確に発動した結果が見えているのに、自分だけそうじゃないのか。
またこの体のせいかもしれない。
いいところもあれば、悪いところもあるこの体。
自分の体のはずなのに、私は全く理解出来ていない。
もっと知っていかないといけないと思った。
後日、エウラリアさんと合流した時に、
「あら、どうして獣人の方と一緒にいるんでしょうか?」
と体を隠す魔法を使っていたイヴェットさんは指摘されて、同じように地面に手をついて泣いていた。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「かくして、私は旅に出る」をよろしくお願いします




