亜人領に住む者たち
すぐに動いた方がいいことは頭では理解している。
ただ、実際問題すぐに動けるのかとなれば、話は違ってくる。
今は傷は治せたのだが、栄養状態が良くないためにすぐに動くのは不可能。
頭では焦ってはいけないと思うのだが、どうもそれが顔に出てしまっているみたいで、ノナさんがずっとこちらを見てきた。
「落ち着いた?」
「はい、前のめりになり過ぎました」
「それならいい」
ノナさんがイヴェットさんに向き直る。
「あのイヴェットさん、それで――――」
私が話しかけたところで大きなお腹の音が響いた。
目の前のイヴェットさんの顔がどんどんと赤くなっていくのを見て、笑みを浮かべてしまった。
どうやらそれを笑われたと思って小さくなってしまう。
とんだ誤解だ。
「すみません、可愛らしかったので、つい」
「ずっと食べてなかったっすから……」
イヴェットさんは身なりは汚れているのだが、瘦せ細っている気配はない。
ここに捕まってからそう日数も経っていないのかもしれない。
「固形物は食べられるでしょうか? 無理ならスープ系がありますが」
「お、おかわりもいいっすか?」
「はい、もちろん」
食材は私たち持ちではないので、遠慮することない。
むしろ、ここで腐らせてしまうのも、せっかく農家の人たちが作ってくれた野菜類がもったいない。
それならしっかりとお腹の中に収めてしまう方が絶対にマシだろう。
クリスがジーンを呼んで、奥の部屋に向かう。
鍋を取りに行ったのだろう。
「もう少しだけお話は大丈夫でしょうか?」
「はいっす!」
ずっと気になっていたことがある。
イヴェットさんの見た目だ。
白髪の髪はずっと伸ばしていたのかと思うほどボリュームと長さがある。半身を髪で隠せてしまうのではないかと思うほどの量だ。
金色に光る瞳も獣感はあるのだが、顔付きに関しては眉尻が上がった細長い目ということでちょっと目付きがきつい人かなってぐらいで、鼻や口は普通の人間。あ、犬歯は人のよりも鋭くて長い。
体の方にも尻尾がある以外は体毛に覆われているわけではないため、尻尾と耳にだけ気を付ければ人の中に混じっても気が付かれないと思う。
このイヴェットさんのような見た目が猫人族のデフォルトなのかどうか。
「猫人族というのはみんなイヴェットさんのような見た目なのでしょうか?」
私の質問にイヴェットさんの体が固まる。
これはとてもデリケートな質問だったみたいだ。
失敗した。
「答えたくないのであれば、答えなくても大丈夫ですからね?」
「いえ……そのやっぱり人に近いからおかしいっすか……?」
「そんな事ないですけど……私は可愛らしいと思いますよ」
私が本心を伝えると、イヴェットさんが目を丸くした。
そんなに驚かれることを言ったのだろうかと考えていると、ミレイさんとノナさんが私のことをじっと見つめていた。
「……私、何も変なことを言ってませんが」
一応、反論しておく。
ミレイさんが何故か温かい笑みを浮かべて、ノナさんは立ち上がって私の頭を撫でてきた。
これは一体どういう状況なのだろうか。
「あ、あの、私、父様が猫人族と人族の子で、父様も人族の母様と結婚していて……」
「そうなのですね……」
イヴェットさんはクォーターということだろうか。
日本でハーフの人は有名人以外の身近の人で見たことある気がするけど、クォーターはなかった気がする。
そう思うと貴重かもしれないと思ってまじまじと見てしまう。
「今、人族と言いました?」
「そうっすよ? それがどうかしたんすか?」
私もイヴェットさん側でそれがどうかしたのかと思っていると、ミレイさんが大きな声を上げた。
「大いにありますわ! その人族の人たちはどこかから捕まえてきた方たちではないでしょうね?」
「そんなことないっすよ! 母様は猫人族の村で生まれて育ったって言っていたっす!」
亜人領に人族がいる。
言われてみれば、おかしい。
だって、三百年前と昔のことだけども、人族と亜人は戦争をしていたはず。
そして、そんな亜人たちが仕掛けてきたとレガードさんが言っていた。
嫌な言葉を思い浮かべてしまう。
勝者が歴史を作る。
もしかしたら、これはそう言うことなのかもしれない。
いや、決めつけてはダメだ。
大事なのは真実を見極める事。
だから、今決めつけようとする頭を振って考えを飛ばした。
「イヴェットさんは人族のことをどう思っていますか?」
私が聞いたことにイヴェットさんは考え込む。
そして、そのまま絞り出すように口を開いた。
「爪とかなくて大変そう……? 木とか上るのも重たそうだなって、それぐらい?」
「嫌悪感とか、憎悪とかありますか?」
「えっと、どうしてっすか?」
聞き返されると思ってなかった。
いや、大丈夫。
焦らないで、私。
「こうして人に捕まったり……ここで男の人たちに嫌な事されたりとかで、嫌いになったりしたのではと思った次第です」
「んー! 捕まったのもうちの不注意だったし、敗者としてしょうがないんじゃないっすか?」
斜め上の回答が返ってきたせいで、顔が自然と上に向いてしまって綺麗に削れている岩肌を眺めてしまった。
価値観が全然違う。
ゴブリンたちに負けたのも、悔しいけどしょうがないとか思っていそうだなと考えてしまう。
価値観のすり合わせは今すぐに必要なことではない。
とりあえず、今は猫人族の考え方を知ることが出来たと、歩み寄るための一歩を踏み出すことが出来たとポジティブに思うことにしよう。
そんなことを思っていると、ジーンとクリスが戻ってきた。
「もう聞いてよ! みんなでスープ飲んじゃってたんだよ!」
食べる気力があるというのはいいことではないだろうか。
それだけ生きる意志があるとも受け取れるのだから。
「新しく作ってきてくれたんですか?」
「そうだよ! だって私たちだってまだ何にも食べてないんだからね」
ジーンが持ってきた鍋の中には先ほど違って、しっかりと具が入っているスープだった。
「お、おお!!」
前のめりになり、感嘆の声を上げ鼻を動かしているのはイヴェットさんだった。
「あ、この子は食べれるの?」
「大丈夫みたいですが、まずは消化の良さそうな物から注いであげてください」
自分の体のことだから、自分が一番よく分かっているという言葉がある。
だけど、そんなことはない。
体には不調になっていても、手遅れ手前や手遅れになってようやく不調を訴えるくる物もある。
だから、医者でもない私たちが彼女の体調がどんなものか分からないので、気を使ってあげる事しか出来ない。
アツアツの野菜多めのスープをクリスがどこかから拾ってきたのか見たことのないお椀に注ぐ。
イヴェットさんは目を輝かせながら、スープを飲もうとしたのだが熱さに舌をやられたみたいだった。
猫人族だから、やはり猫舌なのかな。
そんな暢気なことを考えながら、クリスとジーンにイヴェットさんのことを伝えると、それはそれは驚いていた。
私が驚かな過ぎだったのかもしれない。
「あぁ、体が温まるっす……染みわたるっすよ……」
「えへへ、ありがと。そう言えば、亜人領に人族って結構いるの?」
慌てて食べなくてもおかわりはあるのだが、イヴェットさんの口は止まらない。
このチームの中で一番料理が上手いのがクリスでそんなクリスが作ってくれたものだから、止まらないのもうなずける。
ちなみに一番ヘタとなっているのはノナさんで、私も味気ないと不評よりである。
「こっちほどじゃないっすが、いるっすよ」
こちらの領と同様な人数がいたらそれこそ問題だ。
「吸血人族のところだと吸血人よりも人間の方が多いくらいっすからね」
「それはどうしてでしょうか?」
「吸血人族の食性の問題っす」
「どういうことでしょうか?」
「吸血人の人たちは血を食事にしている種族の人たちなのですが、血なら何でもいいというわけではないみたいなんですよね。どうにも獣だと緊急時には仕方なく飲むのだけど不味くて仕方ないとか」
私を含めて全員が血なら全部同じ味ではないのかと思っている気がする。
「吸血人の人たちが好んで飲むのは人の血っす」
人の血を好む吸血人。
悪いほうに想像力を伸ばすと、先入観もあってか人を家畜のように飼っていて必要に応じて血液を採取というのがあった。
しかし、これまでの話からしてそうではないだろう。
「うちも聞いた話でしかないので詳しく説明できないっすけど、摂取出来る血の量とかそういうものが厳密に決められていて、吸血人が無理矢理人を襲えばその場で首を落とされても仕方ないとかで人族を守るようなことをやってるとか……?」
そこまで一気に話して、イヴェットさんが大きな欠伸をした。
お腹が膨れたためか、眠気が来たらしい。
「良し、今日はもう寝よっか」
「ええ、明日はここ離れて冒険者組合に向かわないと行けませんからね」
ここを出て、捕まっていた人たちを保護してもらわないといけない。
そういえば、盗賊たちの遺体も処理しないといけない。
病とかの原因になるのも嫌だが、この世界だとアンデットやスケルトンになってしまうらしい。つまりはモンスターとして再び相手しないといけなくなる。
それは嫌だからちゃんと処理しないといけない。
イヴェットさんを見るといつの間にか丸くなって眠っていた。
ノナさんとジーンが何か話して起きているということは先に一応夜の番をしてくれるということだろう。
私も横になって目を閉じる。
前までならラウンドベアの毛皮のマントに包まっていたのだが、もうあれはない。
それを少しさみしく思いながら、意識が落ちた。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
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これからもどうか、本作「かくして、私は旅に出る」をよろしくお願いします




