亜人領で起きたこと
「あの……彼女を助けた場合ってどこかに言わないとダメとかありますか?」
「そのような決まりはなかったと思いますわ。ただ、冒険者組合の方に保護を求めるのが筋ではあるとは思いますが」
それは重々承知しているのだが、そうなった場合彼女の安全は保障されない。
「分かっています。ただ、彼女は無事に故郷に帰れるか、そこが私には大事なのです」
「……難しいところですわ。獣人を敵対視しているテラス教、ここに確実に情報が届きますから、そうなった場合は尋問か拷問か……拷問の方が確率的にあり得そうですわね」
「レガードさんに保護してもらえたらいいでしょうか?」
私としては賭けみたいなもので、危ない橋を渡すことになると理解している。
ただ、テラス教でも信用できるのは、現状片手で数えるしかなくて、その中の筆頭が彼だ。
「立場によりますわ。枢機卿まで上り詰めているのでしたら、黙らせることが出来る権限もありますし、手勢となる方々を作ることも可能でしょうが、まだそこまで上っているとは思えません」
それはそうだ。
別れてから、そう日が立っていない。
これが五年前とかだったらチャンスはあるかもしれないが、そうでもない。
それにしてもこの獣人の扱いどうしたらいいのだろうか、頭が痛い。
「冒険者組合で保護してもらうのはなしという方向ですと、どんな選択肢がありますでしょうか?」
「私たちで保護とこの山岳を超えて亜人領まで送り届けるの二択だと思いますわ」
ミレイさんの意見に私も同意する。
私としても思い浮かぶのはその二つ。
ただ、これは私だけでは決められる事でもない。
私たちだけでも決められない。
このいつまでも起きない獣人の子の意見も必要なことだ。
「みんなを集めて、この子を起こしましょう」
私がそう宣言すれば、ジーンがみんなを呼びに戻っていった。
私は寝ている獣人の子の恐る恐る肩を揺らす。
レガードさんの話だと随分恐ろしい種族だという話だったから、ついつい怖がってしまう。
動物的な特徴もあることだし、突然怒って噛みつかれたり、引っかかれたりしないだろうかと心配になってしまう。
恐る恐る揺らしたのが悪かったのか、彼女は起きない。
「すみません、少し起きてもらってもいいでしょうか?」
声をかけてさっきよりも強く体を揺らすと、彼女がうっすらと目を開けた。
大きなあくびをした後に起き上がると、
「もうご飯っすか?」
暢気にご飯の催促をされた。
「ご飯なら後で用意しますので少しだけ話を良いでしょうか?」
「あれ? あなたたち誰っすか?」
ようやく私たちの顔が盗賊たちとは違うことに気が付いたようで、彼女は目を丸くして驚いた。
もう少し早くそうあって欲しかったのだけど、とりあえず話をしないといけない。
「私たちは冒険者です。私は冒険者のムツミ、後ろにいる女性も同じく同じチームのミレイさんです」
彼女に現状を正しく理解してもらうために丁寧に説明する必要がある。
「貴方を捕まえていた盗賊の方々は私たちが倒しました。他にも捕まっている人たちがいて、向こうの部屋で今仲間がご飯を提供しているところです。あなたにも話が終わり次第用意しますので、今は少し話を良いでしょうか?」
どれだけ言葉を尽くせばいいのか匙加減が分からないので、捲し立てるように話してしまった。
獣人と人間で文化が違った場合、ここで決裂は避けたいところだ。
「なんかむっちゃ丁寧にありがとうございますっす。うちは猫人族のイヴェット言います」
「ありがとうございます」
頭を下げた時に彼女の首にまだロープが付いていることに気が付いた。
「すみません、これ外しますね」
イヴェットさんのロープに触れたように手を動かす。
彼女の体を傷つけないようにロープだけを切ることを意識して風の刃を滑らせると綺麗な断面で、ロープが落ちる。
「え、え、なんすか、これ」
「魔法ですが、知りませんか?」
「いや、魔法は知ってるっすけど、これ、こんな魔法見たことないっすよ!」
獣人たちも見たことがない魔法なのかいヴィッとさんの種族が見たことがない魔法なのか判断が難しい。
「彼女は人族の中でも特別な魔法使いなのですわよ?」
ミレイさんの言葉に「な、なるほど、それならうちが見たことないわけっすよね」と納得してくれたようで何より。
そんな話をしているとジーンがクリスとノナさんを連れてきた。
「初めて見た」
「えっと、獣人って大丈夫?危なくない?」
クリスは若干腰が引けているが、ノナさんは動く尻尾を見てそれを間近で観察していた。
「彼女は猫人族? というの種族のイヴェットさんです」
イヴェットさんには私の仲間を紹介して行くのだが、クリスが彼女の恰好を見て慌てて前の部屋に戻って、布を持ってきた。
マジマジと見ていたわけではないのだが、それでも女性の裸に晒させたままにしたのは良くなかった。配慮が足りなかったなと思った。
彼女も裸に関しては気にしていなかったから、もしかしたら性に対して大っぴらな種族かもしれない。
そこよりも大事なことをこれから聞かないといけない。
「どうしてあなたはここで捕まっていたのでしょうか?」
「……これは言った方がいいっすか?」
「そうしてくれると助かります」
黙っているのも彼女の自由だろう。
ただ、黙っているのならこちらからはそれ以上そちらに踏み込まない。
イヴェットさんは腕を組んだり、うんうん唸ったりしながらも、悩んで悩み抜いた後、体から力が抜けて大きなため息を吐いた。
「うちだけ逃げてきたんす」
「何からでしょうか」
「ゴブリンから」
その名前が出てくるのは意外だった。
あの時遭遇した群れの生き残りたちだったかもしれない。
あのゴブリンたちは何かを学習して、亜人領に向かったのかと思うのだが、理由が分からないし、どうやって山を越えたのか想像が付かない。
あの小さな体躯では山越えなんて出来そうにないのに、どこにそんな力があるのか。
「猫人族というのは戦いが苦手な種族なのでしょうか?」
「いえ、そんなことないっすよ。そもそもゴブリンと戦えない種族の方がいないぐらいっすけど……そのゴブリンたち妙に統率が取れていて……」
「ゴブリンが統率? あいつら好き勝手暴れるヤツらじゃねーの?」
ジーンの言葉は最もだし、私もそう思っている。
「うちらもその認識でしたけど、今回のは違ったっす。ゴブリンライダーが隊列を組んで突撃してきて、それをゴブリンたちが弓で援護して……みたいに指揮された動きをしていて……」
ゴブリンの生態に詳しくないから、そうではないと否定も出来ない。
この世界に来て、初めて遭遇してようやく知ったことでもある。
だから、どうしても知らない知識のほうが多い。
もう少しファンタジー作品を嗜んでおけば、何かの折りに触れていたかもしれない。
知りたいとは思うが今この場では脇に逸れてしまいかねない話題でもある。
ぐっと我慢して、今はイヴェットさんの話を聞かないといけない。
「イヴェットさんはどうして無事に逃げ切れたのでしょうか? 気配を消したり、姿を隠せたりなどの特殊技能をお持ちなのですか?」
「気配を消すとかはよく分からないっすけど、そういう移動の仕方は知ってるっすよ。ただ、狼の鼻はごまかせませんでしたが……うちが逃げられたのも運が良かったのと母様と父様が逃がしてくれたのもあります」
声に若干の湿り気が出てくるのは、当時のことを思い出しているからだろう。
「うちの家は部族の中でも端っこにあって襲撃されたところから反対側でかつ、森に近かったのが良かったかも……だから、村が焼かれて、ゴブリンたちに襲われるのを背にして逃げられることが出来たっすけど、執念深くて……」
山を越えて来た先で人間に捕まってしまったということだろう。
イヴェットさんの村をこれから行ったところでどうしょうもない事は分かった。
生存者はいるかも知れないが、ゴブリンたちは次の獲物を求めて移動してしまっているかもしれない。
「どのくらいの規模のゴブリンが来たのですか?」
「ライダーだけで百はいたかと……ホブも多くて、弓を引くゴブリンはいっぱいいて雨のように降ってきたっす」
イヴェットさんの言葉を聞いて、想像が及ばない規模の軍団になっていた。
これが私たちの生活領域に来た場合、多くの人が犠牲になる。
このことはアトランタルの冒険者組合に早く知らせるべき案件だと思い至った。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
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これからもどうか、本作「かくして、私は旅に出る」をよろしくお願いします




