夜更けと共に
「では、段取り通りに」
見張りのいないアジト。
今まで見つかっていなかったのだから、見つかるはずがないと思っていたのだろうか。
天然に出来た洞穴。
そこを人の手によって広げた造りをしている。
数人は同時に通れそうな入り口。
日本の都会のように明かりがあるわけではない森の中だから、外は真っ暗闇であり、忍び込むには申し分ない日である。
音をなるべく殺しながら、どんどん奥に進んでいく。
大部屋に出たところで、ガラの悪い男とぶつかりそうになる。
「お――――っ!」
その男が何かを言う前にノナさんが手早く口に手甲を突っ込み、そのままの勢いで押し倒して首を斬る。
血が一瞬噴き出るが、構っている暇はない。
死体を転がして、そのまま進んでいく。
なかなかに深い。
初めての分岐点が見えた。
前を走っていたノナさんが地面を見る。
「先にこっち」
分岐点を左に進んでいくと、大量の酒瓶と八人の男たちが雑魚寝していた。
みんなに視線を向けると、頷かれた。
私は入り口に立って、誰か起きた時の対処する役目。
他の人たちはアルコールを摂取しているので、深い眠りについてる男たちの対処をしに向かう。
それぞれ武器をナイフに持ち替えて、口元を抑えて出来るだけ物音を出さないようにしていた。
やったことのあることだけど、それでも見ているだけであっても緊張して無駄に力が入ってしまう。
「あー……クソっ! 飲み過ぎて気持ちわりぃ……あぁ?」
背中から声が聞こえて驚いて跳ね上がった。
「だ……っ!!」
咄嗟に顔の周りの空気を奪う。
声というのは空気の振動だ。
つまり空気がなければ発声は不可能なはず。
この世界に来てからよく思うのだが、自分の知識はうろ覚えがあまりにも多い。
もっと真面目に勉強しておけばよかったと思うし、本とか読んで知識を深めておけばよかったと後悔ばかりである。
男が苦しそうにもがいているので、その体を引っ張って部屋の中に押し込む。
ノナさんがついでのように首を切って、私の方を向いて軽く頷いたところで魔法を解除した。
今のはちょっとだけ焦った。
本当は白昼堂々、正面切ってアジトを襲撃したいところではあるが、そんなことをした場合盗賊たちを逃しかねない。
それにもし捕まっている人たちがいたら人質にされる可能性が高い。
そうなった場合は見捨てるのが多分、冒険者の中では普通にする行為だろう。
私たちは正義の味方ではない。
依頼があって、討伐に来た日本で言う業者に近い立ち位置なのだ。
だから、自分たちが最優先であり、そのついでに助けられるなら最大限の努力をして捕まっている人たちを助ける。
このスタンスは崩してはいけない。
そうじゃないとみんなに被害が及ぶからだ。
私が考え事をしている間に、みんなの処理が終わったみたいで血を拭ってナイフを仕舞っていた。
通路に出る前にノナさんが確かめる。
手で小さく合図をしたら、ノナさんは音もなく通路を進んでいく。
少し進んだところでまた分岐点。
「先に右」
ノナさんに付いていくと先程よりも大きな部屋だが、ここにもお酒の瓶が大量にあり、男たちが寝ている。
どこからお酒を仕入れているのか、奪ったものなのか近隣の村から誰かが買いに行ったのか。
どちらにしてもここを壊滅するのだから関係はないのだが、多少気になる。
たったの五十人程度しかいない盗賊たちだから、バックがあるとは考えにくい。
一種の陰謀論のように思えて、ないないと頭を振る。
みんなが先に入って同じように処理を始めて、私は入り口で見張り。
ここだけで十人以上いる。
時間はかかりそうだなと緊張が身を固くする。
ノナさんみたいに気配が読めたらいいのだけど、私にはそんな特殊技能がない。
ジーンやクリスもノナさんには劣るのだけど、読めるようになっているし、最近では魔力の流れをなんとなく分かるようになってきている。ただ、二人とも感じ方が違うせいで説明を聞いても全く参考にならなかったが。
ミレイさんも対面している相手の気配がなんとなくつかめ始めたという。
前衛で体を張れば、分かるようになるのだろうかとふと思う。
ただ、私の運動センスは壊滅的で剣を振っても切るのではなくて、鈍器として殴るものになってしまっていた。
一度それを経験して諦めた。
前でみんなと戦おうとしても邪魔になるだけだと。
「あぁすっきりしたぜ」
「お前、何発やんだよ」
「別にいいじゃねぇか、どうせ売っちまうんだろ? だったら何回やっても」
声が聞こえてきた。
エウラリアさんとの戦闘の際に杖は壊れてしまったので、エウラリアさんが持っていた短杖をぎゅっと握りしめる。
エウラリアさんは「貴方にはそもそも杖なんて補助はいらないのですがね」なんて言っていたのだが、必要だと思う。
角を曲がってくる。
だから、先に打って出た。
「あ?」
「誰だ?」
男が二人いたから素早く空気を奪う。
二人の体を強く引っ張って回れ右をして部屋の中に投げ込んで、後ろを向いた時だった。
「……あ」
声が出てしまった。
まだ男がいた。
「敵だー!!全員起きろ!!」
不味い不味い不味い。
ミスった。
部屋の中に誘い込んでからやった方が良かった。
いや、今は後悔している時間はない。
奥の通路から人がだらだらと歩いてくる音が聞こえる。
どうする。
考える前に体が動いて、叫んだ男に近づいて、顔の前に手を持っていって顔の前の空気を奪うと同時に首筋に向けて短杖を横薙ぎに振るうと、首筋から血が噴き出して顔に少しだけかかる。
この後、まだ奥から人が来ている。
大規模な魔法はダメ。
かといって残りはいつものように魔法の矢。だけど、今は相手の姿を見つけられていないから狙えない。
エウラリアさんみたいに魔法の壁で包んでしまうのがいいかもしれない。
けど、私の魔法の壁はエウラリアさんに比べて強度が低い。圧倒的に低くて、実力者の一撃であれば簡単に壊されてしまう。
もう角のところまで来ている。伸びた影が見えている。
そう悩んでいると、クリスとジーンが私の横を低姿勢で武器を構えながら駆けて曲がり角に飛び込んでいく。
「なんだてめぇら!」
「ふざけんな! おい!」
クリスとジーンが戦闘を開始したのだろう、相手の怒号だけ聞こえてくるついでに悲鳴まで洞窟内に響く。
一足遅れてミレイさんが走っていくが、その陰にノナさんが隠れている。
「ここまで順調ですわ。あとは逃げられないように手はず通りに」
「……わ、分かりました。すみません、私のミスです」
「気にしない。見つからないで終わるなんて思ってない」
ミレイさんたちと一緒に曲がり角に付いたところで、その先でジーンが狭い洞窟内でも大剣を器用に使って立ち回っていた。
壁にぶつけそうな感じがするのだが、振りかぶったりするのは小さくして突く動作を中心に動いているし、クリスはそんなジーンの後隙をカバーするように相手を牽制から、重たい一撃を加えて行っている。
ミレイさんも参戦しようとしたが、通路が狭くてさすがに三人は無理だったみたいで、出るのを躊躇っている。
ノナさんもさすがにここから奥に突破はちょっと強引が過ぎる。
「ムツミ、押し込むぞ!」
「奥広くなってるから!」
「はい!」
どういう魔法を使うかなんて打ち合わせしていない。
だけど、みんな私に背を向けているし、相手はこちらを見ている。
だったら、短杖を頭上に掲げる。
その瞬間、強烈な光が洞窟内を照らし出す。
「なんだ! 目が!」
「見えねぇ! クソ!!」
男たちの罵声が聞こえるが無視。
光は消した。
だが、盗賊たちは強烈な光を見た影響はかなり大きい。
まともに立っていられる奴がいなかった。
だから、そうなった相手をジーンとクリスが止めを刺して、奥まで進んでいく。
大きな広間のような部屋に出た。
そこには残りの盗賊たちが集まってしっかりと武装している。
それに一際体の大きい傷だらけの中年男性。
「てめぇら! ここがどこだか分かって喧嘩売ってんのか!」
大きな傷だらけの男の怒号が洞窟の中に響く。
こちらに答える義務はない。
ミレイさんの陰にいるノナさんが私にだけ聞こえる声で言う。
「派手な奴、威力なくていい。とにかく音と視界を埋めるほど大きく派手な奴お願い」
「お前らのせいで、こっちは仲間を失ってんだ! どうしてくれんだって言ってんだよ!」
みんな相手の言葉には乗らない。
私も魔法を練ることに集中する。
花火みたいなものがいいだろう。
「よく見ればよぉ、女ばかりで顔が良いのが揃ってるじゃねぇか。お前らが商品になって稼がせてくれるなら考えてもいいんだぜ?」
そう言った瞬間に短杖を傷だらけの男に向けて、魔法を発射する。
火の玉が飛んでいって、私と相手との中間地点まで飛んで行ったところで爆発。
派手な音と、爆発によって広がる炎。
同時にノナさんが駆けだすのが見えた。
ミレイさんも走り出す。
「何だこけおどしかぁ?」
「派手に行くぞ!」
相手の言葉を無視して、ジーンたちが前を駆ける。
ノナさんの姿はいつの間にかこの戦場から消えていた。
謝辞
いつも読んでいただきありがとうございます。
いいね、評価、ブクマ、誤字報告もありがとうございます
これからもどうか、本作「かくして、私は旅に出る」をよろしくお願いします




